18 ノリツッコミ
十分後、一人の女性が店内へと入ってきた。同時に南が立ち上がり、いつもより一オクターブほど高い声を上げる。
「おーいこっちだよー。ちえ美ちゃーん」
「こっちだよーって……他に客おらんやん」
テーブルにひじをつきながら悪態を吐く綾香に南は一言。
「黙ってろ」
十分前の話。「私はこのへんで」と立ち上がる綾香を、南が「ちょっと待て」と制した。
「な、なんでよ?」
綾香は目を丸くする。「詩織の説得失敗しちゃったし、どうせ私、雑用で使ってもらえんっちゃろうもん」
「ああ」
偉そうに腕を組み、キッパリと認める南。それを見て綾香は、店の出口に向かってスタスタと歩き始めた。
「私はこのへんで」
「ちょっと待て」
たった今の台詞を繰り返す二人。綾香は立ち止まり、訝しげに南を見る。「電話聞いてただろ? 今からうちの看板タレントがここに来るんだ」
「それが?」
「相手は芸能人だ。一度会っておいて損はないだろ?」
そこまで言って彼は、煙草の火を灰皿で揉み消した。
綾香は考え込む。
彼の態度は明らかにおかしい。何かウラがあるというのは間違いないであろう。ただ、もしその看板タレントに自分が気に入られるようなことがあれば……。
一発逆転! 雑用で使ってもらえるかもしれんやん!
結局彼女は席へと戻ったのだった。
「はー、涼しい。お久しぶり、南さん」
ニコニコと笑いながら、『看板タレント』は綾香たちの陣取るテーブルまで歩いてきた。
「久しぶりだねー。ちえ美ちゃんってば、いつも可愛いなー」
南の話し方に、またえずきそうになる綾香。そして彼女は『ちえ美』と呼ばれた看板タレントの顔を見る。
まあ、否定はできんけど……。
くりくりとした目に、小さな鼻と口。黒く、艶のあるストレートのロングヘアー。南の言うとおり、ちえ美は確かに可愛い女性だと思えた。
それに、と今度は彼女の首から下に目を向ける。
彼女は黒いティーシャツにジーパンというラフな格好であったが、綾香には、まるでそれがドラマか何かの衣装のように感じられた。
彼女は思った。これが芸能人オーラか、と。
「そんなことないですよー」
笑いながら受け流すちえ美。『可愛い』など、言われ飽きているのだろう。「あ、あれ? そこの子は?」
ようやく綾香の存在に気づいたらしい。
「は、初めまして」
椅子に座ったまま綾香は頭を下げた。「池田綾香って言います。来月から無職です」
「はあ……」
戸惑ったように、少し首を傾けるちえ美。「それは大変ですね」
「あー、綾香。こちらクイズ番組『グルメクイズ食いだおれQ』のレポーターとしてもお馴染み、うちの看板タレントの内藤ちえ美ちゃんだ」
手の平を上に向け、ちえ美を紹介する南。声色が元に戻っている。
「よろしくでーす」
両手をひざに、丁寧に頭を下げるちえ美を見て、綾香はようやく椅子から立ち上がった。改めて頭を下げる。
「あ、はい。『食いだおれQ』いつも見てます」
いつも見ているのは本当だが、番組に出てくる料理に夢中で、レポーターの顔など、全く覚えていない彼女だった。
「あ、ちえみちゃん。こいつは来月うちからデビューする新人の池田綾香ってヤツねー」
また声色が変わり、今度はちえ美に綾香を紹介する南。
「あ、そうなんですか?」
目と口を丸くし、興味深げに綾香を見るちえ美。「これからよろしくお願いしますねー」
綾香はまた頭を下げ、そして言った。
「はい。これから一緒にサニーダイヤモンドプロダクションを盛り上げていきましょう。よろしくお願いしますね、内藤先輩! あ、まだ年齢を聞いていませんでしたね。私は今年十九で、……って、え、えーっ!?」
長いノリツッコミであった。