21 ランキング圏外
「……。まあ、というわけよ」
ことの顛末を話し終え、冷蔵庫から2Lペットの烏龍茶を取りだす綾香。そして、それを豪快にラッパ飲みする。「プハーッ、たまらん」
「……。一応、話は飲み込めたけどよ」
真一は、先ほどまで綾香が座っていたパソコンのデスクの椅子に腰を下ろしていた。ただし、ディスプレイとは背中合わせである。「その、ちんちろりんとかいう名前はなんなんだ?」
「チロリン!」
そう叫んでから、綾香もパソコンのもとへ戻る。「南が考えたんよ。もともとは詩織をデビューさせるつもりやったけん。しおり→チロリって語呂の近い芸名を用意しとったんやって」
それから彼女は小さく「どけ」と呟く。舌打ちをし、椅子から立ち上がる真一。
「……で? 給料とかは大丈夫なんだろうな」
真一のその言葉に、心外そうに目を丸くする綾香。
「そりゃあ、プロダクションの命運を賭けた極秘プロジェクトなんやけん、それなりに貰えるっちゃないと?」
「どうかねえ」
腕を組み、真一は顔を傾けた。「SDPはまだまだ弱小の事務所だぜ。ひょっとしたら、バイト以下の給料しか出ねえかも……」
「人のこと心配しとらんで」
真一の言葉を遮る綾香。「あんたも早よ、仕事見つけりいよ。いつまでダラダラしとるつもりなん」
「う……」
弱点をつかれる。「い、一応探してはいるんだぜ。今週二つ面接受ける予定だし」
「へー」
綾香が疑いのまなざしを真一に向ける。
彼女の予想どおり、今週二つの面接を受ける、というのは真っ赤な嘘であった。
「とにかく」
再びマウスを動かし始める綾香。「あんた、アイドルマニアっちゃけん、自分の彼女がアイドルになって嬉しかろ?」
彼女はSDPのスケジュールページを開いていた。
「馬鹿言えよ」
ハハハ、と笑ってみせる真一。「俺からしたら、お前なんてまだまだアイドルの器じゃねえよ」
ムッ、と彼を睨みつける綾香。しかし、彼は続ける。
「真一ランキングじゃあ、永遠に圏外だろうし、お前の写真集やDVDが出ても、そんなもんに金使うぐらいなら、どっかに募金でもした方がマシだわ。『恵まれない子供たちのためにー』ってやつな」
そこで彼は両腕を使い、ガードを固めるが、予想外にも拳が風を切る音は聞こえてこなかった。
「別にあんたに応援してもらわんでも、私は自力でブレイクしちゃあけん」
そう言いながら彼女はディスプレイを指す。それを見て「ん?」とディスプレイに顔を近づける真一。
「なんだよ」
「八月一日、秋葉原ポケットルームにて、カビリオンズのトークショーって書いてあるでしょ?」
彼女の言うとおり。書いてある。
カビリオンズといえば、確か若手のお笑いコンビだったはずだ。
「これにサプライズゲストとして出演することになったけん。実質のデビューイベント」
「ふーん」
八月一日といえば、あと一週間程度である。「お笑い芸人のファンなんて、女の子ばっかだろ? そんなのに出演してどうするんだ」
「ううん」
首を振る綾香。「その日は昭和のアイドルについて夜まで語りつくそう、って内容やけん、客はアイドルオタクのおっさんばっかやろうね」
「なるほど」
ってことはまずは……。
「まずはアキバの中年アイドルオタクを取りこんだる」




