性格整形
「あれっ……? なんか雰囲気変わった?」
テーブルに肘をついた男は、正面に座る女の顔をまじまじと見つめる。
「……わかる?」
悪戯っぽく笑う女。
「そうなの! 私、“性格整形”したのよっ!」
そう! こちらの女性、先日“性格整形”手術を受けたのです!
手術はといっても、その施術はとっても簡単!
「“手術”と聞いて、ちょっと怖くなったんですけどね。でも、麻酔で痛みは全く感じませんし、入院することなく、日帰りで帰れますから! 本当に受けて良かったです!」
そう語るのは神奈川県在住の主婦、斉藤美枝子さん。三十二歳。
「主人は毎日仕事で帰ってくるのが遅いんですよね……それで私、どうしても浮気を疑っちゃって……。昔っから私って疑い深くって、自分のそんな性格が嫌だったんです」
(暗い部屋で一人、テーブルに突っ伏して項垂れる美枝子さん)
「でも……“性格整形”を受けて、私、変わりました!」
(一転、太陽の光が差し込む部屋で、笑顔で家事に勤しむ美枝子さん)
「“性格整形”を受けて、疑い深い性格はなくなりました。人を心の底から信じられるようになって、気分がとっても良いです。家事も楽しんでやることができるようになりましたし、近所付き合いも良好。主人にも、『なんだかお前、綺麗になったな』なんて言われるようになったんです……」
(照れる美枝子さん)
そう! “性格整形”を受けると、見た目の印象まで変わってくるのです! 施術後のアンケートによると、手術を受けた方全員がもれなく「“手術を受けて良かった”」と回答しています!
「もっと早く受けてればなぁ、なんて思いますね」
そう答えるのは東京都在住の会社員、山田仁志さん。二十八歳。
「手術を受ける前は仕事も遅くって、彼女もできなくって……。人生に絶望していたんですよ」
(夜の公園のベンチで一人、頭を抱える仁志さん)
「……でも、手術を受けて人生が変わりました! いっつも笑顔でいられるんで、会社仲間にも、取引先の会社の人にも可愛がられるんです! 彼女もできて、会社でも認められて……人生最高! って感じです!」
(笑顔で働く仁志さん)
今時、“美容整形”なんてもう古いっ! なにより、“性格”を直さなければ何も変わらないのです! 手遅れになる前に! 新しい人生を、スタートさせましょう!
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*
「……最近このCMばっかだな……」
広瀬裕樹はそう、独り言ちた。
季節は八月。時刻は二十時。今年中学三年に上がった裕樹は、夏休みを――留守番を満喫していた。
普段ならこのような――“リビングのソファに寝そべってテレビを見ながらアイスを食べる”なんて贅沢をしていたら、裕樹の母、泰子に「だらしない!」と、ドヤされるところだ。……裕樹はそれだけでなく、「“二十八度”以下に下げてはならない」という禁を破り、クーラーの温度も“二十度”まで下げているのだ。バレたら引っ叩かれること、請け合いである。
「ただいまぁー」
――ドキンッ
裕樹の心臓が、跳ね上がった。――調子に乗ってテレビの音量を上げていたせいで、母の帰宅に気が付かなかったのだ。
――まずいッ! 裕樹は直感した。部屋に入ってきた時点で――その温度で、気付かれているはずだッ! ……と。
「お、おかえり……」
ソファから起き上がった裕樹はアイスのカップを足元に隠し、テーブルの上のリモコンを手にした。右手にクーラー、左手にテレビ。急いで設定温度を上げ、音量を下げる。これを同時に、迅速に行った。
「部屋、涼しいわね」
……。
……え?
裕樹は耳を疑った。……涼しいわね? 泰子は皮肉を言うようなタイプではなく、すぐに手が出るタイプの母親であった。よって、裕樹も引っ叩かれながら育った。――その言い方は、ただ純粋に感想を述べるかのような――実に優しい言い方だったのである。
「か、母さん……?」
「ん? なぁに?」
……それは、裕樹にとってなかなか見れる母の表情ではなかった。その表情が見れるのは、よっぽど機嫌が良い時か、年に一度、父と高級ディナーに出かける結婚記念日。もしくは、裕樹がテストで九十点以上を取ってきた時くらいなものである。
純粋な笑顔だった。いつもなら、こんなに部屋を冷やしていたら「電気の無駄遣いをするなっ!」と言って頭を叩かれるところであるのに――。裕樹は狼狽えた。
「母さん…………ど、どうしたの……?」
裕樹の額に、脂汗が滲む。
「……じつはねぇー……」
母が含みを持たせ、溜める間。裕樹は嫌な予想を立てた。(まさか……)。それは数秒後。現実のものとなった。
「“性格整形”してきたのっ!」
「………………」
――“性格整形”。今巷で話題の、新しい美容整形である。
「見た目を変えるより先に、性格を変えれば表情も変わって、綺麗になる」。そんなテレビコマーシャルの売り文句が話題になったのは、三年前のことだった。――三年経った今や、“性格整形”を知らぬ者などこの国にはいない。テレビをつければ、どのチャンネルを回したってそのコマーシャルが流れるからだ。
裕樹は周りの人間にも“性格整形”をする者が現れてゆく中で、疑問を抱いていた一人だった。(性格を変えて、みんな“良い人”になって……それでいいのか?)……確かに、この国の犯罪率は年々下がっている。この国を初めとし、世界中でも“性格整形”は進んでいる。かの国では、それを受けているかいないかで、就職できるかどうかも決まってくるそうだ。
「私ね……実は、裕樹の教育でずっと悩んでたの……」
泰子は裕樹に対し、語り始める。
「私……すぐに裕樹を“ぶつ”でしょう……? 叩くたびに、嫌気がさしてたの。……あぁ、なんて“ダメな親”なんだろう……って。あなたにも、もしかして嫌われてるんじゃないか、って……そんな風に思って、毎日辛かったわ……。あなたにも、嫌な思いをさせたわね……。悪かったわ」
裕樹は、何も発せずにそれを聞いた。
「でも、大丈夫よ! もう“性格整形”受けてきたから! もう、あなたを叩くようなことは、決してしないわ! “良いお母さん”として、これからは頑張るからね!」
「母さん……」
裕樹は、母である泰子に対して、一度も“ダメな親”だなんて思ったことはなかった。“嫌い”だと思ったことも、一度たりともなかったのだ。
母のあまりの厳しさに、辛く思ったことはあった。叩くことを、やめてほしいと思ったことも。――それでも、“自分のことを想ってのことなんだ”と理解していた。厳しい母のおかげで、今まで道を外れてしまうようなことはなかった。――むしろ、感謝していたのだ。――その母が、今日、変わってしまった。
――カタッ
思わず後ずさった裕樹の足に、アイスのカップが当たった。溶けたアイスが、カーペットに流れ出る。
「あっ……」
裕樹は反射的に、母を見た。
「あらあら……」
『ちょっと何やってるのよ! もう! 自分で拭きなさい!』……いつもだったら、こう飛んでくるところだった。
「大丈夫よ。拭いとくからね」
台所から濡らした布巾を持ってきた母は、カーペットについたアイスを拭き始めた。――裕樹はそれを、呆然と見下ろす。
「……どうしたの? 裕樹。顔色が悪いわ」
――ヒロ。泰子は息子を、そう呼んでいた。今日の朝までは。
裕樹は目の前にいる人を――母とは思えなかった。
「……悩み事があるなら、相談に乗るわよ……」
……ソウダワ。
……アナタモ……“セイカクセイケイ”ヲウケテキタラ……?
「うああぁあぁああぁあぁぁぁぁぁっ‼︎」
裕樹は部屋を飛び出し、玄関の扉を勢い良く開けると外に出た。
隣に住む、性格が悪いことで有名なおばさんが、外を掃き掃除していた。
「コンバンハ」
ニッコリ笑って、そう言う。
夜の街を、必死に走った。すれ違う人がたまに「コンバンハ」と挨拶をしてきても、全てを無視した。――みんな夜の闇の中で、笑顔だった。
当て所もなく、走った。泣きながら走った。
蒸し暑い、夜だった。
帰る場所はない。そう思った。