表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/172

70 マジシャンアイドル

 こ、この子は。えーっと、どっかで見たことあるような……。

 訝しげに少女を観察する綾香。少女は悪戯っぽく笑みを浮かべていた。歳は綾香と同年代であろう。天使の羽衣のようにさらさらと柔らかそうなストレートロングヘアー。マネキンのように整った顔立ち。厚手のノースリーブシャツとピッチリしたジーンズ。

「プリンセス雅さんですか?」

 南がちえ美ボイスでそう尋ねた。名前を聞いてようやく綾香も思い出す。そうだ、こいつがプリンセス雅だ、と。「こっちはうちの綾川チロリです。以後よろしくお願いいたしまーす」

「知ってるよ」

 そう言いながら雅は綾香に近づいてきた。身長百六十センチに満たない綾香に対し、雅はゆうに百七十センチを超えている。「初めまして。最近よくテレビに出てるみたいだね。月末が楽しみだなー。ね? チ、ロ、リ、ちゃん」

 顔を上げたまま綾香を見下ろす雅。綾香もキッと彼女を睨み返した。

 雅は綾香がゲストとして呼ばれている秀英大学秀英祭のライバル、昭和院大学学園祭のゲストであった。綾香がそのことを知ったのはつい先日である。以来、心のどこかで雅を意識し続けてきた。

 まさかこんなところで出くわすとは……。それにしても、気がつかんかったな。

 雅はここ数ヶ月で一気にブレイクした経歴不詳、年齢不詳のマジシャン兼アイドルである。メディアに露出する際は、決まってシルクハットを被り、タキシードを着ている。その印象が強かったため、綾香は一目で彼女がプリンセス雅だと気づくことができなかったのだ。

「おい、ガンつけてないでさっさと挨拶しろ」

 綾香に対し南が言った。同じく、雅が昭和院大学学園祭のゲストだということを知っているはずだが、彼は好戦ムードではない。

「始めてまして。み、や、び、さん」

 ツンとした表情を浮かべる綾香。「そちらこそよくテレビで見かけますね。もう、目が腐るほどに」

 雅の笑みが消える。睨み合う二人。二つの視線がバチバチと火花を散らし交錯する。

「雅さん」

 二人の間に割って入る南。「さっき『どこに目つけてるの?』って言いましたよね。チロリの楽屋の場所をご存知なんですか?」

 南を一瞥し、雅はフフッと鼻で笑った。

「うん」

 そして、歩き始める。「ついてきなよ」



 エレベーターホールから歩いて数メートルの地点である。ここも、先ほど綾香と南が通った場所であるが。

「ここに私の楽屋があるよね」

 一つの扉を指差す雅。確かに『プリンセス雅様』とある。「そして、その向かいにも」

 向かいの扉に視線を移す綾香。そこにも『プリンセス雅様』。綾香は混乱した。

 な、なんこれ。雅の楽屋が二つ。 

「私、二つも楽屋いらないから、チロリちゃんに一つあげるね」

 雅が言った。「こっち側のでいい?」 

 反射的に始めのほうの扉に視線を戻す綾香。するとそこには……。

 『綾川チロリ様』。

「え、え!?」

 綾香は驚いて雅に顔を向けた。雅はまた不敵に笑い、「感謝しなよ」とその場から歩き去っていった。

 あんたが始めっから隠しとったっちゃろうもん!



「うーん、どうやったっちゃろ。誰か助手がおって、私たちの見とらん隙に……。いや、でもなー……。っていうか、楽屋が向かい合わせなのは偶然? 策略? っていうか、最後雅は楽屋に戻らずにどこ行ったん?」

 綾香が眉をひそめてぼそぼそと呟く。彼女は楽屋の鏡に向かい、顔をもみもみしていた。

「マジシャンのすることを本気で悩むな」

 中心のテーブルに台本を広げ、それに目を落とす南。「お前なんかにカラクリが知られてるようじゃ、生活していけねえだろ」

「まあ、そうっちゃろうけどさ」

 手元に置かれた烏龍茶の500MLぺットを手に取る綾香。ぐびぐびと飲み、プハァと息を吐く。「不思議よねー。学園祭であんなんやられたら絶対盛り上がろうね」

「学園祭でマジックをしないマジシャンなどいない。間違いなくやるだろう。間違いなく盛り上がるだろう」

 そう言ってから、南は煙草をくわえ、煙草に火をつけた。「始まる前から昭和院大学のほうが圧倒的に優勢だな。ちえ美や亜佐美と三人束になっても勝てそうにない」

 秀英祭で共にゲスト出演するお馴染みの内藤ちえ美はもちろん、滝田亜佐美も綾香と同じくSDPのタレント(先輩)である。SDPが必死に秀英祭側に所属タレントを売り込んだのだ。今回の秀英祭の成功はSDPにとって大きいし、逆に失敗も大きい。

「なんよー」

 唇をとがらせる綾香。「子供だましのマジックなんか、私のスマイルの前では無力やもんね」

「いや」

 ふうと南は紫煙を吐いた。「俺でも、お前のスマイルなんぞを観に行くぐらいなら、雅のマジックを観に行くな」

 どっちの味方よ!

「でも、雅のヤツ。やたら敵対心剥き出しにしとったね」

 また顔をもみもみする綾香。いまいち寝ぼけ顔が元に戻らない。「私なんてちえ美と亜佐美さんのついでみたいなもんなのに」

「ブッキング当時はそうだったが、今じゃ違う。三人の知名度はほぼ横並びだ。勢いだけで見ればお前が一歩も二歩も抜けてる」

「なるほど」

 よーし、受けてたったるけんね。プリンセス雅。

 約二週間後の秀英祭に向けて、メラメラと闘志を燃やす綾香であった。



 番組スタッフとの楽屋での打ち合わせの後、綾香は本日共演する岩田幸三の楽屋へと挨拶に行った。それから衣装に着替え、メイクを済ませてから、楽屋でリハーサルの開始時刻を待つ。

 綾香は楽屋の畳の上にうつぶせで寝そべっていた。衣装であるストライプブルーのワンピース姿だ。南はどこかに出ている。部屋には彼女一人しかいない。

 松尾和葉か……。

 実は先ほど、番組スタッフに『つばきさんは何の番組に出演しているんですか?』と質問してみたのだ。すると、ゴールデン番組の『はって回ってポン』だという答えが返ってきた。同番組には人気アイドル松尾和葉がレギュラー出演していたはずだ。綾香の恋人、井本真一が彼女の大ファンなのである。少し複雑な気分ではあるが……。

 もし和葉とバッタリ出くわすようなことがあれば、サインぐらいもらっといてやろうかな。明るそうな子やけん、大丈夫やろ。

 そんなことを考えつつ、綾香は身体を起こした。そして、何気なく鏡を見る。

 あ……。

 なんと、額に畳の跡がついてしまっているではないか。リハーサルまであと十分ほど。またもや高速でもみもみを開始する綾香であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ