30 一喜一憂
「に、『二十代男性、満足度、大満足』!」
興奮のあまり、思わず読み上げてしまう綾香。「『チロリちゃんに一目惚れしてしまいました。今度から応援しますので頑張ってください』」
「凄いじゃない!」
三沢が身体をくねらせながら声を上げる。「ファン第一号ね」
「ふふん」
鼻で笑い、綾香は南にしたり顔を向けた。「私の魅力に気づいてくれた人もおるみたいよ」
しかし、南の表情は変わらない。
「今日のターゲットは中年オタクだろう? 二十代に気に入られたからって図に乗るな。早く次に行け、次」
「ふん」
顔を背け、またアンケートをめくる。「えーっと次は……。『三十代男性、満足度、大満足』……!」
「なに!」
南は綾香からアンケートを取り上げた。
「ちょっと! 返しいよ!」
「ふむふむ。『最高でした』と」
綾香を無視し、アンケートを読み上げる彼。「『チロリちゃんは今世紀最注目の名に恥じない素晴らしいアイドルだと思います。今まで僕が見てきたどんなアイドルよりも可愛かったです。トップアイドルを目指して頑張ってください』……。お前……」
アンケートから目を離し、綾香に顔を向ける。「これ、自分で書いたろ?」
「私、そんな時間なかったろうもん!」
今度は綾香が、彼からアンケート用紙を引ったくった。
「うーむ」
難しい顔で唸る南。「二枚目なんかは特にベタ褒めしすぎな感もあるが、お前のダメダメな姿が一部の層に受け入れられた、ってこともあるか……」
「いわゆるドジっ子ってやつね」
三沢が綾香に向かって補足する「ここ、アキバだから。チロリちゃん、需要あるわよ」
ドジっ子かあ……。
秋葉原という街が、もの凄く好きになってしまった綾香であった。
「そんじゃ、お前はもう帰っていいぞ」
南が楽屋を出ながら綾香に言った。「次は……。そうだなあ、二日後の三日の日に事務所まで来い。今後の仕事について話がある。午後三時だ、遅れるなよ」
「あんたはまだ帰らんと?」
キョトンとした顔で綾香が尋ねる。
「カビリオンズとも次の仕事の打ち合わせがあるからな。イベントが終わるまで待ってる」
「え?」
意外な彼の言葉に驚く綾香。「なんで? カビリオンズのマネージャーもあんたなん?」
「今月まではな」
頷く南。「来月からはお前の活動も本格的になるから、お前専属になる予定だ」
そう言い残し、彼はフロアの方へと歩いていってしまった。そして、それに三沢が続く。
「じゃあね綾香ちゃん」
脇をしめ、可愛らしい仕草で手を振る三沢。「良いアイドルになるのよ」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げ、彼を見送ってから、綾香はふうと一息吐いた。それから控え室のドアを閉め、ゴロンと仰向けになる。
つ、疲れたあ……。
こうして綾香の初仕事は無事成功?に終わったのである。
「ふんふふふんふん」
控え室で一人、鼻歌を歌いながら帰り支度をする綾香。「ふふふん……。あ!」
そんな彼女の視界に、ふと棚の上に置かれた先ほどのアンケート用紙が飛び込んできた。
そういえば……。全部で四つアンケートあったとよね。最後の一枚見とらんやん。
そう考え、アンケートを手に取る彼女。最後の一枚に目を通してみる。
えーと、なになに……?
<年齢と性別> 四十代男性 <満足度> 全然
消えろ。目ざわり。
「……」
数秒間、呆然とその用紙を見つめた後、彼女は棚のデジタル時計へと視線を移した。時刻は七時前である。
……。こんな街さっさと出よう。
秋葉原という街が、もの凄く嫌いになってしまった綾香であった。