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69 楽屋はいずこ

「今の技術ってすごいなー」

 タンクトップとブラウスのトップス。下はお馴染みのローライズジーンズ。池田綾香は車の助手席に座り、雑誌のグラビアを眺めていた。今月号の『月刊アイドルプレス』に載っている自らのグラビアである。様々なタイプのビキニを着た綾香が、様々な表情を見せている。今月の始め辺りに行った仕事である。「この日、ちょっと目の下に隈があったのに、綺麗サッパリなくなっとる」

 おそらくデジタル加工を施されたのだと思われる。「ほら、このチロリなんてめちゃくちゃ可愛くない?」

 運転席でハンドルを握る、マネージャー南吾郎に向かってグラビアを見せつける綾香。南は相変わらずグラサンと黒スーツでキめている。

「うるさい。その面はもう見飽きた」

 グラビアに一瞥もくれず、南はそう吐き捨てた。ムッとする綾香を気にせず、更に続ける。「今日はテレビだから修正は効かんぞ。ちゃんと寝たか?」

「大丈夫! ほら隈もなかろ?」

 自身の目元を指差す綾香。やはり前を向いたまま南が答える。

「その面はもう見飽きた」

 午後五時過ぎ。南のマイカーである黄色の軽自動車に乗り、二人は仕事先の港区お台場エックステレビに向かっていた。



「お台場はロマンがあるよねー」

 窓の外に目を向けながら綾香は言った。車は芝浦ふ頭より首都高に入り、いわゆるレインボーブリッジを走っていた。西の空が夕陽でほのかに赤く染まっており、東京湾に反射している。少しだけ開いた窓の隙間から、心地よい風が車内に送り込まれてくる。「帰りは夜景が楽しめるっちゃねー」

 お台場には何度か訪れたことのある綾香であったが、レインボーブリッジを走るのは初めてであった。「なんか気持ち良くなってきた。このまま夢の世界に飛んでいきたいな」

 ウトウトと本当に眠りかける綾香であったが。

「寝るなよ」

 その南の声で現実に引き戻される。「お前との付き合いはまだ二ヶ月そこそこだが、それでも分かったことがいくつかある。とにかくお前の寝起きの顔はひどい。ピークに戻そうとしても半日はかかる」

 半日もかからんもん!



「おい、起きろ」

 肩を揺さぶられ、綾香はまぶたを開けた。身体を起こし目をこすり、そしてキョロキョロと辺りを見回す。辺りは暗く、多数の車。どこかの屋内駐車場のようである。「着いたぞ。結局寝やがって」

 助手席のドアが開かれ、南はその向こうに立っていた。肩を揺さぶっていたのはもちろん彼であろう。

 あ、エックステレビの駐車場か。

 綾香は慌てて車から降りた。代わりに南が助手席にひざをつき、後部座席に置かれた荷物を引き寄せる。その中の綾香のハンドバッグを綾香に手渡す。「ども」と言って、それを受け取る綾香。

「なんか楽しみだな。エックステレビの中ってどんなんだろう」

 ワクワクとした様子で綾香は言った。好きな番組が多いエックステレビでの初仕事に、少なからず彼女の気分は高ぶっていた。

「中は広いし、人も多い」

 バタンと助手席のドアを閉めながら南が言う。「いつも言っているように、タレントだけでなく、社員や他の事務所の関係者にもちゃんと挨拶しろよ」

「はーい」

 気の抜けた返事をする綾香。そして「ふあーあ」と大あくびをする。

「それから」

 南は綾香の顔を指差した。「本番までにその寝ぼけ顔を直しとけよ。ずっと顔をマッサージしとけ」



「こんばんわあ。あ、こんばんわあ」

 顔をもみもみしながら、すれ違う人々に片っ端から挨拶をする綾香。彼女と南は、エックステレビ局内の、楽屋がずらりと並ぶ楽屋郡の廊下を歩いていた。「こんばんわあ」

「どうもー。今日はよろしくお願いしまーす」

 南も同様に、ちえ美ボイスで挨拶をする。相手も挨拶を返す。

「人多いよ」

 小声で南に話しかける綾香。「早く楽屋に入らんとキリがないばい?」

「分かってる」

 楽屋の扉を一つ一つ確認しながら南も小声で答える。「見つからねえんだよ。この階でよかったはずなんだが……」

 その時また人とすれ違い、南が頭を下げる。「あ、おつかれさまでーす」

「おつかれさ……」

 綾香も挨拶しようとするが。「あ、つばきさん!」

「あ、チロリさん!」

 『トーキョーリラックス』で共演した小悪魔アイドルこと菊田つばきであった。巻き髪ウィッグとアクセサリーを身につけ、白のワンピースを着ている。立ち止まる三人。「さっきチロリさんのこと話してたんですよ。ってそれはこっちの話ですけど……。今から仕事ですか?」

 マッサージしていた手を下ろし、綾香は答えた。

「は、はい。深夜番組の『テレビでラジオ』のゲストに呼ばれました」

 三十分のトーク番組である。若手実力派司会者である岩田幸三と、視聴者のハガキ、メールを紹介しつつ、一対一でトークを行う。収録自体は一時間程度で終わる予定だが、その前に打ち合わせと簡単なリハーサルも行われる。「ところでつばきさん……。今日はキャラを演じなくてもいいんですか?」

「ん?」

 一瞬目を丸めた後、「ああ」と呟き、頷くつばき。「カメラが回ってない時は素で大丈夫ですよ。ほとんど皆知ってるし。前はロケだったから」

 もちろん、つばきの小悪魔キャラのことである。

「そ、そっか」

 綾香は苦笑いを浮かべた。「つばきさんも今から仕事ですか?」

「スタジオで収録中です。ちょっと収録が伸びそうだから、今は休憩中ですね。楽屋に用があって戻ってきたんです」

 そばの楽屋を指差すつばき。そこに『菊田つばき様』と書かれたプレートが貼られていた。「そんじゃ、すぐにスタジオ戻るから、また会いましょう」

「あ、はい。またメールしますねー」

 楽屋の中に消えていくつばき。つばきを見送ってから、綾香は南に顔を向けた。「私もさっさと楽屋に行きたい」

 無言で歩き出す南。綾香はふうと溜息を吐き、南の後を追った。

 挨拶を繰り返しながらしばらく歩き続け、二人はエレベーターホールまで戻ってきてしまった。

「ないな」

 南が偉そうに腕を組みながら言った。「もう一周するか」

 その言葉を聞き、綾香がガックリとうな垂れた瞬間、「どこに目つけてるの?」と女性の声がホールに響いた。綾香と南は、同時に声のする方を振り向いた。そこに一人の少女が立っていた。


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