19 それなら私が
「ちょ、ちょっと」
無表情で突っ立ったままの南に、綾香が詰め寄る。「なんでそんな、えー!? だって私は説得に、えー? いや、っていうか雑用……えー!? ……ゴホゴホ」
勢いよく喋りすぎて、むせてしまう綾香だった。
「気は済んだか?」
南が言う。「プロジェクトの締め切りは今日だ。そうするしかないだろ?」
「で、でも」
なんとか息を整える綾香。「社運を賭けた極秘プロジェクトなんやろ? 私なんかがデビューしたって上手くいくわけなかろうもん」
「大丈夫」
南はそう言って大きく頷いた。「俺が全責任を取る」
「うっ……」
な、なんとなくカッコいい。
サングラスの向こうのえびす顔を忘れ、彼の男気に少しときめいてしまう綾香だった。
「あ、あのー……」
二人に置いてけぼりにされていた、ちえ美が間に入る。「じゃあ、綾香さんが、噂の極秘プロジェクトの……?」
極秘プロジェクトが噂になってていいのだろうか、と綾香は思った。
「そう、そのとおりなんだよー」
ちえ美ボイスに切り替える南。「本当は正統派のアイドルを育てたかったんだけどねー。ちょっと変り種になっちゃったんだ」
「ち、ちょっと待って」
変り種アイドルの池田綾香。彼女はひと呼吸置き、二人が自分を注目するのを待ってから続けた。「私がアイドルの器じゃないってことは自分が一番分かってます! そんな重要なプロジェクト……。無理に決まっとうやん! 私、辞退するけん!」
「そう、それだ」
そう言って南は綾香を指差す。指を差された綾香も、隣でそれを見ていたちえ美もポカンとした顔で南を凝視した。シーンとした空気が流れる。
「そ、それってなんよ?」
数秒後、ようやく口を開く綾香。
「その喋り方だ。お前を九州出身のとんこつアイドルとして売り出していく」
「と、とんこつ……アイドル?」
なんて油っぽいネーミング。
「そう」
また、南は頷く頷いた。「これからの時代はアイドルにも個性が必要だ。こてこての博多弁を話すアイドルなんて珍しいだろう? そんな個性を前面に押し出していけば、ブレイクするのも夢じゃない」
「私、博多じゃなくって長崎なんですけど」
気になっていたことを口にする綾香。
「どっちでもいい」
よくない!
その時、ちえ美がクスッと笑い、こう言った。
「と、とんこつアイドルって、なんか可愛い名前ですね」
「!?」
その微妙な言葉の響きを聞き逃さなかった綾香。鋭い視線でちえ美を睨みつける。
こ、この女……!
綾香の変化を、ちえ美の方もまた見逃さなかったようだ。
「え? ど、どうかしました?」
おろおろとした表情に変わる彼女。
「……」
今、私のことあざ笑ったな……!
『そんな化粧でごまかしまくった平凡なルックスと、がさつで品のない性格で、花の芸能界を生きていけるわけないじゃん』
と、ちえ美の言葉が、綾香にはそう聞こえたのだ。いや、耳が遠いわけではない。
人一倍負けん気の強い彼女。こうなったらもう誰にも止められない。
「やってやる!」
南に視線を戻し、彼女は叫んだ。
その突然の剣幕に、彼は驚いてビクッ、と肩を震わせる。
「い、いきなりなんだ?」
「それなら私がアイドルやっちゃるけん! あんた、ちゃんと私のこと売り出しいよ!」
絶対に、ちえ美なんかより売れてみせるけん……!