21 ハートフルナイト
最近この話題ばっかりやけど……。みんなはもちろん買ってくれたばいね。先月の二十九日に発売した私のセカンドシングル『やっぱり博多が好きやけん』。おかげさまで今週のヒットチャートでも十位以内をキープさせていただいとります。
つい先日、故郷博多で凱旋イベントを行ってきました。いやー、地元の両親も見に来てくれてさー。写真撮影禁止なのにお父さんってばバンバン写真撮りまくって、警備員さんに連行されたとばい。めっちゃ恥ずかしかったー。つい最近まで私の芸能活動反対しとったくせに、地元に戻ってきた途端、これやけんねー。
あ、高校時代の友達も来てくれたばい。当時仲良かった三人組でさー。三人組って私含めて三人組やけん、来てくれたのは二人ね。遠い……、じゃなくて、近いところからはるばると来てくれてさー。私も聞かされとらんかったけん、すんごいビックリした。イベントの後は久々にカラオケを楽しんだんよ。高校当時は私、佐……、は、博多の歌姫って呼ばれとったっちゃけんねー。聞かせてやったばい。当時から全く変わってない私の美声をば。それなのにさー、友達の一人……、朋子って言うっちゃけど、その子がさー、『クレセントムーン』歌って私より高い点数出したとばい。あ、カラオケの採点のやつね。もう私、その店にクレームつけちゃろうかと思ったけど、帰り際に店員さんにサインしてくださいって言われて、舞い上がってすっかり忘れちゃった。
それとそれと、もう一人の子、真奈美って言うっちゃけど、すっごい美人でさー、高校時代は毎月のように男子から告白されとったっちゃけど、なんと! 福岡のモデル事務所にスカウトされたんやって。しかも、その日……、私のイベントがあった日にばい。やっぱねー、いつかはくると思っとったんよ。真奈美どうするんかなー。迷っとったけど、真奈美なら人気モデル間違いなしやと思うんよね。まあ、その時は皆、真奈美をよろしくお願いします。福岡を中心に活動することになると思うけど。
えーっと、一旦コマーシャルですか。それではそれでは話題の曲を今週もかけちゃいましょう。綾川チロリでー……、『やっぱり博多が好きやけん』!
綾川チロリのー……、『ハートフルクリニック』のコーナー! パチパチパチ。このコーナーでは毎週リスナーの皆さんからハガキでお寄せいただいたお悩みを私、綾川チロリがズバッと解決していきます。まあ、要するに悩み相談室やね。
それではまず一つめのおハガキ。愛知県名古屋市在住のラジオネーム、とんちゃんさん。『僕は泣けると言われている映画を観ても全く泣けません。そのため、家族や友達によく無感動人間と言われています。どうすれば泣けるようになるのか教えてください』ということでねー。私なんかはすぐ泣いちゃうほうなんやけど、なんでやろうねー。多分、何の気なしの状態で映画を観とるけんやないかいな。確かに泣く気が失せる展開ってのもけっこうあるんよね。偶然が重なりすぎてたり、なんか作り手側が明らかに泣かせようとしすぎてたりねー。そういう場合はねー。それが泣ける映画ってのを忘れればいいんよ。それはコメディ映画って自分に言い聞かせると。さあいつ笑わせられるのかってかまえながら観て、結局笑わされることはなく、エンディングでは逆に涙を流しとるという……。うん、これで明日からとんちゃんさんも号泣大使やね。
さあ次のおハガキ。東京都は港区在住のラジオネーム、チロリアンさん。えーっと……、『つい先日、同じクラスの女の子に告白されてしまいました。でも、僕には心に決めた人がいます。それはずばり、チロリちゃん、あなたです』。わーお。『今まで僕はチロリちゃんだけを見つめて過ごしてきました。他のアイドルはもちろん、周りの女子にも目をくれず。その子は友達としては好きなのですが、チロリちゃんを裏切るわけにはいかないので、ちゃんと断ろうと思っていますが、どう説明すればいいのか教えてください』。
うーん……。えー、チロリアンさん、高校生……、中学生かな? まず根本的に間違っているのは、その子と付き合うことになったからってそれは別に私に対する裏切りでもなんでもないとよ。私は皆の心のカンフル剤っていうか、ビタミン剤っていうか、そういったものになれるアイドルを目指しています。皆が落ち込んだ時なんかに、ふとテレビで私の姿を見て、または私の歌を聴いて、笑顔を取り戻してくれればそれでいいし、それが最高なんよ。友達としてでも、その子のこと好きっちゃろ? 私がいるからって断っちゃうのは、なんか私がチロリアンくんを縛りつけてるみたいで嫌だな。だからチロリアンくん。私がどうこうじゃなくて、まずは自分の気持ちに素直になったほうがいいばい。あ、もちろんその子と付き合うことになっても、私のファンはやめちゃダメばい。私にはまだまだ君が必要なんよ。なんならその子もファンにしちゃえばいいやん。それは無理か……。隠れファンでもいいけん、よろしくねー。
《それじゃ、本日最後の曲。これは『やっぱり博多が好きやけん』のカップリング曲やね。では、綾川チロリでー……、『ロックンロール山笠』!》
プツッ。
橘川はむくっと上半身を起こし、カセットテープを停止した。昨夜放送分の『綾川チロリのハートフルナイト』である。今年三月に放送を開始した、綾川チロリ初のレギュラーラジオ番組だ。毎週木曜日、午後十時からの三十分間放送されているが、バイトとかぶってしまう時は、こうしてカセットテープに予約録音し、翌日、一日遅れで聴いている。まあ、バイトがない日でも録音し、何度も何度も繰り返し聴いているわけだが。
そうか。そうだよな。
橘川はうんうんと頷いた。ラジオで綾川チロリに読まれた悩み相談のハガキ……、確かラジオネーム、チロリアンといったか。なんとも自分によく似た境遇ではないか。思えば、橘川にとっても初めて本気で好きになった女性は綾川チロリだといえる。大田早苗に交際を申し込む決心がつかない一番の原因は、確かに彼女の存在にあった。交際を申し込んでしまえば、彼女を忘れなければいけないとそう思い込んでいたのだ。
しかし、それは間違っている。
『私にはまだまだ君が必要なんよ』
今まで綾川チロリが自分にどれだけ力をくれたことか。どれだけ楽しい毎日をくれたことか。大田早苗に出会えたのも、元はといえば彼女がいてくれたおかげではないか。
やめる必要なんてないんだ。チロリちゃんに恩返しするためにも、俺は一生彼女のファンを続ける。
橘川は部屋の壁かけ時計に目を向けた。時刻は午前十時前、早苗は起きているだろうか。
橘川はジーンズのポケットから携帯を取り出した。そして、メモリーから早苗の名前を探し、彼女に電話をかけた。
「あ、早苗ちゃん。ちょっと話があるんだけど……」