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12 進級

 放課後の教室。敢えてのんびりと帰り支度をしながら、羽山美穂はそわそわと周りを見回していた。三人組の女子グループの中の一人と目が合う。くるか、と身構えたものの、三人組は何ごともなかったかのように教室を出てしまった。

 今日は仕事入ってないのにな……。

 美穂ははあと溜息を吐いた。



 四月の中旬。高校三年に進学したことでクラスも一新され、親友の河内那美を始め、仲の良かった生徒たちは片っ端から別々のクラスに配属されてしまった。美穂は残念に思ったが、同時に新たな出会いに対する期待感も胸の奥底で密かに膨らませていた。

 一週間ほど前の放課後のことである。

 帰り支度をしている最中、女子の一人に『お近づきのしるしに今から皆でカラオケ行くんだけど、美穂ちゃんも一緒にどう?』と声をかけられたのだ。しかし、その日はグラビア撮影があったため、泣く泣くお断りしてしまった。

 翌日は男子グループだった。 『帰りに駅前の『バスケット』寄ってかない?』。ところがその日もバラエティ撮影のためにお断りするしかなかった。

 そして、数日間お誘いのないまま、ようやく仕事のオフ日である今日を迎えたわけだが、やはり誰も誘ってはこない。ひょっとしたら『羽山美穂は付き合いが悪い』というイメージが早くも定着してしまったのかもしれない。なんだか悲しくなってしまう美穂。

「羽山さん」

 背後から名前を呼ばれ、すかさず振り向く美穂。そこに、何やらもじもじとした様子のおとなしそうな女子生徒が立っていた。

「は、はい?」

 さあ、いつでもこいと意気込むがしかし……。

「あの……」

 女子生徒は言った。「握手してくれませんか?」

「は?」

 美穂と握手を交わし、逃げるようにその場を去っていく女子生徒を寂しげに目で追いながら、美穂は鞄のポケットから携帯電話を取り出した。

 那美はバイトかな……。

 河内那美に『今日一緒に遊ばない?』とメールを打ってみる。一分ほど経ってから『ゴメン。今日はうちのクラスのメンバーでカラオケ行くことになっちゃった』と返事があった。ガクっとうな垂れる美穂。

 教室の中に残っている生徒はもう半分以下になってしまった。そのうちの何人かはスポーツバッグを持っているため、この後は部活動を行うのであろう。美穂はあきらめて立ち上がり、鞄を手に教室を出ようとした。その時だった。

「羽山さん」

 教室前方のドアの、すぐ近くの席に座る男子生徒が声をかけてきた。「はい?」と瞳を輝かせて返事をするも、その生徒の顔を確認した途端、その輝きは瞬く間に消えてしまった。河内那美を差し置いて、なぜかまた同じクラスになってしまった長岡であった。

「なに?」

 人の名を呼んでおきながら、ひたすらに読書に勤しむ彼を見下ろし、美穂は言った。「長岡くん、ここの席じゃないでしょ?」

 もちろんまだ席替えなどはしていない。本来その席は出席番号が最も若い生徒が座る場所である。苗字がな行から始まる彼が、そんなに若い出席番号を持っているとは思えない。

「ここで廊下を行きかう生徒たちを観察しながら読書するってのも悪くはないよ」

 本に目を落としたまま、彼は答えた。「もう放課後だ。この席は誰の席でもないんだよ」

「そう」

 そっけなく答えて、美穂はまた教室から出ようとした。しかし、長岡にがっしりと腕を掴まれ、それを阻まれてしまう。驚いて「キャ!」と短い叫び声を上げる美穂。「な、なに!?」

「率直に言う」

 ようやく視線をこちらに向ける長岡。彼の無駄に整った顔立ちを見て、美穂は少しだけドキッとしてしまった。「河内さんのメールアドレスを教えて欲しいんだ」

「ええー……」

 美穂は露骨に嫌な顔を見せた。「それはできないよ。那美は親友だし、他の子だったらまだしも、長岡くんちょっと危ないもん」

「危ないことなんてあるもんか」

 心外そうな顔をする長岡。「本当はクラスが別々になって泣き出してしまいたいぐらいなのに、こうやって必死に感情をコントロールしている僕のどこが危ないって言うんだ。そろそろメールアドレスぐらいのご褒美をくれてもいいだろ」

 美穂はふうと溜息を吐いた。髪の毛をいじってから、眼鏡のフレームを指でちょいと上げる。

「そこまで那美のことが好きなんだったら、本当はメールアドレスどころか、直接彼女に紹介してあげてもいいんだけどさ」

 美穂のその言葉に、今度は長岡が目を輝かせる。「でも、私は長岡くんのことをよく知らないから。君がろくでもない男だったら、那美に私が責められちゃうでしょ。君がダメ男じゃないって保障はある? むしろ、私の中でははっきり言ってかなり印象悪いよ」

 片手を口もとにあて、なにやら考え込む長岡。

「分かった」

 彼は大きく頷いた。「今からちょっとうちに遊びに来なよ」



「は?」

 美穂は思いっきり眉間にしわを寄せた。「え? なに? 私がってこと?」

「どうせ暇なんだろ?」

 パタンと本を閉じる長岡。「さっきから誰かに誘って欲しくてしかたないって感じだったじゃないか」

「だけど」

 美穂は赤くなって言った。「それは新しいクラスメイトと親睦を深めたいからであって、引き続き同じクラスの君と遊んでも意味がないじゃん」

「俺と喋ったのも今日で二回目なんだから、とりあえず僕と親睦を深めればいいじゃないか」

「えー……」

 複雑な表情を浮かべ、美穂は悩んだ。「要するに長岡くんの家に行けば、私の中での長岡くんの印象が良くなるってこと? そうは思えないけどな」

「いや、断言しよう」

 本を鞄の中に入れ、立ち上がる長岡。彼が廊下に出ようとしたので、美穂もそれにならう。「僕の家に来れば、君はきっと僕を河内さんに紹介したくなる。間違いない……。ん?」

 数メートル廊下を歩いたところで長岡は立ち止まった。キョトンとした顔で後ろを振り返る彼。「どうしたの? 早く行こう」

 美穂は教室のドアの前で突っ立ったままであった。

「分かったから少し離れて歩いてね」

 ゆっくりと彼女は歩き出す。「それと、家に着くまでは話しかけないで。噂になっちゃうかもしれないでしょ?」

 キョロキョロと辺りを見る。放課から時間が経っているためか廊下を歩く生徒の数は少ない。

「ふん」

 長岡は鼻で笑い、また美緒に背中を向けた。「分かった。僕はもう一切背後を見ないから、ちゃんと僕の後ろをついてくるんだよ」

 遠ざかる彼の後ろ姿を眺めながら、美穂の頭の中に二つの選択肢が浮かび上がっていた。

 このまま彼についていくべきか、それともこっそり逃げ出してしまうべきか。


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