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25 楽屋にて

 『秋葉原ポケットルーム』内の三畳程度しかない小さな楽屋で、二人の男性が笑い声を上げる。そして彼らの前で正座をするのは新人アイドル綾川チロリこと、池田綾香。

「す、すんません……」

 深々と頭を下げる彼女。「緊張で何がなんだか分からなくなっちゃいました」

「緊張なんかしなくていいって」

 その言葉と同時に、彼女は頭を上げる。声の主は、カビリオンズの一人、野田誠であった。ぼっちゃん刈りと、人の良さそうなタレ目が特徴的である。「なあ?」

 彼が隣の男性に同意を求める。同じくカビリオンズの、松岡キャッツだ。

「ああ。俺ら、もう三十過ぎてるけど、まだまだこの世界じゃ若手だしな」

 髪の毛をツンツンに立てており、淡いブルーのサングラスをかけている。野田が、地味な白いティーシャツを着ているのとは対照的に、こちらは夏だというのに、派手に黒光りする革ジャンを着用していた。

「それにしても」

 綾香から目を離し、壁に取りつけられた姿見を覗き込む野田。「今世紀最注目のアイドルっていうから、どんなのがくるかと思ったけど……。まさかこんな庶民的な子だったとはなー」

「失礼だろうがよ」

 そう言いながら、野田の頭をはたく松岡。その光景を見ながら、綾香は冷静に分析した。

 野田さんがボケで、松岡さんがツッコミか……。



 三人で他愛のない会話をすること二十分。突然、楽屋のドアをトントン、とノックする音が聞こえる。

「どうぞ」

 野田がそう言うと、ゆっくりとドアが開き、サングラスをかけたスキンヘッドの大男が、のそっと顔を覗かせた。南吾郎である。

「お疲れっす」

 彼が挨拶をし、カビリオンズの二人がそれに答える。それから南は部屋の隅で体育座りをする綾香に目を向けた。「よお、おとなしくしてたか?」

「しとったよ」

 口を尖らせる綾香。「衣装、買ってきたの?」

「ああ」

 片手に持った紙袋を掲げながら、南は頷く。「リハーサルの後でゆっくり着替えろ。メイクも、後で俺がやってやる」

「え!?」

 綾香は驚いて声を上げた。それから眉をひそめ、彼に尋ねる。「メ、メイクって……。あんたが?」

「安心しなって」

 野田が間に入る。南から彼へ視線を移す綾香。「うち(SDP)はまだまだ弱小事務所だからね。メイクさんもスタイリストさんもいない、今日みたいな小さなイベントが多いんだよ。そんな時のために、南さんがある程度はメイクや衣装の知識を身につけてるんだ。彼の腕は確かだよ」

 その言葉に、彼の隣で腕を組む松岡もうんうん、と頷いた。

「……」

 無言で南に視線を戻す。彼はなぜか口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 あ、あんた。いったい何者……?

 だから、SDPのスカウト兼マネージャーである。



 それからすぐに、カビリオンズが打ち合わせのためにステージへ向かったため、綾香と南の二人が楽屋に取り残されることとなった。

「ねえ、今何時よ」 

 先輩が去り、緊張が解けたのか、綾香は足を伸ばし、うんとリラックスした体勢に変わっている。

「ぼちぼち三時だな」

 姿見の横にある、小さな棚に置かれたデジタル時計を見て、答える南。こちらは壁に寄りかかり、あぐらをかいている。「会場まで一時間半、開演まで二時間、お前の出番まで三時間だ」

「だあー!」

 けだるそうにそう叫びながら、綾香はぐったりと横になった。「こんな息苦しい地下室で、どうやって三時間も過ごすんよ」

「リハーサルだってあるし、着替えやメイクだってある。それに……」

 そこで言葉を切る南。綾香は身体を起こし、彼の顔を見た。

「それに……。なんよ?」

「最後にお客さんに向かってお前が一人で挨拶をする予定となっている。その内容をしっかり考えておくことだ。お客さんのハートをガッチリ掴むことができるようなな」

 天井を見上げ、「うーん」と唸る綾香。

 アイドルオタクのおっさんたちのハートをガッチリ、ねえ。


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