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3 対照的なその男

 それから二人は涼しいゲームセンター内で一銭も使わず、三時間を潰した。その間何をしていたかというと、特に何もしていない。しかし、親友と過ごす他愛のない三時間は、薄暗く曇っていた綾香の心を少しずつ晴らしていった。



 午後四時半、渋谷駅前、スクランブル交差点のそばである。センター街に比べ、道を歩く人の歩行速度がだいぶ速い。

「それじゃ、またね」

「うん、今日はありがとう」

 詩織はこの付近の小さなイタリア料理レストランでアルバイトをしており、今日も五時から勤務の予定が入っているのだ。

「くよくよしちゃダメだよ」

 詩織が綾香の肩をポンと叩いた。「自分で決めたことなんだから、とりあえず必死でバイト頑張りなさい」

「分かっとうよ」

 唇を尖らせる綾香。「詩織も頑張って。詩織はちゃんと卒業しいよ」

「もちろん」

 そう言って詩織は笑い、手を振りながら、人ごみの中へと消えていった。

「さて、と」

 綾香は一人呟き、渋谷駅に向かい、歩き始めた。とはいっても、まだ電車に乗るつもりはない。



 忠犬ハチ公の銅像から少し離れた場所で、銅像付近をチラチラと横目に見ながら、綾香は壁に寄りかかり、腕を組んでいた。

 遅い、遅すぎる。

 腕時計に目をやると、既に五時半を回ろうとしている。携帯も全く通じない。メールを送っても、ウンともスンとも言わない。綾香は憮然とした表情で、額の汗を拭った。夕方とはいえ、まだまだ日光は健在である。

 六時までに来んかったら帰るけんね。

 そう心に決めた時だ。十メートルほど先から、見知らぬ男が近づいてくるのに気がついた。

 ん? 私かな。いや、でも知らん人やし……。多分他の……、あれ? あれ?



「君、ちょっといい?」

「は、はあ……」

 男は茶髪のロングヘアーで小奇麗な白いスーツを着用していた。先ほどのスキンヘッドの黒スーツ男とはまるで対照的である。対照的なのはそれだけではない。綾香にとっての男への第一印象もそうだった。

 カ、カ、カッコいい……。

 長いまつげに優しげな瞳、高い鼻に薄い唇。男は綾香の大好物、美青年であった。

 これって、ナンパ? いやぁ、ナンパなんていつ以来やろう。

 彼女は胸をときめかせる。ちなみにナンパは上京してすぐ、井本真一にされて以来である。


 

「実は僕、こうゆうモンでね」

 そう言って男は胸のポケットから名刺を取り出した。そこで綾香は思う。

 あれ? なんかこの光景さっき見たような……。

「アースロマン企画、佐々木直之……さん」

 先ほど詩織がやってみせたように、名刺を受け取り、文字を読み上げる。「あ、あの……ひょっとしてスカウトの方ですか?」

「そのとおり」

 男はニッコリと微笑んだ。その笑顔も黒スーツの男とは対照的で、爽やかなものだった。「ねえ、芸能界に興味ない?」

 喜びより驚きが先だ。今までスカウトなんてされたこともなかった自分が、一日に二度もスカウトを受ける(最初のは自ら逃げ出したが)、それは綾香にとって予想だにしない出来事だったのだ。

「きょ、興味ないってこともないですけどー」

 はにかみながら綾香は答える。実は芸能界より、目の前の男に興味があった。

「そうか」

 男は満足そうに頷く。「それじゃ、近くに良い店知ってるから、そこで少し話さない?」

「え? あっ……!」

 綾香はハッとハチ公の銅像を見た。その近くに待人の姿はない。腕時計の針はまもなく六時を差そうとしている。

 別に浮気やないけんね。あんたが遅刻しとんのが悪いんやし。

 彼女は心の中で、誰よりも自分に言い訳をしていた。


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