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80 店主は曲芸師

 正門の外に二人の男が横並びに立っていた。そのうちの一人、ニット帽をかぶり、あごひげを蓄えた男が言う。

「うわ、すげえ混んでるぞ」

 正門付近だけを見ても、学園祭で賑わうキャンパス全体の雰囲気が伝わってくる。男は隣にたたずむもう一人の男に尋ねた。「こんなんじゃまともに見れねえんじゃねえか?」

 ジージャン、ジーパンとデニムの上下を着た金髪の男が答える。

「だから早めに来たんだ。三時の開場と同時に会場へなだれ込み、一番前の席を確保する」

「クックック」

 ニット帽の男は気味の悪い笑い声を発した。「悪い男だぜ」

「ああ」

 金髪の男が偉そうに腕を組み、頷く。「なんとでも言いな」

 すまん、綾香、許せ。今日はバイトで行けないなんて嘘吐いちまって。

 午後二時前。井本真一と的場晴夫は不敵な笑みを浮かべたまま、同時に正門を抜けた。



 先日、アイドルであり恋人の池田綾香に、『秀英祭のトークショー観に来ない?』と尋ねられた時、真一は慌てて『その日バイトがあんだよ』と取りつくろった。しかし実際は、バイト先のラーメン屋『ぶるうす』若頭こと萩本和人に頼み込み、昼ピークが若干収まる午後一時に早引けさせてもらうことになっていたのだ。

 そして今真一は、高校時代からの悪友、的場晴夫を誘い、綾香に内緒で大学へと足を運んできた。なぜ綾香に内緒で来たか。答えは明白である。

 さて、楽しませてもらうぜ。雅ちゃん。

 真一が足を運んだのは、綾香の出演する秀英大学ではなく、そのライバル。プリンセス雅の出演する昭和院大学であった。



 プリンセス雅。最近ブレイクしたばかりのマジシャンアイドルであり、真一ランキングももの凄い勢いで駆け上っている。今となっては一位の松尾和葉(−)、二位の沢渡まどか(↑)に続く第三位である。本来なら彼女のマジックショーのチケット代の相場は一万円前後だ。しかし本日昭和院大学で行われるマジックショーのチケットは破格の二千円。真一は、ランキング十六位の内藤ちえ美(↓)、十七位の滝田亜佐美(↑)、そして自身の恋人、綾川チロリのトークショー(千五百円)より、プリンセス雅のマジックショーをとった。



 いざ昭和院大学のキャンパスに足を踏み入れてみると、学園祭の異常なまでの熱気に改めて気づかされる。人々は盛り上がっているというよりも、パニック状態に陥っているようにも見える。

「なんだなんだ?」

 的場が眉をひそめながら、キョロキョロと辺りを見回す。「なんか事件でも起こったのか?」

「さあな」

 真一も周囲に目を向けながら答える。「まあ、俺の目的はプリンセス雅ちゃんだけだ。会場に急ごうぜ」

 会場の屋外特設ステージまでの道筋は、すでにインターネットで調べ上げている。正門からはかなり離れた昭和院競技場というグラウンドである。

「プリンセス雅もいいけどよ」

 含みを持たせた顔で的場は言った。「『ミュージックホール』って場所でフリースタイルの大会もやるらしいぜ。そっちも捨てがたいよな」

 ラップのフリースタイルのことである。的場はヒップホップ狂で、休日前の夜はいつもクラブへと通いつめているということを真一も知っていた。バギーパンツの腰履き、ニット帽といった今日の服装(というよりいつも着ている)もヒップホップスタイルを意識している。

「フリースタイルねえ」

 真一は苦笑してみせた。残念ながら彼はヒップホップには興味がない。「お前がそっちを観に行くのは勝手だけどさ、せっかくチケット買ったんだし、マジックショーを観てから行けばいいじゃねえか」

「まあ、それもそうだわな」

 チケットはプレイガイドですでに購入済みである。的場は納得がいったような、いかないような複雑な表情を浮かべ、うんうんと小さく頷いた。



「ん?」

 後方から黄色い声が聞こえ、真一は振り返った。すると、女子大生らしき三人組が一直線にある方向へ駆けていくのが見えた。その方向に目を向けてみる。『お好み焼き』と書かれた露店の周りに大勢の人だかりができている。「なんだ? ありゃ」

 三人組だけではない。次々に露店のほうへと人が引き寄せられていく。見る見るうちに人だかりが大きくなっていく。「そんなに美味いのか? あのお好み焼き……」

 その時、真一の腹の虫が鳴った。そういえばまだ昼食を食べていない。 

「おい」

 的場も同じ方向を見ながら口を開く。「なんか腹減っちまったよ。あれ食ってかないか?」

 うーん、と唸りながら真一は腕時計を見やる。もう、午後二時を過ぎている。

「大丈夫かな。あれ、かなり並ばないと食えなさそうだぜ?」

 人だかりは半径十メートルほどにまで広がっていた。その周りには真一たちと同じように人だかりを見つめる人物も多々いる。「いや、なんか並んでるって感じでもなさそうだな。まあとにかく、あのお好み焼きを食うのはムリだろ。そのへんにいっぱい店あるからどっかで買おうぜ」

 真一は近くの『サイクリングサークル、オリジナルクッキー』と書かれた露店を指差した。

「まあ、それもそうだわな」

 的場が答える。「でも、クッキーは勘弁してくれ」



 結局二人は別の露店のお好み焼きを購入し、建物の壁に背をもたれながらそれを食すことにした。例の人だかりはこの位置からでは見えない。

「なあ、どう思う」

 高速でお好み焼きをたいらげた後、的場が口を開いた。「このお好み焼きもけっこう美味かったけど、あの人だかりができてた店のはもっともっと美味いのかな」

「どうだろうな」

 真一はまだお好み焼きを食べている。二つ折りにしたお好み焼きを二枚紙に挟み、それを手で持って食べるスタイルだ。「お好み焼きなんてたいして味変わらねえだろ。多分、あの店の店主が曲芸でも始めたんだよ」

「無理のある解釈だな」

 クックックと笑い、的場は周りの目もはばからず、お好み焼きを挟んでいた紙をその辺にポイと投げ捨てた。行儀悪いヤツだな、と真一は少し呆れる。と、その時だ。

 おお! と例の人だかりのほうから感嘆の声が聞こえた。それに続き拍手喝采。真一はわけが分からず目を丸めた。

 なんだ? 本当に曲芸やってんのか?

「おい」

 的場も同じ思いのようだ。彼がその方向を指差す。「やっぱりちょっと行ってみようぜ」

「あ、ああ」

 二人は早足で人だかりに向け歩き始めた。


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