005
こんばんは!
久人の家を訪ねるとすでに先程言っていた献立が食卓に並べられていた。別れてから三十分も経っていないのに相変わらずの手際のよさに感心してしまう。
「少し遅かったな」
「来ようとしたら丁度電話が鳴って……」
「ふーん」
「一人で準備させてごめんね」
「いや、それは別にいい。……食べよう」
「うん」
二人は向かい合わせに食卓に着く。
久人がいつも腰掛ける席に置かれたオムライスには普通にケチャップがかかっていたが、亜姫の分には可愛らしい猫が描かれていた。
ふと、学校で『氷の貴公子』と呼ばれているという会話を思い出し口角が上がってしまう。ファンである生徒や凛でさえこんなことを久人がしているとは想像できないだろう。
「?どうした?」
笑い声はあげなかったものの怪訝な顔をして覗き込んでくる久人に気付き亜姫は慌てて我に返った。
「ううん、何でもない。さ、さっ、食べよう食べよう。いただきます」
「いただきます」
「ところで、いつも思うけど久ちゃん作るの早いよね」
「そうか?今は便利な調理器具があるから煮込み料理とか手の込んだものじゃない限りは短時間でできる」
「いや、段取りがよくないと早くできないし調理器具がどんなに便利でも機械オンチには使わせない方がいいと思うよ」
「そういえば姫、機械オンチだったな。あとドジだし…………怪我する未来しか予想できないな」
「いやいや、ドジじゃないからね。でも、その予想は否定しない」
ドヤ顔で断言すると久人は呆れたように鼻で笑った。いつもと変わらず他愛ない話に花を咲かせ楽しい食事は進んでいく。
食べ終わると久人は冷蔵庫からシュークリームを乗せた小皿を二皿取り出し各々の席に置いた。
「いや~~~~、久ちゃんはいいお嫁さんになるね」
何も言わなくてもやってくれる。その度に思っていたが普段は内心思うだけで口にしないようにしていた。それなのについ呟いてしまったのは先程の電話のせいだろう。
冷たい視線が返ってきてのは期待を裏切らない結果だが、気まずくて誤魔化すように食後のデザートにかぶりついた。生クリームとカスタードの絶妙な甘さに満喫し笑みがこぼれると久人が自分の分を差し出してきた。
「やる」
「久ちゃん食べないの!?」
「見てる方が楽しいからやる」
「またそんなこと言って!」
「じゃ、いらないか?」
「うっ」
答えがわかっているにも関わらず久人の試すような顔が実に腹立たしく亜姫は少し口を尖らせた。
「ありがたく食べさせていただきます」
「ふっ」
小皿を受け取り一口食べると自然と笑顔になり先程の怒りが消えていく。
「あ、久ちゃん。明日、私学校休むから迎え来なくていいよ」
「!?体調悪いのか?」
「ううん。商ちゃんから『明日は午前中に迎えをやるから学校休んで本邸に来てほしい。大事な話がある』って電話があったんだよ」
「電話って出先にあったっていうやつか?大事な話?」
「そうそう。あ~~~~~。なんだろうねぇ~~~」
即答でない上に目を逸らしていれば隠しているのは丸わかりである。濁したつもりだったが本人も嘘が下手なのは分かっている。
久人はそんな亜姫に問いただすような視線を向けてくる。
どうやら回避することはできないようだと亜姫も諦めた。
「はぁ~。婚約について話があるって」
永森家の女児は生まれた時に婚約者を決めるしきたりが存在する。
亜姫の場合、病弱の上に記憶喪失の為に元々いたのか不明である。
しかし、そのうち自分もそういうことになるだろうということは予想していた。故に驚きはなかった。
ただ、久人に話すにはなんだか少し照れ臭くて誤魔化そうとしたが、やはりというべきか上手くいかないものである。
「!?俺も行く」
「はぁ?えぇ!?久ちゃん。関係ないでしょ」
「関係ない?あるだろ」
「いやいや、ないでしょ」
「それ本気で言ってるのか?」
瞬間、冷気を感じ亜姫は無言になった。
「爺さんに言っといて」
「久ちゃんがいえばいいでしょ」
「じゃ、スマホ貸して」
「?久ちゃんもスマホ持ってるじゃん」
「姫のじゃないと爺さんすぐに電話に出ないんだよ」
「そんなことないよ」
「………………………………」
久人の威圧に耐え切れず亜姫は大人しく自分のスマホを手渡した。
「……久人です。姫の明日の件ですけど俺も行きます」
「それは、失礼しました。ですが、これが一番手っ取り早い方法でしたので実行させて頂きました」
「いや、行きます」
「姫も一緒にと言っていますので行きます」
まさかの嘘に声を荒げようとするが、一睨みされれば開いた口をそのまま閉じるしかなかった。
「はい。はい。そうです。はい、わかりました」
「では、後日。失礼いたします」
亜姫にスマホを返した久人は上機嫌に笑った。
「明日、俺も行くことになったから授業を受けてからでいいそうだ。だから時間は夕方に変更になった。学校が終わる頃に迎えに来るそうだ」
「…………関係ないからいいのに……」
「まだ言うか」
不敵な笑みに思わず体が動かなくなったが、気付けば唇が重なっていた。
「甘いな。…………これで関係ある意味がわかるだろ」
久人は唇を舐め目を細める。
その姿が妙に色っぽく亜姫は言葉が出なかった。一瞬のことではあったがキスされていると理解するには十分だ。
離れた唇の温もりを求めるようにそれ以上の熱が顔に集中していく。
自分が真っ赤になっていると自覚してもしばらく口は開閉の繰り返ししかできなかった。
「きゅ、きゅ、久ちゃんのバカ~~~」
やっと言えた言葉は情けないものであるも亜姫は捨て台詞を吐いて走り去った。―――――かと思うと戻って来て、鞄と食べかけのシュークリームを持って今後こそその場から居なくなる。
亜姫らしい行動に思わず笑いが出るも明日のことを考えると追い掛けた方が得策だろう。だが、急いては事を仕損ずる。やっと知った想いに整理する時間を少しくらい与えてもいいだろう。この判断が吉と出るか凶と出るか全ては明日わかる。
いつも冷たい瞳に熱を孕ませ久人は亜姫を見送った。
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