CASE5:旨みたっぷり
「おいおい……」
近すぎる距離で真中の整った顏、そして、その唇が、耳に触れるか触れないかの囁きを受けた女が。
目の前でぷつん、と意識を失くしたのを見て、ため息を吐く。
まあ、いきなりこんな奴に、「俺を攻略してくれる?」って言われてもな。こいつ、免疫なさそうだし、そりゃ気絶もするかもな。
「お、いっ。大丈夫か!? しっかりしろっ。おいっ」
「あー、真中。たぶん、お前のさっきので、やられただけだから。落ち着いて、とりあえず寝せてやれ。あと、目が覚めたら、ちょっと離れてろ」
「あ、ああ」
おとなしくベッドに女を運ぶ真中の背中を見送って、ふたたび大きくため息を吐いた。
この女、これで俺らのイッコ上なのかよ。初心にも程があるだろうが。
まあ、ゲームを持ちかけた時、最初に警戒したようだし。その後も何か考えてたみてえだから、今んトコはいい線、か。
「……って、おおい。戻ってこーい」
ベッドを見れば、寝せた女に覆いかぶさるように、動きを止めている真中君。はいはい、そこまで。
「っう、わ!? お、おおお俺は一体何をっ!?」
「無意識かよ」
「……ふう。駄目だ。いかんともしがたい」
「じきに目え覚めるだろ」
「ああ。そう、だな。それにしても、さっきのお前の話し方はなんだ? 普段とまるで別人じゃないか。鳥肌が立った」
ああ、あの敬語喋りか。そりゃあなあ。
「話が話ですからね。初対面ですし、あちらの方が、好印象でしょう?」
「そ、そうか。……なあ、佐保」
「なんだよ」
「彼女と話せた。ありがとう」
「まだまだ、これからだろうが」
「ああ。分かってる」
それから、しばらく。
やる事ねえから、部屋の中を見渡す。
そわそわと落ち着きのない真中が、常に目の端にとまるくらいの。
狭い、はずの、ワンルーム。
綺麗に整理整頓された部屋は、すっきりとしたレイアウトもあって、狭さを感じない。
何も喋らない三人で過ごす空間は、意外にもどこか心地良いものだった。
と、その時。気が付いたらしい女が、ベッドの上で、身動きをした。
真中とふたりで、上から覗き込む。いや、真中、お前は止した方が良いぞ。
顏を覆っていた手をズラした瞬間に、女の顏が、恐怖でぴきっ、と引きつった。ホラ、な。
失礼なヤツだな、と思うが、声には出さない。
「良かった。気が付かれましたか」
つっても、見る見る内に顏が青ざめて、またすぐにイっちまいそうだけど。
「まさか、あれくらいで倒れるとは思わなかった。悪い」
そう言って、真中が心配そうに女に寄った。だからそれ、逆効果……って、ん?
いつの間にか、女の顏色は戻っていて。もぞもぞ、と起き上がって、丁寧に頭を下げた。
「あ、あの。私を寝かせて下さったんですよね。ありがとう、ございます」
ぎらり。真中の瞳に、獲物を狙う猛禽類の様な、鋭い眼光が宿った。多分、俺にも。
そう、くるとはな。
この女、呆れるくらいの、お人好しだ。
不可抗力とはいえ、堂々と不法侵入している俺たちに、叫ぶでもなく、追い出すこともせず。
その心のこもった礼には、何の計算も媚も見当たらない。
真中が、俺が、今までに縁がなかったタイプの女だ。それも、話を聞く限り。
真中の――俺たちの、どストライクゾーンの。
あんな目にもなる訳だ。
でも、まだだ。
この話を断ろうとするかしないか。まずは、それで決める。
俺の中で、むくむくと育つ想い。真中を応援する気持ちは、本物だが。悪いが、止められそうにない。
「いえいえ。礼にはおよびませんよ」
「おい。運んだのは俺だ。アンタも、そんな事気にしなくていいから、顏上げろ」
真中よ。そんなに噛み付くなって。
「あ、あの。申し訳ないですが、この話……!」
きた、と思ったら。自然に、体が動いていた。
ゲームの当選を辞退しようとする女の唇を、指先で、そっと塞いでいた。思いの外やわらかいソレを、思わず指の腹で撫でる。
驚く女の顏をじっと見ながら、自分の行動に呆れて、唇の端が上がるのを止められなかった。あー、真中の視線が超いてえ。
大丈夫だって。断ろうとしたこいつは、合格。お前を攻略するように、仕向けてやるさ。
「こちら、初回特典で検討中のテーマパークのチケットです。好感度関係なく、強制的に連れていけます。どうぞ、お役立て下さい」
「こ、これは……!」
案の定、目を輝かせて食いついてきた。この調子なら、確実に契約書にサインする。
アンケートから導き出した、こいつの弱点。
自分が好きな物に対する物欲。それをくれる人間は、悪い奴じゃないと思う、このアホさだ。この場合は、某夢と魔法の国のチケットだ。
ああ、ホント馬鹿だな、こいつ。
平凡な容姿に、お人好し。常識はあるが、流されやすい。
部屋の状態はその住人の精神状態が如実に出る。ちゃんと、安定して仕事してるって証拠だ。ブランド物も見当たらねえし、そこそこ金持ってる事が伺える。
また、俺の目が光っているかもしれない。
頭に浮かぶのは、この『乙女ゲーム』の、本来の目的。
女とのきっかけ、経過だけを、真中にやるつもりだったが。気が変わっちまった。
だって、なあ?
こんな良い獲物、見つけちまったら、な。
太客になる可能性大だ、逃がせねえだろ。店の他の奴には。
渡さない。
俺に芽生えたこの想いは、どうしようもない。俺は、何より金が好きだ。
それに、これは、真中にとっても、悪い事じゃねえ。
ちゃんと、女の情報渡したりの協力はするし、俺の行動は、女が真中をちゃんと一途に想えるかどうか、試させて貰う事でもある。
俺は、チケットの入った封筒を手渡す時に、少しだけ俺たちの指が触れ。仄かに顏を紅く染めた女の顏を、見逃していなかった。
一途に真中を選ぶならいい。本気で想い合うってんなら、むしろ、真中以外でもな。それはそれで、見逃してやる。二人でそのまま、幸せになったらいいさ。
だけど、もし。
真中に、他の誰かに、良い顏をしながらも。俺の誘惑に乗るなんて、馬鹿な事をしたなら。
自分がヒロインだとばかりに、取り合われる自分に酔って、図に乗り出したなら。
遠慮なく、全力でこいつを落として、目的を果たす。
俺という底無し沼に、ずぶずぶに引きずり込んで。金を絞れるだけ絞りとって、捨ててやる。その時にはこいつ、この世間知らずは、奈落の底に落ちているだろう。
世の中甘くないって事を、教えてやらないとなあ?
「それでは、こちらにサインを」
どちらかを選ぶその日まで。しーっかり、見ててやるよ。
▽佐保渡の好感度が、南極に到達しました。
読んで下さり、ありがとうございます。