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朝起きてすぐに馬の世話を始めた。餌をやり、小屋を掃除してブラッシングをしてやる。
他にも鶏やうさぎ、ヤギも同様に世話をする。
朝食を食べ、今度は畑へ行く。
毎日同じことの繰り返しだ。だがつまらないとかやりたくないと思ったことはない。
レイナと二人で食卓に付いた。
「ロイは1週間くらいは戻らないみたいよ。また二人ね。」
これが二人にとってのありふれた光景だ。
ジルもロイも父親の記憶はない。
物心がついたときにはもういなかったので当たり前の風景ではあるが幼いころは寂しい思いもした。
レイナが言うには行方不明になってしまい生きているのか死んでいるのかすらわからないそうだ。
だからこそ自分は狩りに出るのではなく母の近くにいてやりたいとジルは思っているのだ。
コンコンッ
不意にドアをノックする音がした。
「あら、誰かしら?」
レイナが席を立ちドアを開けるとアイクとロジャーが立っていた。
アイクが何かを言うとレイナはジルの方へ振り向き
「少し出かけてくるわね。」
そう言って外へと出て行った。
すぐに3人は戻ってきたが、レイナのいつになく真剣な表情がこれから何か大事な話があることを匂わせた。
「僕食べ終わったから母さんはご飯食べちゃいなよ。お茶入れるからさ。」
席を立ったが母さんは食事に手を付けなかった。
4人分のお茶を配るとジルも椅子に座った。胸騒ぎを覚えながら。
「すまんな、実はジルに大事な話をしなくてはならない。」
アイクは一度椅子に座りなおすとゆっくりと話始めた。
「何?どうしたのさ?みんな真剣な顔して怖いよ。」
明るい声を出してみるが、余計に3人の表情は暗くなった。
「何から話していいものか…。この国の規則に雷の鳴る早朝に生まれた女子は生かしてはおけぬということを知っておるか?」
ジルは言葉無く頷く。
アイクは考えるように少しずつ言葉を紡いでいった。
「おぬしが生まれた日を1日たりとも忘れたことはない。土砂降りの雨が降って酷い雷が立て続けに鳴り響いていた。わしは生まれたばかりのお主の首を絞めて殺そうとした。それは本当は、ジル!お主は女子として生まれてきたからじゃ。」
アイクは自分の手を見つめて言葉を切った。
ジルは混乱していた。
「僕が女?」
何を言っているのかさっぱりわからない。何故ならジルには立派に付いているのだから間違いなく男なのだ。
「わしの魔法でロイをコピーしたのだ。見分けがつかないくらいそっくりじゃろ。」
魔法ってそんなこともできるんだ。
ジルはあまりに現実味が無さ過ぎて話に付いていけず逃避するかのように他のことを考え出していた。
「お主魔力を持っていないから魔法が何一つ使えんじゃろ?違うのだ。あまりにも大きな魔力を秘めておって全てを封印しなければ抑え込むことができなかったんじゃよ。」
ジルはちらりとレイナを見る。レイナは遠い過去を見つめるようだった。
ロジャーは目をつぶったまま一言も発さない。
「わしはおそらくもう長くは生きられぬ。わしが死ねば魔法も消えてしまいお主は本当の姿を現すことになるだろう。万が一にも力が暴走することのないように魔力をコントロールする術を身につけてほしいんじゃ。」
アイクの体調があまり良くないという話は聞いていたがあまりにも突然のことに完全に思考停止状態のジル。
「アリエル王女は魔力が強いうえに魔力感知にも長けている。恐らくジルの魔力が解放されればアリエル王女はすぐに気づく。そして規則を破った者を許さないだろう。」
目を閉じたままロジャーが話を続けた。
「ジルの命だけではなくムクナ村自体が危ない。私が付いてゆく。この村を出て修行を行う。」
そっと目を開けると有無を言わせぬ強いオーラを発しながらジルを見つめた。
レイナに目を向けるが何も言葉は発しなかった。しかしその表情は決意をしていた。
「そんなの信じられないよ。僕は男だ!信じない!!」
思わず叫ぶと外へ駆け出していた。誰も止めようとしない。
みんなわかっていた。簡単に受け入れることのできないはなしだということを。だが、しっかりと向き合わなければならない。そしてジルは受け入れなければならないのだ。