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34 パフォドル

「こいつ、本当にひどいんだよ」

 カジュアルなティーシャツとジーンズに身を包んだカビリオンズ野田誠がひな壇の端に座る池田綾香を指差した。「博多出身をアピールするために豚のぬいぐるみなんか着込んでさ、あの時すでにお前の偽られたアイドル人生はスタートしてたんだな」

 綾川チロリデビューイベントの時の話である。

「違うもん!」

 壇上の席から立ち上がる綾香。黒いワンピースの上から白いジャケットを重ね着しており、頭にはトレードマークのソフトハットをかぶっている。「私の中では九州全体のことを博多って呼ぶんかと思っとったと!」

「そりゃ苦しい言い訳だな」

 ビシッとスーツを着た大御所俳優、丸の内晋也のその発言でスタジオはどっと湧いた。「これからはフェイクアイドルとして売り込まなきゃな」

「フ、フェイクって、人聞きが悪すぎます」

 斜め下に座る丸の内に抗議する綾香。「パフォーマンスです。パフォーマンス!」

「おお、それいいね。パフォーマンスアイドル」

 また綾香を指差し、野田は言った。「それじゃカメラに向かって挨拶しろよ」

「パフォーマンスアイドルのチロリンをよろしくね」

 野田に言われるがままそう挨拶をしながら、綾香はちゃっかりチロリンポーズを決めた。同時に現場は本日一番の盛り上がりを見せるのであった。



 都内某所にある撮影スタジオにて、綾香はトークバラエティ番組『カビリオン・ザ・パーティ』の収録に臨んでいた。お笑い芸人、俳優、スポーツ選手など様々なジャンルから多数のゲストが迎えられており、本来なら埋もれてしまってもおかしくない彼女であったが、司会が事務所のかつての先輩カビリオンズの二人だということもあり、それなりに話をふってもらえた。話題の中心はやはり先日の出身地詐称騒動であったが。

「はい、じゃあ次のお題は『私だけが知ってる芸能界の秘密』です」

 カビリオンズ松岡キャッツがカンペに従って番組を進行する。ブレイク前はパンクロッカーのような出で立ちが特徴的であったが、最近は常に七三分けと白のスーツという正反対のキャラクターになっている。

「はーい」

 綾香の三つほど隣の席に座る少女が挙手をした。ノースリーブの派手な柄のシャツを着ており、長めのタイトスカートを履いている。日に焼けた肌と、金に近い茶に染めたセミロングの髪を両端で結んだ髪型が特徴か。同じアイドル枠から参加している、グラビアアイドルの沢渡まどかである。綾香が上京する前から第一線で活躍していたが、昨年末に某歌手との熱愛が報道されて以来、やや人気は下り坂のようだ。 

「はい、まどかちゃん」

 野田がまどかを指す。この番組では常に誰かの挙手によってトークがスタートする。

「歌手のストレイ渚さんは、テレビではカッコつけてるけどエッチの時はドMらしいですよー」

 まどかの交際相手である。

「コラコラ!」

 すかさず野田がツッコミを入れる。「本当にお前だけが知ってること発表してどうすんだよ」

 先ほどの、綾香の挨拶の時以上に湧きかえるスタジオ。キャハハと無邪気に笑うまどかの顔をじっと盗み見ながら、綾香はチッと舌打ちをした。

 さすがは経験豊富な沢渡まどかやね。このタイミングで私を上回る自虐ネタをぶつけてくるとは。

 本日が初共演のまどかに対して、メラメラとライバル心を抱く彼女であった。



 放送は一時間であるが、収録は倍の二時間に渡って行われる。前半の一時間を終えた後、現場は十五分の休憩時間となった。トイレや化粧直しなどで席を立つ者もいたが、大半は収録中のまま自分の席に座り続けており、綾香もそのうちの一人であった。

 まどかにはちょっと負けてるけど、これ以上しゃしゃり出ると怒られそうやけん、残りの一時間は静かにしとこうかな。

 モニターを見てハットの位置を整えながらそんなことを考えていた時、不意に横から「チーロリちゃん」と声をかけられた。「え?」と振り向く綾香。そこに可愛らしい八重歯を覗かせ、ニコニコと笑うまどかの姿があった。

「今日はやけに力入ってるみたいだね。後半も期待してるよ」

「あ、いえ」

 綾香も愛想笑いを浮かべる。まどかとは本番前にも一言二言言葉を交わしていた。「今が一番大事な時期なんで、必死に目立とうとしてるだけです」

「チロリちゃんはもうバラドル一筋でやっていくの?」

 若手俳優が席を立ち、空席となった綾香の隣に座るまどか。綾香は「え?」と目を丸めた。

「で、できれば歌手もやっていきたいんですけど……」

「そう」

 まどかはあごを上げ、懐から出した目薬をくりくりとした左右の瞳に差した。パチパチと瞬きを繰り返した後、ハンカチで優しく目もとを拭いた。「チロリちゃんの場合は歌手としてケチがついちゃったわけだし、マイナスのイメージがついたジャンルは捨てたほうがいいと思うけどな。先輩のアドバイス」

「なるほど……」

 出身地詐称が取り沙汰された背景には『やっぱり博多が好きやけん』のヒットがある。確かに自分が何食わぬ顔で新曲を歌えば世間からのイメージが余計に悪くなってしまう可能性もあるなと綾香は思った。が、しかし。「でも、やっぱり歌手は続けたいです。子供の頃から憧れの職業やったし、これ以上ヒット曲が出んかったら事務所にやめさせられるでしょうけど、せめて事務所が許してくれるうちは」

「やっぱ、そうだよね」

 まどかは遠い目をした。「それじゃあ新曲にも期待してるよ。ただ、くれぐれもスキャンダルには気をつけて。もし熱愛でもスクープされたら、事務所側の態度がコロッと変わるよ」

 経験者の重みのある言葉に、綾香はただ「はい」と頷くばかりであった。



「最後のお題は『今年中に達成したい野望』です」

 松岡がその台詞を言い終わるか終わらないかほどのタイミングで、綾香は「はい!」と威勢良く声を上げ、挙手をした。「ほい、チロリ」

「はい」

 綾香は立ち上がった。「今年中に達成したい野望、それはずばり、日本武道館でのコンサートです!」

 その声の調子とは裏腹にシーンと静まり返るスタジオ。ところどころから失笑が漏れている。

「お前、まだ懲りずに曲出すのか」

 苦笑いを浮かべながら野田が言った。「SDPも勇気のある事務所だな」

「出します!」

 高らかに宣言する綾香。「ファンの皆が私の歌声を待っとるんよ」

「誰も待ってねえよ!」

 理不尽なツッコミを入れる野田。綾香は「待っとるもん」と野田にあっかんべーをし、前半と同じようにカメラに向かってチロリンポーズを作った。

「ファンの皆、新曲もよろしく頼むばい」

「出た。パフォーマンスアイドル。略してパフォドル」

 観覧席から爆笑の声。野田のせいで、チロリンポーズはオチに変わってしまったのであった。


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