5 人殺し再び
酔いで頬を赤く染め、綾香は電車に揺られながら、一人考えていた。
お金につられて、ああは言ったけど……私なんかにアイドルなんて務まるとかいな。
京王井の頭線急行にて、渋谷から吉祥寺へ帰るところである。時刻は既に九時を回ろうとしている。彼女は既に、渋谷駅ハチ公前で待ち合わせていた人物の存在を、すっかりと忘れていた。
それにしても、佐々木さんカッコよかったなー。
佐々木直之の顔を思い出す。白い歯がキラリと光る笑顔、自分を見つめる優しい眼差し。
あんなカッコいい人ってなかなかおらんよなー。しいて言えば真一とか……。
そこで固まる。彼女の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「ああー!」
綾香は満員の電車内で叫んだ。ようやく思い出したのだ。ハチ公前で待ち合わせていた人物、井本真一の存在を。他の乗客が怪訝そうに綾香を見る。彼女は恥ずかしくなり、俯いて顔を隠した。
しまった! 真一にメールしとくの忘れてた。まだハチ公前にいるんかなぁ。それとも結局来なかったんかなぁ。
とはいえ、引き返す気にもなれず吉祥寺駅に到着する。南口から出て、すぐに真一に「もう帰ったよ」とメールをし、ネオン輝く大通りを松庵方面に向かって歩き出す。ちなみに綾香の自宅とは逆方向である。
まあ、あの馬鹿のことだから、どうせ約束も忘れて居眠りでもしてんでしょ。
そう、松庵には真一の自宅があり、今日はもともとそちらへ泊まる予定だった。
数メートル歩いた時だ。
「ちょっといい?」
突然、誰かに後ろからポンと肩を叩かれた。綾香はビクッと身体を震わせ、「わっ!」と叫んだ後、その場にドーンとしりもちをついた。慌てて相手の顔を見る。
「あ、あなたは……」
恐怖で顔が引きつる。その場から逃げ出したいにもかかわらず、腰が抜けて立ち上がることができない。
サングラスを着けたスキンヘッドの大男。声を掛けてきたのはなんと、昼間、渋谷で綾香たちをスカウトした黒スーツの男であった。
「おいおい」
男は苦笑しながら、手を差し伸べる。「そんなに驚くことはないだろう」
その手を払い、座ったまま後ずさりをする綾香。彼女は思った。
殺される……!
「や、やめて、さっきは逃げ出したりして、ごめんなさい」
上手く声にならない。
「お前、いい加減にしろよな」
ズンズンと綾香に近づく男。同時に綾香は叫び声を上げようとしたが、すぐに男に口を塞がれてしまう。
「んーんー」
「いいから落ち着け。こんな状況で誰が襲うか」
男にそう言われ、周囲を見まわしてみる。すると通りを歩く多くの人の注目を浴びていることにようやく気がついた。彼女はゆっくりと立ち上がる。
「す……すいません」
「本当に失礼な女だぜ」
やれやれといった風に、男はゴキッと首を鳴らした。「まあ、確かにこんなグラサンしてたら怖がるのも当然だわな。そんじゃ、これでどうだ?」
そう言って彼は片手でサングラスを外してみせた。そして、サングラスの下から現れたものを見て綾香は思わずふき出してしまった。
「今笑っただろ」
「いえ……プッ」
またふき出す。そして笑いをこらえようとして、肩を震わせる。
「あのなぁ……」
「す……ププ、すいません、ウフフ」
男の目は細く、しかも垂れ下がっていた。彼は、全く笑っていないのに笑っているようにみえる、まさに七福神の一、えびすのような素顔を持っていたのだ。