表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/172

17 これが芸能界

「あんたのせいで親友を失くしました」

 翌日の正午過ぎ、サニーダイヤモンドプロダクションが事務所を構える、大谷ビルから五分ほど歩いたところにある喫茶店。その一番奥の席に、池田綾香は南吾郎と向かい合わせで座っていた。

 店内はカウンターを含め、十畳ほどの広さである。昼時だというのに、彼女たち以外に客はいなかった。

「そりゃあ、まあ」

 スキンヘッドの頭をポリポリと掻きながら南が言う。「お前が悪い」

「……!」

 キッ、と南を睨みつける綾香。

「おいおい」

 南は両手を軽く上げ、困惑したように笑った。「俺は詩織ちゃんを説得しろ、とは言ったけど、騙せとは言ってないぜ」

「でも」

 ドン、と綾香がテーブルに勢いよく手をついたせいで、上に乗ったコップが揺れ、中にはいっていたアイスコーヒーが少しこぼれてしまう。「そうでもせんと、詩織、全然その気になってくれんっちゃもん!」

「ったく」

 ライターで煙草に火をつける南。そのまま気持ち良さそうに煙草を吸い、ふぅ、と紫煙を吐く。「そんな詐欺みたいなことしてりゃあ、説得できるもんもできねえだろうが。もう期限は今日までだ。どう考えても無理だな」

「う……」

 綾香は口ごもり、それからうつむいた。「ご、ごめんなさい……」

 そう謝りながら彼女は『この男に謝るの、何回目だろう』とぼんやり考えていた。



「前から思っていたんだが」

 灰皿に煙草の灰を落としながら、南が言う。「お前のその喋り方って。福岡か?」

「その隣の隣です」

 目を落としたまま綾香は答える。

「ふーん、岡山か……」

 なんで関門海峡渡っちゃうんよ!

「い、いや」

 コホン、と一つ咳払いをする綾香。「長崎です」

「ふーん、なるほどね。長崎か……」

 南はそれだけ言うと、また煙草を口に近づけるのであった。

 なんなん? 長崎で悪い?

 思わせぶりな彼の態度に戸惑う綾香。その時、どこからともなく突然プルル、と無機質な電子音が鳴った。


 

「おっと、失礼」

 南が上着のポケットから携帯電話を取りだす。電子音の正体は携帯の着信音であった。メロディも歌もない、オーソドックスな昔ながらの着信音だ。やがて彼は携帯を耳にあて、何者かと電話で話を始めた。「おー、どうしたのー? ちえ美ちゃん」

 やたらと軽い声。いつもの野太い声はどこへいったんだ、と綾香は思った。更に彼の言葉に耳を尖らせてみる。

「今、こっち? あー、そう? うーん、ちえ美ちゃんには参っちゃうなー」

「おえ……」

 不気味な口調に、思わずえずいてしまう綾香。そんな彼女を気にもとめず、南は会話を続ける。

「えー? もー仕方ないなあ。ちょっとだけだよー。今『ビリーブ』にいるから」

「『ビリーブ』……」

 確か、今二人がいる喫茶店の名前である。

「そんじゃ、待ってるよー。ほいー」

 最後まで気色の悪い口調のまま、南は通話を終え、携帯電話をポケットにしまった。

「……」

 じーっ、と彼を見つめる綾香。

「まあ、お前の言いたいことは分かるが」

 南は照れを隠すかのように、サングラスのブリッジを中指で持ち上げた。「うちの看板タレントだからな。機嫌を損ねるわけにはいかねえ」

「はあ……」

 綾香は思った。これが芸能界か……、と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ