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72 ライバル

 見つめ合う綾香と和葉の脇を、数人の男女が通り過ぎる。その中の一人が和葉に「お疲れ」と挨拶をし、和葉も「お疲れさまです」と挨拶を返した。

 綾香は少々戸惑っていた。なぜ、目の前にいる松尾和葉はこの場から立ち去ろうとしないのだろう。サインのことは話していないし、そもそも綾香はまだ一言も発していない。

 私になんか用でもあるとかいな。

「初めまして」

 和葉は丁寧にお辞儀をした。「松尾和葉です。よろしくお願いします」

 頭を上げてから、自己紹介をする。やたらと冷めた表情、そして口調だ。テレビの中のにこやかな彼女とは別人のように見える。

「は、初めまして」

 綾香も頭を下げ、ようやく第一声を口にする。「えーっと、綾川チロリっていいます。よろし……」

「チロリさん」

 綾香の言葉を遮る和葉。綾香は「はい?」と首を傾げた。「生意気かもしれませんけど、人に挨拶をする時は帽子を取ったほうがいいと思います」

「あ、ああ」

 すぐに帽子を脱ぐ綾香。指先で畳の跡が消えたかどうかを確認する。まだ少し残っている。「よろしくお願いします」

 和葉は無表情でゆっくりと綾香に近づいてきた。和葉のオーラに圧され、一歩下がってしまう綾香。その視線は思わず和葉の大きな胸に。

 オ、オッパイでかいな……。

「触ってみます?」

 突然、無表情のまま和葉が言った。綾香は「え?」と目を丸めた。

「い、いいんですか?」

「冗談です」

 軽く一蹴され、気まずそうに頬を赤らめる綾香。実は少し触ってみたかった。「さっき、つばきさんからチロリさんが局に来てるって聞きました。つばきさんはチロリさんのことがすごく好きみたいで、私とも仲良くなってほしいみたいです。チロリさんも忙しいでしょうから、今日はもういいかなと思ってたんですけど、たまたまチロリさんを見かけたので、声をかけさせていただきました」

「は、はあ」

 和葉が立ち去ろうとしない理由は分かった。しかし、そんなことよりも別のことが気になり始めていた。

 こ、この子……。いったいなんなん?

 和葉のやや黒目がちな瞳の奥に、敵意に似たような光が宿っているということを、綾香は感じ取っていたのだ。



「わ、私も和葉さんと仲良くなりたいなーなんて思ってました」

 愛想笑いを浮かべる綾香。「マネージャーを待たせているので十分ぐらいしかお話はできませんけど」

「構いません」

 そう言いながら、和葉は後ろを振り向いた。「私も待たせています。あそこにいる彼女が私のマネージャーです」

 和葉の後方に目をこらす綾香。二十メートルほど先に、眼鏡をかけ、ラフな格好をした女性の姿が見える。彼女はこちらに顔を向けておらず、番組スタッフであろうか、同じくラフな格好の男性と話をしている。

「そうですか」

 綾香は視線を和葉に戻した「じゃあ……」

「あと」

 また遮られる。少しムッとする綾香。「チロリさんは十九歳だそうですね。私よりも二つ年上です。ですから、チロリさんはタメ口でいいですよ」

「は、はあ……」

「あ、ごめんなさい」

 ぺコリと頭を下げる和葉。「続きをどうぞ」

「あ、えーっと」

 先ほど口にしようとしていた言葉を探る。「お、お互いマネージャーを待たせているのなら、急いだほうがいいですね。なんなら今日は電話番号だけを交換して、後日電話で話すというのは……」

 少しだけ悩んだが、綾香は引き続き敬語で話すことにした。どうも、この少女に気を許すわけにはいかないような気がする。

「そうですね」

 コクンと頷き、和葉は言った。「プライベート用の携帯は親しい人だけと決めてあるので、ビジネス用の携帯でよければ」

 またまたムッとしてしまう綾香。

 こいつ、絶対私にケンカ売っとる……!



 帰りの車内。綾香はぐったりとシートにもたれながら、プリンセス雅、そして松尾和葉のことを考えていた。「レインボーブリッジだぞ。夜景はいいのか?」という南の声も頭に入ってこない。はあと溜息を吐く。

 なんか、他のアイドルと初めて会う時、いっつもケンカ売られとるような気がする。

 思えば、『事情あり』とはいえ、菊田つばきもそうであった。

「ねえ南さん」

 「ん?」という南の相槌を待ってから、綾香は続けた。「最近のアイドルって、他のアイドルをライバル視しとる子が多いと? 今日、私、ケンカ売られまくったばい」

「お前のアホ面を見てると思わずケンカを売りたくなるって気持ちも分かる」

 綾香にはもう怒る気力もなかった。完全に疲れ果てている。コホン、と一度咳払いをしてから南は続ける。「まあ、でもプリンセス雅も松尾和葉も人気アイドルだからな。そんなヤツらにライバル視されるってのも気分は悪くないだろ」

「うーん、それにしても不思議よね」

 ぼんやりと窓の外を眺めながら綾香は呟いた。「雅は学園祭の件で本当にライバルやけんまだ納得できるけど(それでも変なヤツには変わりないけど)、和葉は全く関連性もないとに、なんでライバル視しとるっちゃろ。あいつみたいな人気アイドルからすれば、私なんてその他大勢の一人って感じやろ?」

「和葉の男をお前が寝取ったとか、どうせそんなとこだろ」

 綾香はハンドルを握る南の手を軽くつねった。「いて」と声を上げる南。

 真一が和葉にメロメロなんやけん、どっちかっていったら男を寝取られとるのは私やん。

「あ……」

 綾香はハッと気がついた。

「あ? どうした?」

 うんざしたような声で南が尋ねる。「楽屋になんか忘れ物したとかじゃねえだろうな。知らんぞ。捨ててもらうぞ」

「和葉にサインもらうの忘れた」

 一瞬、車内がシーンとなってしまうのであった。



 その夜、綾香は無事真一にサイン色紙を手渡すことができた。真一は飛び跳ねて喜び、何度も何度も綾香に愛を叫んだが、綾香は色々な意味で複雑な心境だった。色紙に書かれたサインは、綾香が適当に書いた『それ』っぽい落書きだったのである。


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