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78 ご機嫌ななめ

「カレーが二百円だよ! しかも美味しいし。今日は良いことずくめだね」

 隣に座る田之上裕作が嬉々とした様子で言った。しかし、その姿はどこか芝居がかっている。彼の言うとおり、なかなか美味いカレーをもぐもぐと食べながら、矢上詩織はふて腐れた顔で「別に」と返事をした。服装は、お気に入りの黒いワンピースと白いブラウスという組み合わせである。

「こんなところに来るぐらいだったら、二人で渋谷にでも遊びに行ったほうがマシだったな」

 田之上のほうを見ずに詩織は言った。

「今は辛抱しなって」

 笑みを浮かべながらも、微妙に眉を曲げる田之上。彼は身体にピッチリとフィットした長袖シャツの上に厚手の茶色のジャケットを羽織っている。下はブルージーンズ。「目的は綾香ちゃんのトークショーなんでしょ?」

 ふんと鼻を鳴らし、更に顔をブスッとさせる詩織。もうその名前は聞きたくなかった。



 時刻は正午過ぎ。二人は秀英大学キャンパス内の一角、安らぎの森広場にいた。ここでは秀英祭の期間中、学生たちによる露天食堂が開かれていた。いくつもの長テーブルが並べられ、そのテーブル一つ一つを大勢の人が囲んでいる。あたりは森というほどではないが、それなりに緑が見える。地面は芝生だ。柔らかい風が常に吹き抜けており、木の枝や、人々の髪の毛を絶え間なく揺らしている。

「だいたいさ」

 福神漬けを口の中でボリボリと噛み砕きながら、詩織は言った。「自分のトークショーのチケットを送りつけてくるっていうのが厚かましいよね。許してもらいたいなら、遊園地のフリーパスでも送ってこいっちゅうの」

「まあまあ」

 詩織の肩に手を置き、彼女をなだめる田之上。「自分のトークショーのチケットを送ってきたのは友好の印だよ。詩織ちゃんに自分のショーを観てもらいたいってこと」

 先日約束をすっぽかされて以来、詩織は元親友、池田綾香を徹底無視していた。電話もメールも、田之上を使った伝言さえも無視していたら、今度は郵便で本日の秀英大学秀英祭でのトークショーのチケットを送りつけてきた。最初はこれさえも無視してしまおうと思っていた詩織であったが、田之上に小一時間説得されたこと、秀英祭自体にはそれなりに興味があったということもあり、とりあえず観に行くだけ観に行ってやることにした。ところが……。

「それにしても早く着すぎちゃったね」

 詩織ははあと溜息を吐いた。「トークショー開演まであと六時間もあるよ。それまで何する?」

「うーん……」

 キョロキョロと辺りを見回す田之上。その辺にいい暇つぶしの材料が眠っているとでも言うのか。「さて、何しようか」

 二人は午前十時に秀英大学に到着した。今日は二人のデートも兼ねている。二人とも、大学の学園祭に赴くのは初めての経験で、きっとあまりの楽しさに、あっという間に時間が流れてしまうだろうと予想していたのだ。ところが、始めは新鮮な学園祭の雰囲気に気分が高ぶったものの、二時間が経過した今となっては、詩織は、そして口には出さないがおそらく田之上も、その学園祭の雰囲気に飽き飽きとし始めていた。



 詩織は正門近くで購入した秀英祭のパンフレットをぱらぱらとめくった。キャンパスマップやイベントの内容、秀英祭の歴史、他に近隣店舗の広告なども載っている。

「一時からミスコンの予選だって」

 該当記事に目を落としたまま、詩織は言った。「田之上くん、ミスコンとか興味ある?」

「ミ、ミスコン?」

 田之上が引きつった笑みを浮かべる。「まあ、面白そうっちゃ面白そうだけど」

「私は観てみたいな」

 パタンとパンフレットを閉じる詩織。「ああゆうのって、自分が一番可愛いと思ってる自意識過剰高慢ちきな女ばかりが出場するんでしょ? いったいどんな顔して出てくるのか楽しみだね」

「そんな……」

 相変わらず苦笑しっぱなしの田之上。詩織の機嫌の悪さが起因となっている。彼女の機嫌が悪いのは、例の待ち合わせすっぽかしの日からずっとである。「友達に推薦されたりした子もいるんじゃない?」

「ああ、よくいるよねー」

 詩織はニコリと笑った。ただ、その笑顔は決して屈託のないものではない。「タレントのオーディションとかでも、自分から応募したくせに親が兄弟が友達が、って……。正直に言えばいいのにね」

「アハハ……」

 田之上は乾いた笑え声を発した後、ぼそっと「まいったな」と呟いた。



 二人は安らぎの森広場を抜け出し、ミスコンが行われる特設ステージに向け、歩いていた。他に目ぼしきイベントが見つからなかったのある。詩織がキャンパスマップと実際の景色とを照らし合わせ、特設ステージまでの道のりを開拓していく。その途中、一際と大きな建物が目についた。

「あ!」

 その建物を指差し、田之上が声を上げる。「あれが大講堂だ。ここでトークショーが行われるんだね」

「ふーん」

 つまらなそうに目を細めて大講堂の全容を眺める詩織。建物正面、入り口の上方に木製の看板がある。明朝体で『秀英大学公会堂』と彫られている。それが正式名称らしい。入り口の横には午後六時からのトークショーを知らせる看板も立てられている。「やっぱり大きいね。中はホールになってて、三千人近く収容できるらしいよ」

 パンフレットで得た知識である。

「三千人かー」

 感心したように田之上が言う。「綾香ちゃん、緊張してるんじゃないかな。上手くトークできるかな」

「大丈夫でしょ」

 プイと顔を背ける詩織。「全国ネットで恥ずかしい泣き顔を晒せるような子なんだから」

 とその時、詩織は同じく大講堂のほうに目を向けている十数人ほどの団体の存在に気がついた。その団体の内訳は少々変わっていた。二人と同い年ぐらいの若者が大多数を占めているが、幼い女の子を連れた中年の女性や、老人夫婦なども混ざっている。

「ねえねえ」

 田之上に小声で声をかけられる。彼の顔を見やる。すると、彼も同じ方向を注目していた。「あの人たち、なんなんだろうね」

「さあ」

 眉をひそめ、首を傾げる詩織。「なんかのボランティアかな。おじいさん、おばあさんがいるし……。それにほら、案内してる人がいる」

 スーツを着て腕章をつけた男性が団体の前に立ち、台本らしき物を見ながら大講堂について説明しているようであった。よく見ると、他にも二名、腕章をつけた人物がいる。そのうちの一人がのぼりを手に持っているが、のぼりに何と書かれているのかは確認できない。詩織は無意識のうちにその集団に近づいていった。


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