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41 イッツ・パフォーマンス

「ヘーイ。暑さにも負けずにはりきっていこうか! 新感覚トークバラエティ『テレビでラジオ』の時間だぜベイベ! お相手はこの俺、ジェームス岩田だ!」

 アフロヘアーに丸いサングラス、アロハシャツというお馴染みの衣装に身を包んだ岩田幸三がテーブルに取り付けられた固定カメラに向かって挨拶をした。「さあ、今日のゲストはなんと二回目の登場だ。キュートでチャーミング、それでいてちょっぴりライアーな綾川……」

 五秒ほど溜めてから。「チイーロリちゃんだー!」

「久しぶりだぜベイベー!」

 サングラスをかけた池田綾香がカメラに向かって左右の親指を立てる。カウボーイハットにカウボーイシャツ、バンダナといったカウボーイ(カウガール)スタイルでキめている。「ヘーイ、ジェームス。ライアーはちょっとひどいんじゃないかいスパーキング」

「馬鹿言ってんじゃねえぜベイベ!」

 隣に座る綾香を指差す岩田。「お前はフローム佐世保のくせにフローム博多って嘘吐いてたじゃねえか」

 チッチッチと綾香は指を振った。

「嘘なんかじゃねえぜベイベ。パフォーマンスと呼んでくれや。おいらは生粋のパフォーマンスアイドルどすからなあ!」

 相変わらずキャラクターが安定していない綾香。苦笑する岩田に脇腹辺りをエルボーされ、「ぐえ」と声を漏らす。

「と、とにかくそんなパフォーマンスアイドルのチロリちゃんが毎週火曜夜十時に放送されている連続ドラマ『ミスターポストマン』に一話だけ特別出演するって噂になってるが、こいつは本当かベイベ!」

「本当だぜーい!」

 テーブルの下から『ミスターポストマン』のポスターを取り出す綾香。「キャストを代表して宣伝しにきたから、早くクイズを出しやがれボケーイ!」

「オーケーイ!」

 綾香ではなくカメラに向かってグーサインをする岩田。「そいつが喋るとお好み焼きはおのみ焼きに、たこ焼きはた焼きになっちまうんだ。さあ、そいつはどの国出身だベイベ!」

 六月も残りわずかとなったある日。エックステレビ局内の最も小さなスタジオにて綾香は、岩田が言うとおり二度目となる『テレビでラジオ』の収録に臨んでいた。



「えー、横浜市在住のペンネームはララバイ関東」

 暗いトーンでハガキを読み上げる岩田。オープニングとは打って変わり、本編ではなぜかローテンションになってしまうのがこの番組の大きな特徴である。「『今月の中旬にいよいよチロリちゃんの新曲がリリースされると発表がありましたが、曲について詳しく教えてください』」

 本日収録分のオンエアーは七月である。

「えー、どうしようかなー」

 いやらしい笑みを浮かべながら、綾香はもったいぶってみせた。「そこまで聞きたいなら……」

「じゃあ、続いてのおハガキ」

「待ってよ!」

 やれやれといったふうに岩田がハガキをポンとテーブルの上に置いたのを確認し、綾香は一度コホンと咳払いをしてから話し始めた。

「実はいよいよ明日がレコーディングなんですばい」

「ほう」

 岩田は腕を組み、相槌を打った。「なんか聞いた話によると、今回はお前が作詞を担当するそうじゃねえか。もう詞はできあがったのか」

「それなんです」

 ビシッと岩田を指差す綾香。「もうほとんどできてるんですけど、サビの終わりにファンの皆と一緒にチロリンポーズをするってアイデアがあって、そこのかけ声みたいなものがいまいち決まらないんですよね」

「なんか候補とかあんの?」

「えーっと」

 人差し指をあごに当て、綾香は宙に視線を漂わせた。「『皆ー、準備はよかね?』とか『チロリンポーズスタンバイオーケー?』とか」

「そんなもん」

 ハハッと馬鹿にしたように岩田は笑った。「アドリブでいいじゃねえか。ライブなんかじゃ勢いでいくらでもごまかせるだろ」

「アドリブじゃ、ファンの皆がいつポーズを決めたらいいか分かんなくなるかもしれないじゃないですか」

 唇を尖らせる綾香。「じゃあ、こうゆうのはどうだ?」と岩田はグーにした右手を顔の位置まで上げた。

「いち、にい、さん」

 それから右手を高く伸ばす。「ダー!」

「やだ!」

 プイと顔を背けながらも、綾香は心の中で衝撃を受けていた。

 そ、その手があったか。



 収録後、スタジオ外の休憩スペースのソファにて。綾香は自らの書いた新曲の歌詞を岩田に見てもらっていた。真面目な顔でじっくりと歌詞を読み進める岩田の様子を、綾香は緊張の面持ちで見守っていた。

「いいんじゃねえか?」

 歌詞がプリントされたB5用紙を綾香に返す岩田。アフロのカツラとサングラスはすでに外している。綾香はひと安心し表情を緩めた。「出身地詐称を逆手に取ったわけだな。皮肉が効いててお前らしいわ」

「ひ、皮肉ってわけじゃないんですよ」

 綾香はもう一度歌詞を岩田に見せつけながら言った。「出身地もそうですけど、キャラを作ったりとかそういったことが、別に嘘を吐いてるわけじゃなくて、自分を売り込むためのパフォーマンスなんだぞって、そうゆう歌なんです。全国のアイドルたちの気持ちを代弁してるっていうか」

「なるほどね」

 苦笑しながら煙草を口をくわえる岩田。ふうと紫煙を吐き出してから続ける。「ところで、歌詞に『あなた』って出てくるけど、これは実在する人物か?」

 岩田はからかうように目を細めて綾香を見つめた。

「ま、まあ、実在するっていえば実在するんですけど」

 言葉を選びながら慎重に返答する綾香。「私には関係ないっていうか……」

「関係ない?」

 岩田は眉をひそめた。歌詞のモデルは松尾和葉なので、『あなた』が指すのは和葉の片思いの相手(と綾香が予想している)である橘川夢多というわけだ。

「あ、それはそうと」

 綾香は慌てて話題を変えた。「さっきのヤツ、本当に使わせてもらいますね。いち、にい、さん、ダー! じゃなくて、ワン、ツー、スリー、イエーイ! にしますけど」

 新曲サビ終わりのチロリンポーズのかけ声である。かけ声をカウントにすれば、客も自然と綾香についてくることができるし、おまけにより盛り上がるはずだと綾香は考えたため、岩田が収録中に出したアイデアを拝借させてもらうことにした。

「おう」

 岩田は頷いた。「俺にもロイヤリティーはちゃんと支払えよな。売り上げの四十パーセントで我慢するわ」

 「え、えー……」とドン引きする綾香を見て、岩田は「冗談だ」と素っ気なく言った。

 ホッと胸を撫で下ろし、綾香はもう一度歌詞を眺めた。それから休憩スペースのテーブルに置いてあったボールペンを手にとり、空白部分に『ワン、ツー、スリー、イエーイ』と新たな歌詞を書き込んだ。

 これで、本当に完成やね。

 続いて曲のタイトルを一番上に書き込む。タイトルは歌詞が全て完成してからじっくり考えようと思っていたが、綾香の中ではとっくの昔に決まっていたのだ。

 『イッツ・パフォーマンス』。これしかないではないか。




作者ブログにて『イッツ・パフォーマンス』のデモ音源と歌詞を公開中!

http://blog.livedoor.jp/natsunoradio/archives/51457713.html



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