表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/172

14 親友の罠

 吉祥寺ワンウェイコンピュータースクール。生徒数、百人程度の小さな私立専門学校である。それなりの機器は揃い、それなりの就職率を誇る、まあ、それなりの専門学校だ。

 パソコンがズラリと並んだ教室。その最前列、最左翼の席に矢上詩織は座った。そこが彼女の指定席なのだ。そして、そわそわとあたりを見回す。教室内には、数人の生徒がいたが、田之上裕作の姿はない。

 珍しいな。田之上くん、いつももっと早いのに。

 腕時計を見る。まもなく午前十一時。あと少しで授業が始まるのだが……。

 心配したのも束の間、すぐに田之上裕作が慌てた様子で教室に入ってきた。そして詩織の隣の席に座り、彼女に「おはよう」と一礼する。

「おはよう」

 詩織は笑顔を作り、挨拶を返した。「どうしたの? 田之上くんが私より遅く来るなんて珍しいね」

「う、うん。ちょっとね」 

 なぜか彼女と目を合わせようとしない田之上。詩織は不思議に思いながらも、彼に何も尋ねはしなかった。

 それにしても……。

 こっそりと彼の横顔を眺める。短く整えられた髪、やや面長な顔。少し気が小さいところはあるが……、詩織にとって彼は、いわゆる『気になる存在』だ。

 今日も田之上くんと一緒の授業。幸せだなあ、私。

 そんなことを思い、胸をわくわくさせながら、授業開始のチャイムを待つ詩織であった。



「アイドル……って」

 昼休みになり、二人で近所の立ち食いそば屋へ向かう途中。田之上がおもむろに口を開いた。

「アイドル?」

 眉間にしわを寄せ、彼の言葉を繰り返す詩織。「アイドルがどうしかしたの?」

「ア、アイドルってさあ」

 なぜか彼の目は泳ぎっぱなしだ。ちなみに今日は学校の中でも、ずっとこんな調子であった。「アイドルってなんか……良いよね?」

「え?」

 意味がよくわからない詩織。「アイドルが? ま、まあ良いんじゃないの?」

 適当な返事である。というより、他に返事のしようがなかった。

「お、俺アイドルがめちゃくちゃ好きなんだ」

 ハハハと乾いた笑い声を発する田之上。「ほら、あの最近売れてる百人組のグループとか」

「OCM100(オーシーエムワンハンドレッド)?」 

「そうそう、それそれ」

 御茶ノ水を拠点に活動する人気アイドルグループだ。「いやさー、やっぱアイドルっていいわー」

 そしてまた乾いた笑い。しかし……。

 田之上くん、目が笑ってない。これはなんというか……。

 そう、相当怪しい。



 やがて立ち食いそば屋の『立ち蕎麦本舗』に到着し、二人並んでのれんをくぐる。

 店内は満員だったが、ここの利点は先に勘定さえ済ませれば、店の前で食べてもいいということだ。二人は注文したそばを手に、店を出た。

「あふ、あふ……あちい」

 そばを啜る田之上の表情を、無言で観察し続ける詩織。

 おかしい、田之上くん、今までアイドルの話なんてしたことなかったのに。

 そこで詩織は直感する。

 も、もしや……!

「お、美味しいよ」

 額に汗を滲ませながら田之上が言った。「詩織ちゃんも早く、冷めないうちに……」

「田之上くん」

 彼の言葉を遮る詩織。やや冷たい響きを持った声だった。「ひょっとして……、綾香になにか言われた?」

 ピタッと箸の動きを止める田之上。目を丸くして詩織を凝視している。

 それから五秒、十秒、睨めっこが続いたが、先に折れたのは田之上の方だった。

「あ、綾香ちゃんには内緒で……」

 やっぱり……!

 詩織は思いきり拳を握った。持っていた箸がボキボキとへし折れ、近くを通った若い男性数人から「おおー!」と歓声が沸き、拍手が巻き起こる。

 綾香……! 私の田之上くんに変なこと吹き込んで、一体どうゆうつもりなの!?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ