14 親友の罠
吉祥寺ワンウェイコンピュータースクール。生徒数、百人程度の小さな私立専門学校である。それなりの機器は揃い、それなりの就職率を誇る、まあ、それなりの専門学校だ。
パソコンがズラリと並んだ教室。その最前列、最左翼の席に矢上詩織は座った。そこが彼女の指定席なのだ。そして、そわそわとあたりを見回す。教室内には、数人の生徒がいたが、田之上裕作の姿はない。
珍しいな。田之上くん、いつももっと早いのに。
腕時計を見る。まもなく午前十一時。あと少しで授業が始まるのだが……。
心配したのも束の間、すぐに田之上裕作が慌てた様子で教室に入ってきた。そして詩織の隣の席に座り、彼女に「おはよう」と一礼する。
「おはよう」
詩織は笑顔を作り、挨拶を返した。「どうしたの? 田之上くんが私より遅く来るなんて珍しいね」
「う、うん。ちょっとね」
なぜか彼女と目を合わせようとしない田之上。詩織は不思議に思いながらも、彼に何も尋ねはしなかった。
それにしても……。
こっそりと彼の横顔を眺める。短く整えられた髪、やや面長な顔。少し気が小さいところはあるが……、詩織にとって彼は、いわゆる『気になる存在』だ。
今日も田之上くんと一緒の授業。幸せだなあ、私。
そんなことを思い、胸をわくわくさせながら、授業開始のチャイムを待つ詩織であった。
「アイドル……って」
昼休みになり、二人で近所の立ち食いそば屋へ向かう途中。田之上がおもむろに口を開いた。
「アイドル?」
眉間にしわを寄せ、彼の言葉を繰り返す詩織。「アイドルがどうしかしたの?」
「ア、アイドルってさあ」
なぜか彼の目は泳ぎっぱなしだ。ちなみに今日は学校の中でも、ずっとこんな調子であった。「アイドルってなんか……良いよね?」
「え?」
意味がよくわからない詩織。「アイドルが? ま、まあ良いんじゃないの?」
適当な返事である。というより、他に返事のしようがなかった。
「お、俺アイドルがめちゃくちゃ好きなんだ」
ハハハと乾いた笑い声を発する田之上。「ほら、あの最近売れてる百人組のグループとか」
「OCM100(オーシーエムワンハンドレッド)?」
「そうそう、それそれ」
御茶ノ水を拠点に活動する人気アイドルグループだ。「いやさー、やっぱアイドルっていいわー」
そしてまた乾いた笑い。しかし……。
田之上くん、目が笑ってない。これはなんというか……。
そう、相当怪しい。
やがて立ち食いそば屋の『立ち蕎麦本舗』に到着し、二人並んでのれんをくぐる。
店内は満員だったが、ここの利点は先に勘定さえ済ませれば、店の前で食べてもいいということだ。二人は注文したそばを手に、店を出た。
「あふ、あふ……あちい」
そばを啜る田之上の表情を、無言で観察し続ける詩織。
おかしい、田之上くん、今までアイドルの話なんてしたことなかったのに。
そこで詩織は直感する。
も、もしや……!
「お、美味しいよ」
額に汗を滲ませながら田之上が言った。「詩織ちゃんも早く、冷めないうちに……」
「田之上くん」
彼の言葉を遮る詩織。やや冷たい響きを持った声だった。「ひょっとして……、綾香になにか言われた?」
ピタッと箸の動きを止める田之上。目を丸くして詩織を凝視している。
それから五秒、十秒、睨めっこが続いたが、先に折れたのは田之上の方だった。
「あ、綾香ちゃんには内緒で……」
やっぱり……!
詩織は思いきり拳を握った。持っていた箸がボキボキとへし折れ、近くを通った若い男性数人から「おおー!」と歓声が沸き、拍手が巻き起こる。
綾香……! 私の田之上くんに変なこと吹き込んで、一体どうゆうつもりなの!?