10 図星か否か
「まあな」
素っ気なく答える真一。「日露食品『とろみワンタンカレースープ』のCMでもお馴染みの松尾和葉ちゃんだ」
それから綾香を見る。彼女は電話を終え、真一の肩口あたりから顔を覗かせていた。目を細め、値踏みするように、ブラウン管の中の松尾和葉を見ている。
「ふーん、可愛いねえ」
「ああ、今イチオシのアイドルだぜ。今度握手会にでも行ってみようかな」
真一の言葉を聞き、彼女ははあ、と大げさに溜息を吐いた。
「あんたさあ、アイドルなんか追いかけてる暇あったらさっさと仕事探しいよ」
「ああ」
それを言われると耳が痛い。「探してるんだけどさ。どこも中卒職歴なしの男なんて雇ってくれねえんだよ」
また彼女の溜息。そして息がもろに顔にかかり、真一はあることに気がついた。
「ん?」
綾香を睨みつける。「お前、酒臭くね?」
「え?」
彼女は真一から不自然に目をそらした。明らかに動揺している。「あ、ああ、あんたが時間になっても来んけんさ、詩織と一緒にちょっと飲んだんよ。いやさー、詩織ってばどんどん私にビール勧めてきて、もー、困っちゃうよねえ」
饒舌になるのは彼女が嘘を吐いているときの特徴であった。
「男か?」
ピタっと綾香の言葉が止まる。
「お、男っていうか、まあ……スカウトっていうか」
「で、男なんだな」
攻撃的な口調で追い討ちをかける真一。綾香は渋々といった風にコクンと頷いた。
「はい……」
「チッ」
真一は舌打ちをし、ゴロンと横になった。「いくら俺が約束破ったからって、男と飲みに行くなんて、お前とんでもないビッチだな」
「ち、違うってー」
そう言って綾香は、両手で真一の身体を揺さぶる。「スカウトされたんよ。アイドルにならんか? ってさ。『君なら月収50万は堅い』って言うんよ」
そういえば先ほど、『私がアイドルとしてデビューするってことになったら、どう思う?』などと、彼女が聞いてきたことを真一は思い出す。
「馬鹿言うなよ」
彼はあざ笑いながら、身体を起こした。「さっきからなに夢見てんだよ。どこにお前をスカウトする事務所があるってんだ? どうせさっきのアースロマン企画とか、AV女優の勧誘だったってオチだろ」
「うぐっ……」
綾香は唇を噛み、俯いた。
図星か?
しかし次の瞬間、彼女は物凄い勢いで首を横に振るのだった。
「ち、違うもん! サニーなんちゃらプロダクションっていう、ちゃんとした芸能事務所やもん!」
「サニーダイヤモンドプロダクション?」
真一ランキング17位の内藤ちえ美が所属している新鋭の芸能事務所であった。
「そ、そう、それそれ!」
腕を組み、うんうんと頷く綾香。額に汗が滲んでいるようにも見える。ただ暑いからなのか、それとも……。
はっきり言って真一は確信していた。彼女は嘘を吐いている。スカウトされたのが本当だったとしても、それはサニーダイヤモンドプロダクションではなく、アースロマン企画のようなAVのメーカーであろう。しかし、彼はあえて言った。
「ふーん、そいつは凄いじゃねえか」
勝ち誇ったような笑みを見せる真一。「それじゃあ、お前アイドルデビューするんだな。おめでとう。DVD出たら俺買っちゃうわー」
そんな金はないが。
「あ、あんた全然信用してないね!」
「信用してる信用してる。そんじゃー、せいぜい頑張れよー」
綾香に背を向け、真一は再び横になる。こうやって彼女が本当のことを言うまで、待つつもりなのだ。しかし……。
「わ、分かった! 今に見ときーよ! あんた、土下座して謝ってもらうけん」
「はーい」
彼女を見ずに返事をする真一。やがて背後で何やらタンスを開け閉めするような音、続いてドタバタと足音がしたかと思えば、最後にはキイ……ドン、と今度は扉を開閉する音が聞こえた。
え?
真一は驚いて顔を上げ、玄関の方を見る。そこにはすでに綾香の姿はなかった。