表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/172

36 ニート卒業

 真一は自宅で横になりながら、携帯電話を耳に当てていた。

「あ、はい。ありがとうございます。はい。明日からですね。よろしくお願いします」

 通話を終え、カシャっと携帯を閉じ、テーブルの上に置く。そして真一は小さく「よし」と呟いた。

 前日に受けたアルバイト面接の結果報告であった。結果は見事合格。明日より早速研修開始だという。

 綾香にも報告しておくか。あいつ、まだ打ち合わせ中かな。

 本日、午後三時から事務所で打ち合わせがある、と彼女は言っていた。ただいまの時刻は午後五時。打ち合わせの程度にもよるが、そろそろ終えていてもおかしくはない。

 よし、メールだけでもしとくか。

 そう考え身体を起こし、また携帯を手に取った時だ。玄関先からガタッと音が響き、扉の開く気配がした。どうやら向こうからやってきてくれたらしい。



「やばいやばいやばいやばい!」

 真一のいる洋室に来るなり、なぜかノーメイクの綾香は、やかましくそう言うのだった。「真一! マジでやばいっちゃん」

「なんだよ? お前のその顔の方がよっぽどやべえよ」

 真一はうんざりとして金髪の頭をワシワシとかいた。その瞬間綾香にゲシッと頭を蹴られる。

「冗談言っとる場合じゃないよ」

 真一の隣に座り込み、冗談のような顔の綾香はわめいた。「私の給料来月まで出んっちゃけん、今月の食費がないばい!」

「食費……?」

 眉をひそめる真一。

「そう」

 綾香が頷く。「仕送りで、うちの家賃と光熱費とあんたの家賃と光熱費と……。そこまではなんとかなるけど、食費その他が残らんとよ」

「だ、だって……。『キャンユー』の給料がまだだろ?」

 先月まで綾香が週六日でアルバイトしていた安売りチェーン店である。

「……」

 キョトンとした顔で『あっ』と口を開き、固まる綾香。どうやら『キャンユー』のことを忘れていたらしい。



「そんなことよりさ」

 例の話を報告。「俺、バイト受かったんだぜ。明日から研修だって」

「え?」 

 心底驚いたように目を見開く綾香。「どんなバイト?」

「飲食業」

「ふーん……」

 そう相槌を打ち、彼女はおもむろに立ち上がった。そしてダイニングまで歩き、冷蔵庫を開ける。「来月はけっこう収入も安定するかな」

「おう。もう貧困生活はこりごりだぜ」

 真一も立ち上がり、綾香のそばへ寄った。

「でもあんた」

 冷蔵庫から烏龍茶を取り出しながら、綾香は言う。「バイトじゃなくって、そろそろ就職とかせないかんっちゃないと?」

「就職?」

 真一は目を丸め、彼女の横顔を見た。「まあ、そんな焦ることもないだろ」

「だって……」 

 そこで言葉を止め、綾香は烏龍茶をラッパ飲みした。「ぷはあ……。そろそろさ。うちの親に真一を紹介せんといかんかろうし」

 佐世保に住む綾香の両親は、真一という恋人の存在も、綾香が専門学校をやめたという事実も知らない。仕送りは本来、一人娘である綾香の生活費と学費にあてるべきものなのである。

「紹介なあ……」

 綾香から烏龍茶を受け取り、それを手に持ちながら、真一は考え込んだ。

 さすがにフリーターじゃ、綾香の親に合わす顔がねえか。

 そして綾香と同じように烏龍茶をラッパ飲みし、ぷはあと一息。「まあ、社員昇格制度もあるらしいから。とりあえず今度の仕事頑張ってみるわ」

 しらーっと横目で真一を見る綾香。

「本当に頑張ってよ」

「……。ああ、お前もな」

 そう言って頷いてみせながらも、真一は複雑な心境であった。



 やがて夜が更け、さっさと一人で洋室のフローリングの床に眠りこけてしまった綾香の寝顔を見ながら、真一は考えごとをしていた。

 こいつはちゃんと将来のこととか考えてんのに、俺はいったい何やってたんだろうな。

 綾香の頬をそおっと撫でる。眉間にしわを寄せ、「んん」と声を漏らす彼女。

 アイドルか……。

 先日変装をして参加した、彼女のデビューイベントを思い出す。

 マイクを使わずに挨拶をし、カビリオンズを困らせてしまう綾川チロリ。大勢の客の前で一発ギャグをし、見事に外してしまう綾川チロリ。それでも、真一の目にはそんな彼女の姿が何より輝いて見えた。 

 綾香の身体に優しくタオルケットを被せながら、真一は思う。

 こいつにとって、俺は邪魔になるだけの存在かもしれないな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ