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59 元親友

 六月頃であっただろうか。真一は一度だけ、綾香の部屋を訪れた際に偶然遊びに来ていた詩織と顔を合わせたことがあった。そういえばその時も、『この子がアイドルになったら絶対にDVDを買おう』などと考えていたが、まさか綾香のほうがアイドルになってしまうとは、夢にも思わなかったであろう。



 真一は詩織の隣に移動していた。店内に流れるブルースの、心地よいリズムに身体を委ねながら、冷水の入ったコップを口につける。

「昨日、二人で観てたんですよ」

 ラーメンを箸で持ち上げながら、詩織の連れの男が言った。彼の名は田之上といって、詩織のボーイフレンドらしい。そして、詩織と同じく、綾香の通っていた専門学校の元同級生らしい。「綾香ちゃんには悪いですけど、二人で大笑いしてました」

 話題は昨夜の『我らがドッキリ探検隊』、すなわち綾香のつぼドッキリである。

「笑っちゃったけど」

 真一と田之上に挟まれる詩織。先ほどからずっと真一のほうばかりに顔を向けている。「ちょっと可哀想でしたね。綾香はああ見えてけっこう打たれ弱いから」

 「はは」と笑う真一。

「別に可哀想じゃねえよ。あんなもん誰だって気づくだろ」

 髪をかき上げながら真一は言った。「それに仕事中なのにあくびなんかしやがって、罰が当たったんだよ」

「ほい、真一」

 カウンターの中から萩本がラーメンを差し出した。「そこの二人の分はお前がおごってやれよ」

「ええ!?」

 両手でラーメンを受け取りつつ、眉間にしわを寄せる真一。「勘弁してくださいよ。こいつらのほうが金持ってますって」

「持ってないです」

「一文なしです」

 立て続けにカップル。

 じゃあ、家でおとなしくカップ麺でも食ってろよ!



「そういえばさ」

 ラーメンを口に含みながら真一は言った。「詩織ちゃん、綾香と絶交中なんだって? 何があったか詳しくは知らねえけど、どうせ綾香が悪いんだろ?」

「もちろんです」

 深くコクンと頷く詩織。やはり彼女は、ずっと真一側に顔を向けている。

「でも、今ではそんなに怒ってないんですよ」

 一人のけ者にされ、つまらなそうな田之上。必死に二人の会話に入ってこようとする。「意地になってるだけなんです。本当は仲直りしたいくせに」

「違うよ!」

 詩織がようやく田之上に顔を向ける。「仲直りなんかしたくない。それに、どうせあの子も芸能界で新しい友達作ってるだろうから、別に私と仲直りしたいなんて考えてないでしょ」

「そんな感じでも……。ないけどな」

 断続的にラーメンを啜りつつも、器用に声を言葉にしていく真一。「新しく友達ができたふうでもないし……。綾香はどっちかっていうと未だに詩織ちゃんと仲直りしたがってると思う」

「え?」

 詩織は目を丸めて真一を見た。「なんか私のこと話してました?」

「『トーキョーリラックス』って番組にあいつ出たの知ってる?」

 真一のその言葉に詩織がただ頷き、田之上が「それを観て綾香ちゃんがアイドルになったって知ったんですよ」と補足した。「その番組でさ、あいつ109のなんとかって店で、服忘れたと思ったら忘れてなかったみたいな話してたじゃん」

 二人は頷く。真一はそこでようやく顔を上げ、箸を置いた。麺を啜りつくしてしまったのである。「あれって本当は詩織ちゃんの話らしいね」

「そ、そうなんですよね」

 苦笑しながら詩織はまた頷いた。「え? そうなの?」と田之上。「なんで綾香、自分の話にしちゃったのかなーって思ってました」

「公共の電波で詩織ちゃんの失敗の話をすると、余計に詩織ちゃんに嫌われるかもしれないからって、自分の失敗ってことにしたんだってさ」 

 それを聞き、詩織は気まずそうに黙り込んでしまった。その詩織の沈黙に伝染したように真一も田之上も黙り込む。

「ほら」

 数秒後、田之上が優しく詩織に笑いかけた。「綾香ちゃんも仲直りしたがってるみたいだし、そろそろ許してあげなよ」

 詩織は何も反応せず、黙り込んだままである。

 真一ははあと溜息を吐き、そして思った。綾香からはしつこく芸能界に勧誘した、とだけ聞いていたが……。

 あいつ、いったい何をやらかしたんだ?



「綾香、今日も仕事ですか?」

 複雑そうに眉を曲げ、詩織は真一にそう尋ねた。

「いや、今日は仕事はない。ただ、飛行機で佐世保に帰ってる」

「え?」

 同時に驚きの表情を浮かべる詩織と田之上。「ひょっとして凱旋ってやつですか?」

 田之上が本気とも冗談とも取れないような顔で言う。

「いや」

 ポリポリと頭をかきながら、真一は首を振った。「昨日の夜、あいつが親に電話かけて。そしたら、すぐ帰って来いって言われたんだってさ」

「えっ!?」

 両手で口元を覆う詩織。「それって、やっぱアイドルのことですか? それとも学校やめたこと?」

「多分両方だな。仕事があるから、明日までには東京に戻ってこなきゃいけないわけだけど」

 真一は両手でどんぶりを抱え、スープを一口飲んだ。そして、ふうと軽く息を吐く。「説得して戻ってくるか、勘当されて戻ってくるか、さあどっちだろうな」


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