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82 行き当たりバッタリ

 池田綾香は控え室と銘打たれた秀英大学大講堂内客室のソファに座り、本日共演する同所属事務所のセクシーアイドル滝田亜佐美と口論をしていた。

「どう責任とってくれんの!?」

 亜佐美が怒鳴る。「始まる前から勝負ついちゃってるじゃない! あんたのせいよ!」

 黒く長い後ろ髪を二ヶ所束ね、前髪も二ヶ所ピンで留めている。ロリ系と呼ばれるだけあり、実年齢の二十歳より若干幼く見える顔立ち。大きくつり目がちな目が特徴的である。バストトップまでの赤いドレス風ワンピースを着ており、肩、背中、そして胸元を大きく露出している。それは本日の衣装であった。

「なんで私のせいなんよ!」

 綾香も反論する。「それを言うなら、あんたやろ! あんたなんか胸のでかさだけしか取り得のないただのおっぱいアイドルやろうもん!」

 同じく衣装のキャミソールとデニムのホットパンツ(ただし、自前である)。髪をまた薄らと茶に染めている。本番ではトレードマークのハットを被る予定だ。

「な……!」

 わなわなと震えだす亜佐美。自慢の巨乳もぶるぶる揺れる。「じ、自分はおっぱいすらない超平凡アイドルのくせに!」

「なにをー!」

「ちょっとちょっと!」

 今にも飛びかかりそうな様子の綾香を、内藤ちえ美が制した。彼女も短めにカットされた髪を淡く茶色に染め、少し派手目なメイクをしている。衣装はシャツの上に着たデニムのジャケットとロングスカート。「誰のせいでもないでしょ。まだこっちは何もやってないんだし、これからどうなるかなんて分からないじゃん。今のところは雅さんにリードされてるってだけで」

「ま、まあそうやけど……」

「んー……」

 しゅんとする綾香と亜佐美。

 ちえ美のマネージャーが運転するワゴン車に乗り、三人が一緒に秀英大学入りしたのは午後二時過ぎのこと。車内ですでに衣装に着替えていた三人は、すぐにこの部屋へ通され、秀英祭の実行委員やテレビクルーたちの軽い紹介を受けた。しかし予定されていた打ち合わせは行われず、実行委員らは慌しく部屋を去っていってしまい、いつしか三人だけがこの部屋に取り残されてしまったのだ。一旦戻ってきたちえ美のマネージャーを問いただしてみたところ、プリンセス雅のゲリラマジックショーのおかげで、ライバルの昭和院大学へ多くの客が流れているというニュースを知った。



「みんな何やっとるっちゃろうね」

 コンパクトミラーを覗き込み、マスカラを整える綾香。事務所にてマネージャー南吾郎にメイクを施してもらったのだが、彼も先ほどから姿が見えない。ちなみにちえ美と亜佐美のメイクも彼によるものである。「なんか私たちに聞かれたくない話でもあるっちゃろうか」

「あんたの悪口でも言ってんじゃない?」

 亜佐美が毒づき、綾香は彼女を睨みつけた。今朝初めて言葉を交わした際、ひょんなことで口論となってしまい、それ以来二人は驚くほどソリが合わない。しかし、今日が初対面だということを考えれば、早速ケンカばかりしているのは、逆に相性が良いからだともいえる。

「たいがいにしなさいね」

 二人の仲裁役に回るのは常にちえ美。南とちえ美のマネージャーは、二人のケンカに朝から全く無関心であった。亜佐美のマネージャーは本日は帯同していない。「なんか対策を練ってるのかもしれないよ。プリンセス雅さんに対抗できるような、もっとお客さんウケの良さそうな企画を考えてるとか」

「しりとり野球拳以上に?」 

 亜佐美が尋ねた。しりとり野球拳とはトークショー中に予定されている企画で、その名のとおり、しりとりと野球拳を組み合わせたもの。お題しりとりで間違えた者が一枚ずつ服を脱ぎ、三人の誰かがビキニ姿になるまで続けられる。よって三人は衣装の下にビキニを着込んでいる。

「もちろん」

 ちえ美は頷く。「さっき試しに車の中でしりとりやった時、全然勝負つかなかったでしょ? 盛り上がるわけないじゃん。それに、亜佐美ちゃんならともかく私とチロリちゃんは……。ねえ?」

 ちえ美と綾香は顔を見合わせた。それから自身の身体に目を落とし、同時に溜息を吐いた。



「失礼します」

 そう言って部屋に入ってきたのは、眼鏡をかけた実行委員の男子学生であった。スーツを着て、頭を丸めている。確かトークショー前の秀英祭ツアーのガイドを担当する人物だったはずだ。先ほどの顔見せの際は、具合が悪かったのかやたらと青い顔をしていたが、今はだいぶ顔色が良くなっている。「少しだけ予定変更します」

「やっぱり!」

 綾香が言った。「しりとり野球拳をやめるんでしょ? ホール内やからって寒いかもしれんし、やめましょうやめましょう」

「スタイルに自信がないだけのくせして」

 亜佐美がまた毒を吐く。二人のやりとりを無視し、丸坊主の学生は言う。

「いいえ、トークショーは変更なしです」

 それ聞き、少しガッカリとした顔を見せる綾香とちえ美。男子学生は続ける。「その前の秀英祭ツアーを少し変更します。本来はガイド三人が、アイドルさんたち三人をまとめてご案内する予定でしたが、皆さんそれぞれ一人ずつ個別にご案内することになりました」

「別々に?」

 首を傾げるちえ美。「順番にってことですか?」

「いいえ」

 男子学生は首を振った。「皆さんにそれぞれ一人のガイドが付き、同時にご案内します。そのほうがお客さんが分散されて混雑も少なくなるかなとの考えです」

「なるほど……」

 綾香は納得したように頷いた。しかし、すぐに眉間にしわを寄せる。「でも、そんなことで雅のゲリラマジックショーに勝てるとかいな」

「心配ご無用!」

 丸坊主の男子学生の後ろから突如現れた、派手なメイクのギャル系女子学生が言った。彼女も実行委員だったはずである。両手で青い透明の銃を持っている。どうやら水鉄砲のようであるが。「たった今、とあるサークルからマッハでレンタルしてきました。皆さんにはこの水鉄砲で撃ち合ってもらいます。制限時間内に一番濡れちゃった人が罰ゲームです。題して『秀英祭ツアー兼アイドル対抗サバイバルゲーム』! 行き当たりバッタリな企画ですけど、盛り上がること間違いなしですね!」

 彼女の力説を前に、三人のアイドルは白けた顔で固まっていた。

「コホン」

 咳払いをする男子学生。「マネージャーさんからはお許しを頂いておりますのでご了承ください。外はそれなりに寒いでしょうから、皆さん撃たれないように頑張ってください」

 綾香は南の顔を思い浮かべ、あいつなら許可するだろうなと思った。「尚、罰ゲームはゲーム開始までに必ず考えておきますのでご安心ください」

 どこまでも行き当たりバッタリであった。


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