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48 小悪魔の素顔

 その後、渋谷センター街、渋谷109などを回り、二時間ほどで比較的スムーズに撮影は終了した。そして、最後の撮影場所となった道玄坂のバイキングレストランにて、そのままささやかな打ち上げが行われることとなった。

 スパゲティ、カレーライス、寿司、アイスクリームが乱雑に盛られた皿を円形のテーブルの上に置き、椅子に腰かけながら、綾香はキョロキョロと辺りを見回した。広い店内には『トーキョーリラックス』関係者以外の一般客もかなりいたが、こちらを気にかけている様子の者はごくわずかであった。その理由として『主役』が不在だということが挙げられるだろう。

 ほんと、どこ行ったっちゃろ。

 そう、撮影が終了した頃から菊田つばきの姿が見えなくなってしまったのだ。

「チロリちゃん、それ凄いね」

 綾香の目の前に置かれた皿を見て、女性スタッフ(アルバイトのADだということが判明している)柴田が苦笑した。ちなみに彼女の皿にはエビチリとスパゲティだけが盛られている。

「あ、柴田さん。つばきさんって、もう帰っちゃったんですか?」

「え? つばきちゃん?」

 綾香の左隣の席に座り、柴田も辺りを見回す。「いないね。もう撮影終わったから、ひょっとしたらロケバスで着替えてるのかもしんない」

「え? ロケバスなんてあったんですか?」

「うん」

 頷く柴田。「すぐ近くに色んな局のロケバスが停まってるポイントがあって、うちもそこに停めてるんだよ。つばきちゃん、いつも撮影が終わったらすぐに着替えちゃうんだ。やっぱり疲れるんだって」

「へー」

 そう相槌を打ち、綾香はアイスクリームが付着したエビフライにかぶりついた。そして、口を動かしながら考える。

 やっぱり疲れる? どうゆう意味?


 

「柴田さーん、もうお腹ぺこぺこですよー」

 数分後、白いティーシャツを着た、ショートカットのボーイッシュな少女がそう言いながら、皿を手に、綾香たちのもとへ近づいてきた。

「あれ、いつの間に戻ってきたの?」

 柴田が顔を上げ、少女に対して言う。そして少女が持った皿を見て、また苦笑した。「わ、チロリちゃんと良い勝負だ」

 皿にはカレーライス、チキン南蛮、シューマイ、アイスクリームが盛られていた 

 綾香は訝しげな表情で少女の顔をじっと見つめた。柴田の様子から、スタッフだと予想できるのだが……。

 こんな子おったっけ? ひょっとして今までロケバスに待機しとったとか?

「ん?」

 その時、綾香は気がついた。少女の大きなつり目がちの目に見覚えがあることを。「あ、ああっ!?」

 少女を指差す綾香。少女はキョトンとした顔で不思議そうに首を傾けた。

 き、菊田つばき……!?


  

「どうしたんですか?」

 ボーイッシュつばきはそう言いながら、綾香の右隣の席に腰を下ろした。「雰囲気変わり過ぎてビックリしちゃいました?」

 そしてふふ、と無邪気な顔で笑う。

「や、やっぱりつばきさんなんですか?」

「当たり前じゃん」

 答えたのはつばきの反対隣に座った柴田であった。そちらに顔を向ける綾香。「つばきちゃんじゃなかったら誰よ」

 いやいやいやいや。

「か、髪の毛はどこいっちゃったんですか?」

「あれ? ウィッグですよ」

 今度はつばきが答える。平然とした口調である。「私、一応小悪魔キャラじゃないですか? だから、より小悪魔っぽくみせるために巻き髪ってことにしてるんです。アクセサリーとかもそうですね」

 言い終わってから、はむ、とカレーライスを口にするつばき。

 綾香の頭の中は混乱中である。

 つまり、つばきの小悪魔キャラは演技で、本当は礼儀正しいボーイッシュな少女だということは理解できたが、なぜ小悪魔キャラを演じるのか、そして、戸惑う自分の前で、なぜつばきと柴田がこんなにも平然としているのかが理解できなかった。

「な、なぜ小悪魔キャラなんかを……」

「芸能界で生き抜く術です」

 間髪いれずにつばきは答えた。「もともと普通のアイドルだったんですけど、マネージャーに言われて、特徴をつけるために小悪魔キャラに変身してみたら、仕事がバンバン増え始めたんです」

「な、なるほど」

 芸能界は厳しいな、と綾香は思った。「それじゃあ、挨拶を無視したのも」

「あっ」

 口を大きく開け、つばきは声を上げた。そして申し訳なさそうに顔をしかめながら、フォークを持った綾香の手を握りしめる。「本当にすみませんでした。周りに一般の人がたくさんいたので、キャラを壊さないために無視しちゃいました」

「キ、キャラを壊さないために……」

 つばきの言葉をそのまま繰り返す綾香。

「ロケの時は撮影の合間も気が抜けないからね」

 柴田がそう言って微笑んだ。「でも、綾香ちゃんも知ってるとはいえ、さすがに無視されたらビックリしちゃうよね」

「し、知ってる?」

 綾香の目は点となった。

「ちゃんと説明あったでしょ?」

 綾香の様子を見て、柴田もポカンとした表情に変わる。「マネージャーさんに説明しておいたって、三輪さんが言ってたよ」

 キッと綾香は隣のテーブルで食事をとる南を睨みつけた。すると、同時に南がサッと視線をそらしたことに綾香は気がついた。

 あ、あのハゲ……!


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