100 秋空のもと
バイト終わりでグッタリとソファに横になり、井本真一はリモコンを使い、忙しくテレビのチャンネルを切り替えていた。
時刻は夜八時。ゴールデンタイムのこの時間、観たい番組が多すぎて、どれを観ようか決めかねているのだ。白のスウェットシャツとブルージーンズという姿である。
この番組には和葉ちゃんが出てるし、こっちにはまどかちゃん、こっちには……。
観たいのは番組というよりアイドルであるといっても過言ではない。なんとかチャンネルをロリ系アイドル沢渡まどかが出演している『なんでも探偵団』に落ち着かせ、冷蔵庫から缶ビールでも持ってこようと身体を起こしかけた時、玄関からガチャとドアノブの回る音が聞こえた。
ん? 帰ってきやがったか。
「ただいまー」
真一以上に疲れきった顔で、池田綾香がリビングに入ってくる。見慣れないダッフルコートに身を包んでおり、手に買い物袋を提げている。「今日は寒いねー。あんまり寒かったからコート買っちゃった」
「夜のこと考えないで薄着してくからだろ」
改めて身体を起こし、ソファに座りなおす真一。「ったく、衝動買いしやがって……。金銭感覚がマヒし始めてるんじゃねえのか?」
「金銭感覚マヒするほど給料貰ってないばい?」
買い物袋を床に置き、綾香はダッフルコートを脱いだ。真一の予想どおり、中から薄手の黒いシャツと、チェック柄のミニスカートが顔を覗かせる。「どっちにしても、前からダッフルコート欲しかったけん丁度良かったんよ。それにしても……」
それから彼女は真一の隣に腰を下ろし、嫌味ったらしく笑みを浮かべた。「あんたも偉くなったねー。ちょっと前までは私のヒモやったくせに、一丁前に生活費の心配なんかするようになったん?」
「もちろんよ。馬鹿にするな」
ふんと鼻を鳴らし、真一は答えた。昨日購入したプリンセス雅のイメージDVDのことは絶対に内緒にしておこうと思った。
「ご飯食べた?」
買い物袋を引き寄せながら綾香は言う。「テレビ局の近くでさ、美味しそうなお好み焼き屋さんがあったけん、お持ち帰りしてきたんよ」
「お好み焼きか。いいじゃねえか」
実は『ぶるうす』で夕食は済ませていたが、お好み焼きは真一の大好物である。一気に空腹になった真一は、いそいそと袋からパックに入ったお好み焼きと割り箸を取り出した。「お好み焼きを食いながら、まどかちゃんの番組をじっくり観賞する……。このために生きてるって感じだぜ」
「あっ!」
ハッとした顔になる綾香。真一は「ん?」と彼女の顔を覗き込んだ。「そういえば昨日のアレ、ビデオ録っとったよね」
「ああ……」
例の秀英大学と昭和院大学の学園祭対決を特集した番組である。時間的に二人ともリアルタイムで観ることができなかったため、ビデオを予約録画しておいたのだった。「そういえばそんなもんあったな。まあ、ビデオだからいつでも観れるとして……」
「今観たい!」
「……」
真一は綾香を睨みつけた。「馬鹿言ってんじゃねえよ! 今『なんでも探偵団』あってんだろうがよ、これ以外にも色々観たい番組があったんだぞ!」
「そんなん、アイドルが観たいってだけやろうもん」
唇をとがらせる綾香。「学園祭特集だってアイドルいっぱい出てくるばい。プリンセス雅だってそうやし、しかも私とちえ美と亜佐美のビキニ姿だって見れるとばい」
「む……!」
そ、それは確かに……。
「ね?」
綾香が身体をすり寄せる。「私のビキニ姿見たかろうもん」
いや、お前には興味ない。
結局録画しておいた『東京列伝』を観ることにする。同番組内において学園祭対決の特集が行われるのだ。
特集は思いのほか淡々としていた。やたらと重たいナレーションに乗せてドキュメンタリータッチで二つの学園祭を紹介していく。それでも、白いハットを被る綾香の顔がテレビに映し出された時は、二人とも若干テンションが上がった。
《負ける気はしませんね》
サバイバルゲーム直前の意気込みインタビューらしい。《狙うは亜佐美ちゃんです。彼女が罰ゲームになったら、一緒に一発ギャグを考えてあげてもいいですよ》
「んなこと……。言いつつ……」
お好み焼きにかぶりつきながら真一は言う。「お前が負けたんだよな」
「誤審でね!」
しばらくしてビキニ姿で走り回るアイドルたちが次々と映し出される。話に聞いていたとおり、滝田亜佐美のビキニのパンツが食い込んでいたため、真一の中でこのビデオは永久保存版の仲間入りをした。
「ん?」
真一は眉間にしわを寄せた。一瞬、アイドルのパートナー役だというスーツを着た男性の顔が見えたのだが、その人物をどこかで見たことがあるような気がしたのだ。
「どうしたん?」
キョトンとした顔で真一に顔を向ける綾香。真一は無言で首を振った。
どこで見たんだっけな……。まあ、別にどうでもいいか。
特集は続く。予定どおり、綾香が彼女曰く『誤審』で敗れたところだ。
《ヒゲ剃り! 仰け反り! アイムソーリー!》
「……」
「……」
秀英祭を終え、今度は昭和院大学学園祭の模様である。さっそく、昨日も観た(DVDで)プリンセス雅が登場する。ゲリラライブには触れられず、主にマジックショー本番の様子を伝えていた。
雅の派手なマジックの数々に、綾香が「おお、すげー……」と感慨深げに呟くかたわら、真一は少しだけ不安な面持ちでテレビの画面を見つめていた。思えば、マジックショーの帰りに、カメラに向かって感想を残してしまったではないか。もしそれが放送されれば、綾香に嘘を吐き、昭和院大学に行っていたのがバレてしまう。
確かあのテレビクルー、俺以外のヤツにもいっぱい声かけてたよな。まさかよりによって俺のコメントがピックアップされるなんてことはないだろう。
と、胸を撫で下ろしかけた瞬間。
《雅、愛してるぜ》
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、真一は「風呂でも入ってくっかなー」と立ち上がった。そして口笛を吹きながら浴室へと向かう。背中にどす黒い殺気を感じながら。
「ぬほおおおおお!」
秋空のもと。二人の愛の巣に、今日も真一の断末魔が響き渡るのであった。
これにて「それなら私があいどる」第一章が終了。
二週間の夏休みをはさんだ後、第二章がスタートします。
二週間も休載なんて退屈だーっ、て人は夏のラジオの他作品でも読み流してみてください。退屈しのぎぐらいにはなるかもしれません。
夏ホラーという企画に参加中の「彼が私の部屋に侵入する」の他、ブログでも小説を掲載しています。
それでは皆さま、二週間後に第二章でお会いしましょう。
※追記
家庭の事情により執筆が滞っております。
更新ペースは遅くなると思いますが、必ず連載再開させますので、どうか気長にお待ちください。




