15 侵入者
昼食を終え、二人で学校へと帰る道のりでのこと。
「今朝のことなんだけどさ」
田之上は苦笑しながら、事情を説明し始めた。「玄関の裏に綾香ちゃんが潜んでて、『あんた今日からアイドルマニアってことにして、詩織にアピールしまくって』って頼まれたんだ。俺、断れなくてさ」
「なるほどね」
それで朝少し遅れたのか、と詩織は納得する。そして彼女は綾香に対し、怒りの炎を燃やした。
綾香め……! 私が田之上くんのことが好きだってこと利用して……! 許せない!
「『もし私のことバレたらあんたのパソコンのデータ全部消す』って言われてさ。だから、マジでバレたこと、内緒にしてほしいんだ」
「うん、分かった」
綾香なら本当にやりかねない。詩織はしぶしぶ頷いた。「内緒にしとく」
「それにしても」
不思議そうに首をかしげる田之上。「綾香ちゃん、なんでまた俺をアイドルマニアにしたてあげようとしたんだろう」
「そ、それはまあ、心当たりがないわけじゃないんだけど……」
詩織は作り笑いを浮かべ「これはうちらの問題なんだ。田之上くんには迷惑かけちゃったね」
と、そう取りつくろった。彼への、自分の気持ちを知られたくはなかったのだ。
教室に入り、二人は例の指定席まで戻ってきた。ところが……。
「ん?」
詩織はあることに気づき、眉間にしわを寄せる。
「ど、どうしたの?」
心配そうに詩織の顔を覗きこむ田之上。「なんかおかしいことでも」
「このパソコン……」
そう言ってマウスを動かし始める詩織。「マウスカーソルの位置がずれてる。私、いつも中心にカーソルを置いておくから」
「そんなの、気のせいじゃない?」
田之上は無邪気に笑った。しかし、そんな彼を無視し、詩織は、相変わらず厳しい表情でモニターを睨み続ける。そして……。
ん?
デスクトップ上に並んだたくさんのアイコンの中に、見慣れないエクセルのファイルを見つけた。それをクリックする詩織。やがて、画面いっぱいに大きな文字で書かれた文章が表示された。
「こ、これは……!」
拝啓 矢上詩織さんへ。
僕はアイドルグループ『イケメンファイブ』の倉田直樹です。
さっき偶然、君を駅で見かけて、思わず後を尾けてしまいました。
今、こっそり生徒のフリをして、この文章を書き込んでいます。
もし君が芸能界にデビューするなら、一緒に仕事がしたいな。
『イケメンファイブ』の倉田直樹。詩織が今最もハマッている男性タレントである。
「マジで? 凄いじゃん! 詩織ちゃん」
驚きの声をあげる田之上。
「んなわけないでしょ! 綾香よ、綾香!」
そう言って詩織は、教室内をキョロキョロと見回した。しかし、当然ながら池田綾香の姿はどこにも見当たらない。彼女は溜息を吐きながらドン、と音を立てて椅子に座った。
「や、やっぱり綾香ちゃんの仕業かな」
不安げな表情を浮かべつつ、田之上も席に着く。
「うん。あの子エクセル(検定三級)受かって以来、あまりに嬉しくて、どんな内容のファイルでも、エクセルで作りたがるから」
「なるほど……」
それにしても、と詩織は思う。
あの子、なんでこんなに私をアイドルにしたがるの? やっぱり自分がアイドルとしてデビューしたいから? 前に電話で言ってたみたいに、『デビューするなら綾香と一緒じゃなきゃイヤ』って、私に言わせたいの? でも……。
ドン、と思いきりデスクを叩く詩織。田之上が「わっ」と驚き、何ごとか、と彼女を見た。
私はアイドルなんて興味ない! 田之上くんとこうして一緒に、授業を受けられるだけで幸せなんだから。どんな手を使っても無駄よ!
綾香が詩織をアイドルにしたがる理由……。それが単に生活のためだということを、詩織は知る由もなかった。