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7 引っかかる言葉

 吉祥寺駅から少し離れた場所にある、松庵の閑静な住宅街に足を踏み入れる。暗い夜道を二分ほど歩き、ある古ぼけたアパートの前で綾香は立ち止まった。

 電気……ついてんな。

 二階の左端の部屋。ベランダ側の窓に、明々とした光りが見えた。綾香は、玄関のある方面に回りこみ、ダンダンと音を立てて階段を上った。そして、一番手前にある玄関の扉を勢いよく開ける。

 1DKの小さな部屋である。綾香は、靴を脱ぎ、三メートルほどの廊下を抜け、奥の部屋へ続く引き戸を開けた。すぐにティーシャツとトランクス姿の井本真一の姿を見つける。彼はフローリングの床の上で、あおむけに眠りこけていた。

「真一」

 靴下をはいた足で、彼の頭をゴツンと蹴る。すると、真一は「うーん」と唸り声を上げ、目をこすりながら上半身を起こした。金に染めた髪がボサボサに乱れている。

「……綾香? 遅かったな」

「遅かったな、じゃなかろうが! 今日渋谷でデートする約束やったやんか!」 

「そうだっけ?」

 そう言って彼は大きくあくびをした。「すっかり眠っちまったわ。ゴメンゴメン。でも、お前にも比がないとは言い切れないぜ」

 綾香は眉をひそめる。

「なんでよ!」

 真一はニヤリと笑った。

「夢の中でお前が現れてさ。なかなか俺を目覚めさせてくれなかったんだ」

「あまー……くない!」

 そう言うと同時に綾香は、真一の下半身の大事なところを思い切り踏み潰した。

「ぬほおおおおおおっ!」



 床を転げまわり、悶絶する真一を無視して、綾香は部屋の隅に置かれたデスクトップパソコンの電源を入れた。そして、パジャマに着替えた後、デスクの椅子に座り、パソコンが立ち上がるのを待つ。

「そういえば、退学届けは出したのか?」

 彼女の背後から、真一が問いかける。どうやら復活したしい。

「うん」

 彼に背中を向けたまま、綾香は答えた。「いつかはこうなる運命やったけど、やっぱり凹むね」

「まあ、とりあえず明日から、バイト頑張るしかないわな」

「それがさ、頑張らんでいいかもしれんとよ」

 そこでようやく真一に顔を向ける綾香。不適な笑みを浮かべている。

「はっ?」

 目を丸める真一。「それ、どうゆうことだよ」

「まあ、ちょっと待っとって」 

 綾香は、ようやく立ち上がったパソコンの画面に目を移し、マウスを動かして、インターネットエクスプローラーを開いた。情報工学の専門学校に通っていただけのことはあり、なかなか馴れた手つきである。

「なんだ?」

 真一も綾香の横から画面を覗き込む。「事務の仕事でも決まったか?」

「ううん、確かめたいことがあるだけ。ちょっとあっち向いとって」

「なんだよ」

 アイドルデビューのことについては、まだ真一には秘密にしておこうと思った。綾香はずっと引っかかっていたのだ。あのスキンヘッドの黒スーツ男の言葉が。

『アースロマン企画? なるほどな、あそこならまあ、君でもなんとかなるかもな』

 私でもなんとかなる? アースロマン企画っていったいどんな事務所なんやろ。

 そう、真一に打ち明ける前に、そのことをはっきりとさせておきたかった。

 綾香は検索サイトで、『アースロマン企画』と打ち込み、エンターを押した。キーボード操作もお手の物である。やがて、検索結果のトップに、アースロマン企画の公式サイトと思えるページが表示され、そこをクリックした。

 どんなアイドルが所属しとるんやろ。

 綾香は期待と不安が入り混じった、複雑な心境で、ページの読み込みを待った。


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