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25 目的の品

 テレビ局とは違い、楽屋の数はそれほど多くない。よって個室が用意されるのは大御所タレントぐらいのもので、まだ芸歴も浅い松尾和葉には、数人のタレントと共同のやや大きめな楽屋があてがわれていることは想像に難くない。ただ、綾香の場合は衣装はほとんど自前であるし、メイクもフロア隅の休憩スペースや待合室あたりでさっと南に施してもらうことが多いため、あまり楽屋を使わない。もし和葉も自分と同じタイプであったら、すでにスタジオへ移動してしまっている可能性もある。他の番組の収録現場に突入するのは勘弁してほしいとこなので、そうでないことを祈るばかりだ。

 ここか……。

 やけに照明の明るい三階の廊下。いくつか並んだドアのうち、唯一の引き戸タイプのドアの前に綾香は立っていた。ドアに『病は着から 女性出演者様』と書かれた貼り紙がしてあったからである。『病は着から』とは松尾和葉がレギュラー出演するファッションをテーマにした深夜番組で、その収録は常にこのスタジオで行っているそうだ。綾香はその番組を知らず、いずれも雅からの情報である。

 よし。

 綾香はドアをノックした。間髪入れずに中から「はーい」と女性の声が聞こえる。松尾和葉の声ではなかったような気がする。

「失礼します」

 なるべく音を立てないようにそっと引き戸を開ける。すると、突然目の前に背の高い少女が現れ、綾香は「ひっ!」と驚き退いた。

「遅かったね。チロリちゃん」

 そう言ってニコリと笑う少女の顔を確認し、綾香は更に驚く。いつの間にか袖のないセーターとタイトスカートという私服姿に変貌を遂げたプリンセス雅だったのである。

「な、なんで!? 私がフロアを出た時、あんたまだ休憩スペースにおったやん! しかもちゃっかり着替えてるし」

「いい加減学習すれば?」

 背中を押し、綾香を部屋の中に招き入れる雅。「マジシャンのやることにいちいち驚かない」



 十六畳ほどの広い楽屋。左右両側が鏡台となっており、突き当たりは全面窓である。窓の外には薄暗い空と隣接するビルの灯りが見えた。

「こんばんわあ。こんばんわあ」

 雅の後ろを歩きながら、楽屋にいる全ての人に順に挨拶をしていく綾香。総勢は十名ほどで、見覚えのない顔ばかりだ。貼り紙に『女性出演者様』とあったものの、マネージャーやスタッフであろうか男性も数人いる。綾香に挨拶を返す者もいれば、全くの無視という無礼な者もいる。「こんばんわあ……」

 最後の一人は窓際に座りメイクをするセーラー服姿の女子高生であった。鏡台があるのにコンパクトを使っており、彼女のみ周囲に取り巻きが一人もいない。髪を下ろしており雰囲気は微妙に違うも、その少しだけ浮いた存在の彼女こそが松尾和葉であると綾香は即座に認めた。

「こんばんは」

 コンパクトに目を向けたまま返事をする和葉。メイクに夢中である。「和葉ちゃん、おつかれさま」と雅が声をかけると彼女はようやく顔を上げてくれた。「あー、お久しぶりです」

 満面の笑みで雅を迎える。その様子を見て、綾香は面白くなさそうに頬を膨らませた。

 なんなん、この扱いの違い。

 またも昨年のエックステレビでの一抹を思い出す。彼女はまた嫌な思いをするのだろうなと思いつつ「おつかれさまです……」と和葉に声をかけた。ところが。

「わー、チロリさん、お久しぶりです! 収録ですか?」

「へ?」

 綾香の目が点となる。「あ、いや、収録終わりで……」

「嬉しいです。わざわざ会いに来てくれて」

 コンパクトをポケットに直し、和葉は綾香の手を取った。「チロリさんの新曲聴きましたよー。あのダンス可愛いですよねー」

 手をうさぎの耳に見立ててピョンピョンと跳ねる。「チロリさんも」と誘われ、綾香は「あ、ああ」と苦笑いを浮かべながら一緒に跳ねた。そして彼女は思う。

 なんか……、今日は機嫌が良い?

 テレビとは別人に見えた前回の対面とは違い、テレビのままの松尾和葉を目の前にして、戸惑いの色を隠すことができない彼女であった。

「あれ?」

 ふと気がつき、キョロキョロと辺りを見回す綾香。「み、雅がいなくなっちゃった。なんで!? いつの間に!?」

「あの子、目を離した隙にいっつも途中で一人消えちゃうんですよ」

 平然とした顔で和葉は言う。「本当に人を驚かせるのが好きなんでしょうね。私も最初の頃はビックリしてましたけど、もう慣れちゃいました」

 そんな和葉の様子を見て綾香は、学習しようと心に誓った。



「これからたった二時間で三本も収録するんですよー」

 唇を尖らせ、和葉は愚痴のように言う。「いくら深夜番組だからって節約しすぎですよねー」

「そ、そうですかー」

 和葉のテンションに困惑しつつも、綾香は必死に歩調を合わせた。「私が今やってるラジオなんか、最新の情報をお届けするためとか言って、三十分しかないのに毎週録音するんですよー。それなら生放送でいいやんって話で」

「わー、それはそれで困りますね」

 目を細めて笑う和葉。そんな彼女の表情に綾香は思わず見惚れてしまった。

 やっぱ凄い可愛い。格が違うな……。

 全体的には落ちついた顔立ちでありながら、黒目がちの大きな瞳が彼女をあどけない少女にとどめている。それなのにバストはボインというギャップ。性格は天然ドジキャラ。これは売れないわけがないなと彼女は心から感心してしまうのであった。

「あ、やばい。そろそろ着替えなきゃ」

 和葉は出し抜けにそう言うと、何のためらいもなくセーラー服の上着を脱ぎ去りランニング姿となった。綾香はギョッとし、「え?」と楽屋内を見渡した。なるほど、いつの間にか男性たちが姿を消している。

「ん?」

 立て続けに和葉がスカートを下ろし、それを近くにポイと投げ捨てた時だ。スカートのポケットから一枚の紙のようなものがするりと出てきたではないか。「あれ、なんか落ちましたけど」

 写真……?

 綾香がそれを拾い上げると同時に、和葉が「あっ!」と声を上げる。

「ええっ!」

 綾香は写真を見て驚愕の声を上げた。なんと、写真には誰かの部屋(和葉のであろうか)をバックに、裸エプロン姿でこちらを見つめる和葉が写っていたのである。なぜ自分の求めていたものがこんなところに、それよりもなぜ松尾和葉がこんな格好を、と様々な交錯を頭に巡らせていた次の瞬間、綾香の手からふと写真が消えた。

「見ました?」

 写真をぶんどった左手を身体の後ろに隠しながら、和葉は綾香にそう尋ねた。頬を紅潮させ、口もとに薄らと笑みを浮かべている。しかし、どう見ても目は笑っていない。

 綾香は和葉から顔を背け、ぎこちない動作でふるふると首を振った。


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