1 汗っかき田舎娘
東京に夏の訪れ。
照りつける太陽の下、人でごった返す渋谷センター街をトボトボと歩く、ティーシャツとジーパン姿の池田綾香の頭を、隣を歩く矢上詩織が撫でた。
「ほらほら、自分で決めたことなんだからそんなに落ち込まないの」
「うん……」
こめかみあたりに流れ落ちる汗を、綾香は素早く手で拭う。「でも、私どうなっちゃうんやろ」
「大丈夫だよー」
詩織は、のほほんと無邪気な笑顔を浮かべた。「綾香ならきっと何やっても上手くいくと思うよ」
親友の優しい言葉を聞き流しながら、綾香は左手のカラフルな外装のファーストフード店に目を向けた。彼女は次第にそちらへ近づいていく。
「え、さっき一緒にパスタ食べたばっかじゃん」
詩織が慌てて綾香を引きとめた。「また食べるの?」
「ううん……」
綾香は犬のように舌を垂らしている。「とりあえず涼しいところに入りたくて」
「もう」
唇をとがらせる詩織。溜息を吐いて腕を組み、言った。「あんま、お金使いたくないんだけど」
二人は、先ほどまで同じ学校のクラスメイトという間柄でもあった。
二階の窓際の席が空いていたので二人でそこに陣取る。綾香はグッとコーラを一気飲みし、「ぷはー」と息を吐いた。そして小さくゲップ。
「涼しいし、美味しいし、もう最高!」
「生き返った?」
テーブルに肘をつき、親友の下品な姿に苦笑する詩織。彼女は黒いノースリーブのシャツを着こなしていた。肌が透けてしまいそうなほど汗だくの綾香とは対照的に、彼女はほとんど汗をかいていない。
詩織の問いかけに答えず、じーっと彼女を見る綾香。
「な、何よ」
そんな綾香の視線に気づき、思わず頬を赤らめる詩織であった。
「いいなぁ詩織は……」
うな垂れて溜息を吐く綾香。「可愛いし、髪もサラサラやし、オシャレやし、しかも汗もかかんって……恵まれすぎやない?」
「そうかな? 綾香のほうが可愛いと思うけど。その話し方とか……長崎だっけ?」
詩織は生まれも育ちも東京である。
「ほら、また長崎を馬鹿にしたー」
「してないしてない」
呆れたような口調で詩織が否定する。こんな綾香の調子は、いつものことなのだ。
やがて、綾香は「うー」と唸りながら、ぐったりとテーブルの上に上半身をあずけた。
「あ、お行儀悪いよ」
「私みたいな田舎娘は」
詩織の言葉を無視する。「上京なんかせんでおとなしく長崎にいればよかったんよ。そんなら週六日もバイトせんでよかったやろうし、お母さんが家事やってくれたやろうし、あの馬鹿の世話もせんでいいやろうしさ」
「あ、そうだ!」
そう言って、ドンとテーブルを叩いたつもりの詩織だったが、誤って綾香の指先を叩いてしまう。
「いたーっ!」
「あ、ごめんごめん」
苦笑しながら謝る詩織。そして身悶える綾香を気にせず、続ける。「彼氏がいるじゃん。あんなカッコいい彼氏がいるの、綾香ぐらいだよ」
「もう!」
急に立ち上がり、怒鳴る綾香。「こんなブルーな時にあの馬鹿の話はやめて!」
彼女の怒鳴り声に、詩織どころか、店内の他の客まで黙り込んでしまった。
池田綾香は午前中、学校に退学届けを提出したばかりであった。




