婚約破棄の現場で~王子様はぶちギレ中~
「私は本当に愛する女性と結婚したい。だから、ルクレツィア・マルベニーニ公爵令嬢、お前との婚約を破棄する――とでも言うと思ったか!! 絶対、婚約破棄はしないからな!!」
そんな馬鹿な、と思ったのはルクレツィア・マルベニーニ公爵令嬢だけではない。ガエターノ王子の腕にしがみ付いていた平民の少女フランチェスカもその取り巻きたちもそうだった。
それどころかフランチェスカとの仲を知っている者は多く、それを知らない者たちも婚約者ではなく彼女をエスコートしていることから、この場にいるほとんど全員が同じ思いだった。
「だいたい、私がこの女の機嫌をとっている間にドニゼッティやペッシュ、挙げ句の果てには我が兄まで簡単に近寄らせて、どういう了見でそんなことをした?! この浮気女め!!」
「わたくしは何もしておりませんわ。ドニゼッティ様やペッシュ様やロレンツォ様たちもわたくしの境遇に同情なさって、お声をかけてくださっただけで、浮気などとんでもありません。わたくし、そんなふしだらな女ではございません」
「ルクレツィア、口では何とも言える!」
「なんでもないと申し上げておりますでしょ? ガエターノ様。ロレンツォ様には奥方様もおありですし、ドニゼッティ様とペッシュ様にもそれぞれ婚約者がおられますもの」
「そんなことで安心していられるか! 兄はいつもお前のことを美しいと褒め称えているんだぞ?! ドニゼッティとペッシュだってそうだ。お前が私の婚約者でなければ、今の婚約者を捨ててでも手に入れようとするに違いない! 第二王子だからと、まだ結婚していないからと押し付けられた仕事のせいでお前と引き離された私の身にもなってみろ! 婚約者のお前は私の心を弄ぶかのように他の男とイチャつき、私は好きでもない女のご機嫌取りをしなければいけない身! 毎朝毎晩、悔し涙を流しながら笑う練習をしなかったら今日のこの日まで辿り着けなかったんだからな!!」
痴話喧嘩で暴露された内容からガエターノ王子の腕から手を離し、そっと離れようとするフランチェスカ。
しかし、ガエターノ王子はガシッとばかりにその手を掴む。
「逃げるな、フランチェスカ。お前が叔父の落し胤であることはわかっている。そしてそれを隠して我が国の重要ポストの子弟を誑かし、我が国の情報を他国に売り飛ばしていることもな」
いつもより低い声で告げられるその内容は痴話喧嘩で静まり返っている為に誰の耳にもよく聞こえた。
「!!」
顔が真っ青になったフランチェスカはブルブルと震え始め、目に涙を貯めはじめる。
「そんな! フランチェスカが?!」
「フランチェスカ、嘘だよね?!」
「フランチェスカがそんなことするはずないだろ、ガエターノ! それはフランチェスカに選ばれたお前が一番良くわかっているはずだろ?!」
「ガエターノ様・・・」
フランチェスカの涙ながらの無言の訴えをガエターノはまるっと無視する。
「聞こえなかったのか、マトゥーリオ? 私はこの女に誑かされている振りをして、お前らからこれ以上情報を引き出させないように、引き離そうとしていたんだぞ?」
「?!」
「おかげで愛しのルクレツィアに会う時間は減らさないといけないわ、ルクレツィアには浮気されるわ、この女にはベタベタされるわ。もう、沢山だ! 国境の守りに就くから、ルクレツィアと一緒に国境に送ってくれ!!」
今回の事態に急いで駆け付けて来た騎士たちは、怒り狂うガエターノ王子から国を売った重罪人を引き渡される。
その後、第二王子ガエターノは望み通りに婚約者のルクレツィアを妻に迎え、国境の守りに就いたという。