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43 ご近所ロケーション

 九月一日。綾川チロリ本格デビューの第一歩となるテレビ収録は、屋外撮影ロケーションである。集合場所は偶然にも渋谷駅。SDP事務所から目と鼻の先だ。というわけで本日は、SDPにてマネージャー南にメイクを施してもらってから、歩いて撮影現場に直行することとなっていた。



「本当にこんなんでいいとかいな?」

 事務所の角にある大きな姿見を睨みながら、綾香は誰にともなく言った。「このジーパンにノースリーブは合わないかも」

 彼女が選んだ本日の服装は、やや厚手の白いノースリーブに、バギージーンズ。衣装は用意されないので、テレビにもこの格好で出演することとなるのだ。ちなみに、メイクは既に終えている。

「九月といえども気温はまだ真夏なみだぞ?」

 南は綾香のすぐそばで、ローラーのついた椅子に足を組んで座っていた。「お前の場合は脇汗を隠すためにも、年中ノースリーブでいた方が良い。お前には袖をつける資格がない。袖とは一生無縁だ」

 ケンカを売ってくる南を無視し、綾香は近くにいた他の若い女性社員に尋ねた。

「どう思います? こんな感じで大丈夫ですかね」

「良いんじゃないですか?」

 社員は二度大きく頷いた。「カジュアルな感じで素敵ですよ。あとはハットとか被ればいいかも」

「ハット! それ、いいですね」

 綾香も頷き、今度は南に身体を向き変えた。そして、右手を差し出す。「ハット、ないと?」

「ない」

 南は平然とそう答えると、げんなりとした顔を見せる綾香をよそに立ち上がり、壁の時計を見た。「そろそろ行くぞ。お前の方が新人なんだから、菊田より先に現場に来ておかねばならん」

 綾香も時計を見る。集合時間は午前十時。現在は九時を少し過ぎたところである。

 菊田つばきがそんなに早く来るわけないやん。まあでも、そろそろ出たほうがいいか……。

「分かった。でも、その前に……」

 綾香は目をつむって大きく息を吸い、そして吐いた。「ふう。よし」

「一丁前に緊張してるのか?」

「まあ」

 頬をポリポリとかきながら、綾香は苦笑した。「テレビ局の人とか、菊田つばきに会うのがちょっとね」

 撮影の前に簡単な打ち合わせが行われる予定だ。その時がスタッフや、菊田つばきとの初顔合わせなのである。

「頑張ってくださいね」

 先ほどファッションのアドバイスをくれた女性社員の言葉に続き、事務所内にいた他の社員も口々に綾香にエールを送った。

「ありがとうございます」

 感激して頭を下げる綾香。「頑張ってきます」

「社員総出で送り出されるとは、お前も良い身分になったもんだな」

 いつの間にかショルダーバッグを肩にかけ、黒いソフトハットを被った南が、扉に向かいながら言った。「皆を失望させないように、まあ頑張れ」

「ハットあるやんか!」

 南の頭を指差し、そう叫びながら、綾香は彼の後を追った。



「感謝しろよ」

 大谷ビルを出て五分ほど歩いたところで、南が後ろを歩く綾香に一言。「お前みたいな新人がいきなりこんな人気番組に出演できるのも、俺が必死に売り込んでやったおかげだからな」

「そんなこといっても『トーキョーリラックス』なんて観たことないもん」

 綾香が出演するのは、関東ローカルの人気深夜番組『トーキョーリラックス』のワンコーナー、『衝動買いでリラックス』である。番組のレギュラーである菊田つばきが、毎回違うゲストと共に、街に出て衝動買いをするという、いたってシンプルな内容だ。綾香はゲストという扱いになる。

「そりゃお前が知らないだけだろう。若者たちに今絶大なブームを巻き起こしている番組だぞ」

「へー」

「……。まあ、少し仕事を選び間違えた感はあるな」

 しげしげと綾香を見つめる南。「次からはなるべく屋内の仕事を選ぶことにしよう」

「……」

 早くも綾香の服は、彼女から噴き出す汗を吸収し、変色し始めていた。



 やがて、人で溢れる渋谷駅ハチ公前広場に到着する。南と共に、綾香はキョロキョロと辺りを見回した。すでに撮影クルーが準備を始めていると聞いていたが。

「あ! あれやないと?」

 ハチ公像の近くに三脚に固定された大きなテレビカメラを発見する。その周りで何やら作業をする数人のスタッフらしき男女の姿も。

「うむ」

 綾香の指す方向を見て、南は頷いた。「プロデューサーがいるな、間違いない。よし、行くぞ」

 人ごみをかき分け、南がずんずんとそちらへ歩いていく。

「あ、ちょっと待ってよ……。あ! すみません」

 慌てて彼に続こうとする綾香であったが、通行人にぶつかり、遅れをとってしまう。「ちょっとー、南さーん。いてっ! すみませーん」

 何度も人とぶつかりながらも、彼女はなんとか南に追いつき、彼の肩を叩いた。そして彼が振り返った瞬間、綾香は彼の顔を見て驚き「わっ」と声を上げた。

「プロデューサーに、グラサンつけたまま挨拶するわけにはいかんだろう?」

 南はグラサンを外し、えびす顔に変身していたのだった。


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