29 反省会
「五点だな」
指をパーにし、5の数字を作りながら、南吾郎は言った。場所は『秋葉原ポケットルーム』の楽屋内。ステージではまだカビリオンズのトークショーが続いている。
「五点って……」
キョトンとした顔の池田綾香。「十点満点中の?」
「いや、百点満点中だ。綾川チロリのデビューイベントは百点満点中の五点だ」
キッパリと断言する南。そんな彼の態度に綾香は少しムッとしながらも、何も言い返すことはしなかった。
彼女自身、今回のデビューイベントに満足できてはいないのだ。
「はあー、なんか自信なくしちゃった」
横になって伸びをする綾香。彼女はピンクの豚の着ぐるみから、ラフな格好へと着替えていた。上は『カビリオンズ』と英語で書かれた白いティーシャツ、下は彼女が家から履いてきたローライズ気味のジーパンである。
「まず、博多弁だ」
彼女を気にもとめず、楽屋の隅であぐらをかきながら説教を続ける南。「もともと同じような方言で喋ってるくせに、なんで舞台の上になるとあんなにぎこちなくなるんだ?」
「あー、あー。聞こえなーい。聞こえない」
両手で耳をふさぐ綾香。
「次に目線」
そう言いながら南は彼女のわき腹あたりを足で軽くつついた。綾香が「うっ」と声を漏らす。「もっと客を見て喋れ。照明ばかり見てどうするんだ。そんなんじゃ、射止められるハートも射止められないだろう」
「そんなこと言われても、恥ずかしいっちゃもん」
「恥ずかしいってお前、あんだけ恥ずかしい格好(豚)しておいて今更それはないだろう」
「あんたがさせたっちゃろうもん!」
身体を起こし、怒鳴る綾香。そして部屋の隅に無造作に置かれた豚の抜け殻を指差す。「もっとマシな衣装なかったと? どこにデビューイベントであんなん着て出てくるアイドルがおるとよ!」
「お前みたいな華のないアイドルは、インパクトで勝負するのが一番なんだよ」
そこで口元に笑みを浮かべる南。「まあ、俺のメイクのおかげで、お前の華のなさもちょっとはマシになっただろうけどな」
綾香は口をとがらせながら、壁の姿見に目を向けた。
まあ、それは否定せんけどね……。
南が彼女に施したメイクに関しては、彼女もそれなりに気に入っていた。いつも自身で行うものとは違い、マスカラ控え目のナチュラルメイクである。それなのにしっかりと一重まぶたの目を際立たせ、低い鼻を高く見せている。これだけ見事なメイクを、南はものの十分程度で仕上げてしまったのだ。
「メイクの腕が確かってのは本当なんやね」
南に視線を移す彼女。「今度プライベートでもやってよ」
「無論、断る」
間髪いれずに南。と、その時、楽屋の扉がトントンとノックされた。
「お取り込み中ごめんなさーい」
扉の向こうから顔を出したのはホールのマスター三沢であった。「アンケートが幾つか届いたから、先に渡しておくわよ」
「アンケート?」
南が眉をひそめながら言う。「だってイベントはまだ続いてるんでしょう?」
アンケートといっても本日のイベントに関する簡単な感想のようなもので、客にホールを出る際、書いてもらうことになっていた。
「それがねえ」
苦笑する三沢。「チロリちゃんの出番が終わった途端、何人か帰っちゃったの。一応、今世紀最注目の新人アイドルが目当てだったお客さんもいたみたいね」
「み、見せてください」
立ち上がり、三沢からアンケート用紙を受け取る綾香。そして彼女はふうと大きく深呼吸をした。
私のこと、なんて書かれとるんやろう……。
アンケート用紙は全部で四枚。彼女は、一番上に置かれたアンケートからおそるおそる黙読してみた。
<年齢と性別> 三十代男性 <満足度> 微妙
今世紀最注目というわりには普通でした。
「うっ……」
さっそくの低評価に、思わずくらっと立ちくらみしてしまう綾香。
「やっぱり、お気に召さなかったようだな」
「わっ!」
いつの間にか、彼女の頭上から南もアンケートを覗き込んでいた。「ビックリさせんでよ!」
「いいから、次行け。次」
「言われんでも分かっとうよ!」
彼女はまた深呼吸をし、震える手つきで一番上のアンケートをめくり上げた。そして二枚目のアンケートに目を通し始めた瞬間……。
こ、これは……。
彼女の表情は一気に明るくなるのであった。