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79 逆風

 橘川夢多はツアー客たちの前に立ち、自身の後方にそびえる大講堂の紹介をしていた。

「というわけで、夕方六時からアイドルたちのトークショーが行われるわけですが、チケットはまだ売れ残っているようです。あちらをご覧ください」

 はっぴを着た学生を指差す。ツアー客たちがそちらに目を向けるのを待ってから橘川は続ける。「あの秀英祭公式のはっぴを着た人に言えば、まだチケットを購入できます。それから、これは私事ではありますが」

 そこで一度橘川はコホンと咳払いをした。「ご存知のとおり、トークショーの前には、アイドルのお三方に秀英祭を案内して回るという企画があります。そして、そのガイドも僕らが務めます」

 ツアー客たちが少しだけ沸いた。満足して橘川は頷く。「その時は原則として僕らがガイドをするのはアイドルのお三方だけなんですが、皆さんがツアーを一緒に回るのは自由です。混雑が予想されますが、アイドルを近くで見るチャンスです」

「橘川さん」

 のぼりを持った藤岡茂が話しかけてきた。彼は二日酔いで青い顔をしている。「時間、微妙に押してるみたいです。急いで次のポイントに行きましょう」

「そう? 分かった」

 そう返事をし、橘川はツアー客たちに向かってその旨を伝えようとしたが、一人の女性により、それを中止させられた。



「あの、質問なんですけど」

 今まで案内をしてきたツアー客ではない。秀大生でもなさそうで、別の一般客のようだ。橘川と同年代で、なかなかの美人である。服装は地味だがルックスにはかなりの華やかさがあった。「そのアイドルたちのツアーと、ミスコンの予選って時間かぶっちゃいますかね」

「えーっと、そうですね……」

 橘川は藤岡に目配せをした。藤岡は一瞬だけ眉をひそめた後、一歩前に出て口を開いた。

「はい。ミスコンは予選ということで、百名近い出場者全員のアピールタイムが設けられていますし、その後の選考なども考えればおそらく夕方頃まで続くかと……」

 そこまで喋っておいて、藤岡は急に「おえっ」とえずき、橘川にバトンタッチをした。

「アイドルお三方の秀英祭ツアーは午後三時からの予定です。正門からスタートし、午後五時近くまで続きます。余談ですが、そのツアー中にミスコンのステージにも訪れます」

 藤岡の説明を引き継ぐ橘川。

「そうですか」

 うんうんと頷く女性。いつの間にか彼女の隣に同じく同年代の男性の姿があった。彼女はその男性に顔を向けた。「どうする? 混みそうだからミスコンにしようか」

「でもせっかくだからツアーのほうも見てみたいな」

 笑顔が爽やかな男性。二人はカップルのようだ。なんとなく嫉妬してしまう橘川。「近くまでいけたら綾香ちゃん、俺たちの存在に気がつくかもよ」

「別に気がつかなくてもいいよ」

 女性が唇をとがらせて言った。

 綾香ちゃん? 気がつく?

 橘川には二人の会話の意味がよく分からなかった。

「じゃあ、こうしよう」

 男性が言った。「とりあえずはミスコンを観て、ツアーがミスコンまで回ってきたら、そこからツアーのほうに付いていこう」

 女性が返事をしかけた時、「橘川さん」と更に青みを増した顔色の藤岡に肩を叩かれる。橘川の耳元で囁く藤岡。

「もう行きましょう。この人たちの予定なんて知ったこっちゃないです」

「あ、ああ。うん、そうだね」

 橘川は改めてツアー客たちに向け、言った。

「そ、それでは時間が押しているので先を急ぎましょう。次はフリーマーケットの開かれている室内競技場へ向かいます」



 当初は、後にアイドルたちも参加するという宣伝材料もあり、三十名ほどの参加者がいた第一次秀英祭ツアーだが、今となっては十名以下に減ってしまっていた。橘川はこのことに対してやや責任を感じていた。二日酔いの藤岡、皆岡は使い物にならないので、彼が主にツアー客を先導する役目を担っているが、自分でも分かる。つまらないのだ。ただ秀英祭を回り、説明をするだけである。ひょうきんな藤岡や皆岡が前に立てばこうはならなかっただろうな、と思う。参加は無料なので、客はいつでも好きな時に、何のためらいもなくツアーから抜けることができるのだ。

「橘川さん」

 室内競技場へと移動中、今度は皆岡に話しかけられる。「本当にすみません。俺たちが昨日無茶苦茶に飲みまくってしまったせいで」

 彼もツアーが盛り上がらないのは橘川のガイドのせいだと理解しているらしい。ますます落ち込んでしまう橘川。

「いや、俺こそごめん」

 橘川は弱々しく首を振った。「つまらない話しかできなくてさ。ガイドなんて引き受けるんじゃなかったな」

「橘川さんは悪くないですよ」

 藤岡が口を挟む。「もともと俺と皆岡が場を盛り上げる役目だったのに……。とにかく、この後のアイドルたちのガイドまでにはなんとか回復してみせます」

 そうだ。もうすぐなんだな……。もうすぐチロリちゃんと話ができるんだ。

 橘川はしみじみとそう思った。ただ、同時に不安にもなる。

 こんなつまらないツアーじゃ、チロリちゃんも退屈しちゃうだろうな。



「あ、いたいた!」

 突然、後方から一年生のギャル系実行委員みなみが赤茶色に染めた長い髪をなびかせ、駆け寄ってきた。秀英祭公式のはっぴを着て、下には厚手のショートパンツを履いている。彼女も藤岡、皆岡と共に演習室に泊まったが、未成年ということで酒は飲んでいないらしく、元気である。「探しましたよ先輩! 大変なんです!」

「あんまり騒ぐなよ」

 頭を押さえて、藤岡がうっとうしそうに言った。

「先輩たち! 気づきませんか?」

 三人のガイドに向け、みなみは言う。「キャンパスを歩くお客さんの数がめちゃめちゃ減ってます」

 橘川は周囲を見渡した。言われてみれば減っているようにも見えるが……。

「どうしたの? まさか、昭和院のほうに流れてるとか」

 みなみにそう尋ねる橘川。お隣の昭和院大学とは一キロ程度しか離れていない。まさに目と鼻の先なのだ。みなみは神妙な面持ちで頷いた。

「夕方からマジックショーを行う予定のみだったプリンセス雅が、学園祭の至るところに出没して、そこいらの一般客相手にマジックを披露しまくっているそうです」

「ええ!?」

 ほぼ同時に声を上げる三人のガイドたち。代表して藤岡が続ける。「なんだそりゃ! 俺たちが目指したアイドルとファンとの触れ合いを先に向こうにやられたってわけか」

「そのとおりです!」

 人差し指を立てるみなみ。ピンチだというのにやたらと楽しそうに見える。「昭和院の学生がうちに来て、お客さんたちにその話を流して回ったみたいです。卑劣なり! 昭和院大学!」

 やはり、楽しくてしようがないといったふうに拳を握るみなみを眺めながら、三人は生気が抜けたようにその場に立ち尽くしていた。自分たちが連れていたツアー客が一人残らずいなくなってしまっているということにも気がつかずに。


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