6 極秘プロジェクト
「そんなことより」
男はコホンと一度咳払いをする。「さっき渋谷駅で君を見かけてね。悪いけど後を尾けさせてもらった」
「えっ?」
表情が固まる綾香。こらえていた笑いが、シュウと萎縮していく。「や、やっぱり怒ってたんですか?」
「そうゆうわけじゃない」
そう言って男は笑った。えびす顔になっても、笑顔はまだ不気味である。「次世代のアイドル界を担う、金の卵をあきらめきれなかっただけだ」
「き、金の卵?」
そう叫んでから、綾香はしばし考え込んだ。
金の卵って私のこと? そ、そんな……。私ってそんなに魅力的やったと? ひょっとしたらアイドルのオーラとか、そんなんが私から湧き出とるんかな……。
「勘違いするなよ」
ぼーっとする綾香に男は冷たく言い放つ。
「へっ?」
あっけに取られたような表情になる綾香。
「お前じゃなくて、もう一人の黒い髪の子だ」
彼女は、そのままの表情でカチンと固まった。
し、詩織のこと……?
「そ、そんなの」
照れ隠しで髪をかき上げ、男と視線を合わせずに彼女は言った。「言われなくても分かってますよ。し、詩織は私と違って可愛いし、私から見てもアイドルの器だと思いますから」
「ああ、そのとおり」
私へのフォローは!?
仏頂面で自分を睨み続ける綾香を無視して、男は続ける。
「実はつい先日、うちのプロダクションの今後を決定づける、重要なプロジェクトが立ち上がった。それはずばり、国民的アイドルを育て上げること」
「国民的アイドル?」
ポリポリと頭をかく綾香。もはや彼女に、男の話への興味はない。
「そうだ」
男は両手を広げる。スキンヘッドに街灯の光がキラリと反射した。「そしてそのスカウト兼マネージャーとして俺が極秘で動いているわけだ。あの子……なんていう名前だ?」
「詩織」
綾香はぶっきらぼうに答えた。
「そう、詩織ちゃんはこのプロジェクトに相応しい逸材だ。君、今度あの子にうちへ連絡くれるよう言っておいてくれないか?」
「さあ、どうですかねー」
綾香はぷいと男に背を向け、歩き出した。「あの子、あんまり芸能界とか興味ないと思いますけど、一応言っておきますね」
「よろしく頼むぞ。なんなら君も事務所の雑用かなんかで使ってやるから」
彼女の頭の中でプチッと何かが切れる音がした。
彼女は立ち止まり、再び男に身体を向け、叫ぶ。
「あんたんとこで使ってもらわなくても、私だってデビュー決まってるんです!」
「なに!?」
オーバーに細い目を見開き、驚く男。「君をデビューさせるなんて、どんな物好きなプロダクションだ?」
こいつ、ケンカ売っとうやろ?
そう思いながらも、必死に自らの怒りを静める綾香。やがて、腕を組み、誇らしげに言った。
「アースロマン企画です。あんたんとこと違って善良な事務所やけん!」
「アースロマン企画?」
眉間にしわを寄せて考え込む男。やがてああ、と頷いた。「なるほどな。あそこならまあ、君でもなんとかなるかもな。そんじゃ、詩織ちゃんによろしく。じゃあ」
それだけ言って今度は、逆に男がその場から立ち去った。
綾香はポカンと口を開けたまま、駅の方角へと歩く彼の後ろ姿を、ただ見つめるばかりであった。