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51 可愛い我が子

「チロリちゃんは、先月デビューしたばかりの新人アイドルで、愛らしいルックスとコミカルなキャラクターが早くも話題沸騰中でーす」

 続いてDJタエコが改めてチロリを紹介する。「なんか、聞く話によると博多弁で喋るんだって?」

「はい、博多出身です。とんこつアイドルを目指しています」

「とんこつアイドルって」

 DJタエコはプッと吹きだした。「なんか良いダシが取れそうなネーミングだね」

「はい。私が入った後のお風呂とかめっちゃダシが効いてると思います」

 DJタエコはまた笑った。そして、ベッドで仰向けになりながらそれを聴く橘川も、やはり笑っていた。

 やっぱりチロリちゃんは良いなあ。生で観たかったなあ。ああ、チロリちゃーん。

 枕をチロリに見立てて抱きしめる。キスをする。頬ずりをする。母親には絶対に見せられない姿である。



「じゃあせっかくだから、チロリちゃんに博多弁喋ってもらいましょーのコーナー!」

 タエコの呼びかけと同時に、パチパチと拍手の音も聞こえてくる。「お題でーす。この文章を喋ってね! 『タエコのピュアハートステーション絶賛放送中です。これを聴けばあなたのハートに何かが生まれるはず』。まあ宣伝なんですけどねー」

 苦笑するタエコ。「それじゃあチロリちゃん、マイクに向かってレッツゴー。エコーかけるから」

「は、はい。それじゃあいきます」

 その台詞の後半部分には、すでにエコーがかかっていた。やがて、はあと息を吸う音が聞こえる。「『タエコのピュアハートステーション絶賛放送中ばい! これを聴けばあなたのハートに何かが生まれるはず!』」

 はず、はず……。と、エコーにより、その言葉が反響する間だけ、若干静かになるが、すぐにタエコが声を上げた。

「お、おおー……。す、凄いねー」

 ややコメントに困っている様子のタエコ。もうエコーはかかっていない。「でも、最初のほうに『ばい』が入っただけのような気がするけど……」

「お題が悪いんよ!」

 チロリが不貞腐れたように言った。「博多弁を宣伝に使おうとするけん、こんなことになるっちゃん」

「あはは、怒られちゃったけど今度はいっぱい博多弁入ってるー」

「あ、素が出ちゃいました。今のにエコーかけてくれれば良かったとに」

 タエコの笑い声とまた拍手。

 チロリちゃん、イベントの時よりもだいぶアイドルの仕事に慣れたみたいだな。すごく落ち着いてるし、変な博多弁も喋らないし。トークの面白さにも磨きがかかってる。

 橘川はまるで我が子を見守る親のような温かい目をしながら、じっとラジオに耳を傾けていた。



 チラッと机の上に置いた時計を見やる橘川。まもなく八時半、あと十分ほどで家を出なければバイトに遅れてしまう。『タエコのピュアハートステーション』の放送自体は八時から九時までとなっているが、綾川チロリの出番はそろそろ終わりかもしれない。

 どうせならチロリちゃんの出番が終わるまでは聴いて行きたいよな……。

 と、そう思った矢先だ。

「それじゃあ、チロリちゃん。今後の活動予定などあれば」

 出し抜けに『締め』の空気に変わるラジオ。

「あ、はい」

 橘川は身体を起こし、少しだけ身構えた。公式サイトにもまだ掲載されていない最新情報が聞けるかもしれない(そもそも、公式サイトにはまだ先月のイベントとこのラジオの情報しか載っていないのだ)。「まず、明後日銀河放送さんの『オリエンタルナイト』にゲスト出演します」

「チロリちゃん、チロリちゃん」

 タエコが小声で言った。「銀河放送さん、一応ライバルラジオ局だから宣伝ダメよ」

 優しげな口調でチロリをたしなめる。

「あ、そうでした。テヘ」

 また親の目になる橘川。うんうん、失敗は誰にでもあるさ、と頷きながら、その出演情報を頭にインプットした。「あと来週なんですけど、タマテレビの『トーキョーリラックス』のワンコーナーに出演します。是非観てくださいねー」

 な、なに!? あの人気番組にチロリちゃんが。

「わー、仕事山積みだねー。イベントとかはないの?」

「えーっと、イベントはまだ聞いてませんね……。多分あると思うんですけど」

 歯切れの悪い喋り方でそう話すチロリであったが、急に、何かに気がついたように「あっ」と声を上げた。「一つだけ聞いてました。まだ先、来月末のことなんですけど……。言っていいとよね?」

 誰かにそう確認するチロリ。マネージャーあたりであろうか。「あの、関東秀英大学の学園祭、秀英祭に呼ばれてまして。これも是非観に来てほしいです」

「おー、秀英祭かー。伝統ある学園祭だねー。ラジオの前の皆ー。チロリちゃんに会いたい人は来月秀英祭に足を運びなさいよー」

「待っとるけんねー」

 リスナーに向かい、チロリがそう呼びかけた時。

「ちょっとー」

 不満げな調子でタエコが言った。「今の博多弁のところでエコーかけなきゃー」

 今度はあははとチロリの笑い声。「まあ、とにかく今日は本当に楽しかったです」

 そして無理やり別れの挨拶へと持っていくタエコ。「今日のゲストはデビューしたての新人アイドル綾川チロリちゃんでしたー」

「ありがとうございましたー」



 チロリの声がラジオから消えた後、タエコの紹介と同時に再生された古い洋楽ポップスを、意識の隅でぼんやりと聴きながら、橘川はベッドの上であぐらをかいたまま固まっていた。目が泳ぎ、こめかみ辺りに汗が流れている。

 チ、チロリちゃんが……。

 口元が緩み始める。目が大きく開き始める。

 チロリちゃんがうちの大学に来る……!?

 そこで、ふと時計を見る橘川。時刻は八時四十五分を回っていた。橘川はにやつき顔から一転、青ざめた顔となり、慌ててラジオの電源を消して立ち上がったのであった。

 

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