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43 目覚めはチャイム

 キイイと控え目な音を立てて玄関のドアが開いた。閉める時も騒音に細心の注意を払っている様子だ。鍵をかける時もリビングまで歩いてくる時も同様である。

「わっ!」

 リビングの明かりを点け、仏頂面でソファに座る真一を発見し、ようやく消音機を取り外した音を立てる綾香。「ま、まだ起きとったと?」

 電気を消していたことについての言及はない。二人の同棲を知られないため、あらかじめ真一が電気を消しておくことは今までもたまにあった。

「遅かったな」

 ガッシリと腕を組み真一は言った。ソファの上だがスウェットに包まれた足も組まれている。「今日の仕事は『生音』だけだったはずだよな」

 生放送の『生で音楽SHOW』が終了するのは午後九時。まあ、それからのんびりと帰ってきても十時、いや少なくとも十一時には家に着くことができるだろう。

「え、えーと」

 苦笑いを浮かべながら、綾香は野球帽を外し、ボサボサの髪の毛を更に手でかき乱した。『生音』の時とは違う格好だが、ノースリーブとホットパンツは共通している。「新曲のオリコン一位を祝う祝勝会が本日行われまして……」

 言われてみると彼女の頬はほんのり紅く、一メートルほど離れているにも関わらず酒臭い息が漂ってくる。相当飲んだらしい。

「明日俺が休みだからって」

 目の前にちょこんと正座した綾香を真一は真っ直ぐに見下ろした。「なるべく早く帰ってくるとか言ってたヤツは誰だっけ?」

「誰でしたっけ」

 そう言ってアハハと笑い声を漏らす綾香にデコピンを食らわす真一。「あう!」と額を押さえ、うずくまる綾香。

 時刻は午前四時を回ったところであった。



「真一い、真一ってばあ」

 さっさと寝室に敷かれた自分の布団に横たわり、不貞寝を決め込む真一の肩を綾香が揺さぶった。「帰りに事務所に寄ったら、事務所の人たちが歓迎会してくれるって言うっちゃもん」

「なんで事務所なんか寄るんだよ」

 目を閉じたまま真一は愚痴のようにそう尋ねた。

「始めっから企画されとったとってえ」

 非常にうっとうしい猫なで声。「マネージャーがいきなり事務所に寄れって言うけんさあ、行ってみたら『チロリちゃんおめでとー』。パーンって……」

 パーンとはクラッカーであろうか。事実なのか脚色なのか判断しかねる。「マネージャーはそんなこと企画するようなヤツやないけんさあ、誰が企画したんかなと思ったらなんと社長やったんよお。ねえ? そんなん断るわけにはいかんかろお?」

「俺は眠たい目をこすってお前を待ってたんだ」

 ピトっと身体に引っついてきた綾香を突き放す。酒臭さと汗臭さもあった。「連絡の一つぐらいよこしゃいいだろ」

「チャンスがなかったとよお」

 めげずに貼りつく綾香。「事務所の人たちと一緒やったっちゃけん、あんたのことがバレるかもしれんやろお?」

 確かにそれもそうかと納得しかける真一だが、もう少しはっきりさせておきたい。

「トイレにでも立って、個室でメールすりゃいいだろうが」

「アハハ」

 綾香はポリポリと頬をかいた。「乾杯した後、立て続けに二杯飲んで気持ちよくなっちゃって、そこまで気が回らんかったとよお」

 情状酌量の余地はなし。

 真一は本当に眠たかったので本当に眠ることにした。



 な、なんだ!?

 真一が飛び起きた時、玄関のチャイムが連続して鳴っていた。ドンドンドンドンと小刻みなノックをはさみ、再びチャイム。

 数秒後、またかよと真一は溜息を吐いた。以前にもこういったことがあったのだ。その日も真一は休みで、同じようにチャイムの音で起こされた。綾香が寝過ごして、マネージャーとの待ち合わせ時間に遅刻してしまったのである。普段は吉祥寺駅で待ち合わせているそうだが、綾香が来ない時はまず電話をかけ、電話が通じない時はマネージャーがこうして家に直接訪ねてくるのだということをその時初めて知った。

 枕もとの目覚まし時計で、今が午前十一時だということを確認する。それからすぐに隣の布団で毛布もかけずに眠りこける綾香の肩を揺さぶった。なかなか起きないので今度は頬を指で弾いてみる。ようやく薄らと目を開ける綾香。次の瞬間にはバッと上半身を起こした。

「う、嘘やん」

 真一が知らせるより先に、彼女もチャイムの音に気がついたらしい。マネージャーの立つ場所からは距離があるし、玄関ドアと洋室ドアにさえぎられているため、話し声が届いてしまう危険性はなさそうだが、囁き声で話す。前回と同じだ。「今日の仕事、夕方からやもん。私、遅刻してないばい?」

 時計を見ていないが、今がまだ夕方ではないということを体感で読み取ったらしい。

「なんか用事でもあるんだろ」

 綾香の背中を叩いて急かす。「さっさと出てこい。終いにゃ、ドアぶち破って入ってくるぞ」

 前回は慌てて真一の靴を隠したが、今は用心のため、真一の靴は全て常に靴箱の中に入れられている。少なくとも玄関には綾香が真一と同棲しているという痕跡はないはずだ。

 フラフラと立ち上がり玄関へ向かう綾香。昨日と同じ服装であるが、ひょっとしたら、そのままマネージャーに連れられ、どこかへ出かけてしまうのかもしれないなと真一は考えた。しかし、綾香は一分ほど玄関先で話をした後、またフラフラと寝室へ戻ってきた。

「あんたやんか」

 沈みきった表情で意味不明なことを言う綾香。「は?」と真一が目を丸める。「だから、あんたやってば。こんなリーゼントのオッサン」

 アイスラッガー……、否! リーゼントのジェスチャーをする綾香。

 わ、若頭だって!?

 真一は困惑した。真一の勤務するラーメン屋『ぶるうす』の同僚である若頭こと萩本和人が訪ねてきたというのか。そんなことは今までに一度もなかったし、そもそも真一が休んでいる本日は、若頭も十時から出勤しなくてはならないはずだ。いったい何があったというのか。

「あんたのせいで寝起き顔サービスしてしまったやんか……」

 ぶつぶつと呟きながらへたり込む綾香を無視し、真一は彼女と入れ替わりに玄関へ急いだ。なんだか妙な胸騒ぎがする。

 ちょっと用事ができたから勤務を代わってくれ。今日は忙しくなりそうだから加勢してくれ。そんな些細なことであればいいのだがと真一は思った。

 

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