CASE4:現実は、すっぱい。
ご気分を害される方がいらっしゃるかもしれません。申し訳ありませんが、あらかじめご了承頂けますと幸いです。
「佐保さん。オーナーが呼んでます」
「はい」
仕事を頼みたいそうです、と呼ばれて入った部屋で。俺は、妙な計画を聞く事になった。
「乙女ゲーム企画? 何ですか、それ」
「ふふっ。面白そうでしょ~? 見て、これ」
オーナーが、使っていたノートパソコンを俺に向けてくる。
思わず、眼鏡のレンズを拭いてかけ直し、まじまじと画面を見てしまった。
そこに映し出されていたのは、新作乙女ゲームのモニター募集! と銘打った、細かい応募要項と、注意事項。見るからに、怪しい。
「すみません、オーナー。俺には、これを見て応募してくるような馬鹿が、そうそう居るとは思えないんですが」
「それが、そうでもないのよ~? ほら、見て。アクセスがもうこんなに。アンケートも、続々返ってきてるわよ」
オーナーの指先を見れば、確かに、ネギをしょったカモの大群。
詐欺の横行するこの時代に、どうして、こんな怪しいもんに応募できるんだ? 平和ボケもいい所だ。つーか、このサイトも、やばいんじゃ……って、まあ、オーナーの事だから、どうとでもするんだろうが。
「北から南まで、結構いますね。どうするんですか?」
「まずは、この中から、なるべく口が固そうな、若いお嬢さんを選別するの。もちろん、この店に来られる範囲内の子よ。できるだけ小さなアパートに、独りで住んでる子がいいわね。これだけでも、かなり絞れるわ」
なるほどね。これに応募した時点で、判断力に欠けた女だって事は分かっている。
「……つまり。できるだけ、これがバレたら影響のあるような職についていて。途中でおかしいと感じる人生経験も浅く、今後搾取できて。冷静に諭す第三者と接する機会が少ない、騙しやすい女。ですか。的を広げる為に、敢えて年齢層を絞らないで募集したんですね」
指折り数えながら俺が言うと、オーナーが整った眉を上げて、直後、にんまりと唇を歪める。瞳を少女のようにきらきらさせて、嬉しそうに手を叩いた。
実はおっさんなのに絵になるってのがすげえ。
「そうそう! 分かってくれてあ・り・が・と~。それでね。その後が二次審査なんだけど、渡ちゃんには、ソコをお願いしたくて呼んだのよ。あ、頼むのは渡ちゃんだけじゃないから、安心してね」
「嫌な予感しか、しないんですが」
「あらやだ、そんな大した事ないわよ~。とりあえず嘘ついてないか、フツーに年確と、ちゃんと仕事してるかとか。さらっとどんな子なのか、様子を見てきて欲しいの~。うふふ」
いや、それ、軽くストーキングじゃないですか。俺、犯罪者になりたくねえ。
という俺の呟きを華麗にスルーして、オーナーは嬉々として続ける。
「晴れて合格したら、いよいよ実際に、乙女ゲームみたいな、あま~い日常を味わってもらうの」
「いくらなんでも、さすがに警戒しますよ。通報されます」
「そこらへんが腕の見せ所よねえ。ふふっ。つまりバッドエンドね。まあ、駄目なら駄目でいいのよ。全力で逃げて~」
「……甘い日常って言っても、相手、仕事あるんですよね。いきなり同棲でもするんですか」
「え~? デートとか、でーととか、DATEとかあるじゃない。担当のコにお任せするわ~。きゃはっ」
「はあ……」
正直、うぜえ。
一日中走り回ったかのような、ひどい虚脱感に襲われて、がっくり肩を落とす。そんな俺になんて構わず、オーナーはにこにこと笑って言った。
「きっと大丈夫よ~。仕事ばっかりで乾燥した女のコに、好みぴ~ったりの、綺麗なオニーサンがあてがわれたら。お芝居だって分かってても、思わず試してみたくなっちゃうわよ、きっと」
「それで、この細かいアンケートですか」
職業、年齢、容姿と性格の好みやら何やら。
応募した後に送り、送り返されるメールには、他にも、主に結婚相談所で聞かれるようなアンケートがずらり。こういうトコは、ほんっと手え抜かねえなあ、オーナー。
虚偽のないように書けって言われてるからか、中身は結構赤裸々だ。
マジで、これ送ってくる女、頭わいてるんじゃねえか。まあ、おかげで。
「ゲームは期間限定。女にとっては、単なる契約期間の満了だとしても。本当は、女が、その担当を『手に入れた、と錯覚させるまで』の短期決戦。エンディング――こちらにとっても、ハッピーエンドを迎えたら、あとは店にご招待。人間、特に、こういうのに騙されるような幼稚な女なら、一度手に入れたモノは、中々手離せない。めでたく、ご新規様に早変わりって訳ですね」
「ふふっ。そういうこと。普通にご新規さん取り込むの見てるの飽きちゃって、何かないかな~って思ってたの。普段あんまり着飾らないで、お家から出ないでゲームしてる女の子って、意外とお金持ってそうじゃない? ちょっと、遊びで試してみたくなっちゃったの」
「それで、モニター、ですか。まあ要は、色恋の延長ですよね」
「も~、一言で片づけないでちょうだいな。案外蓋を開けたら極太かもしれないじゃない! それに、もちろん、ちゃんと引き際は判断するわよ。あ、それとね、ご新規開拓できたら、担当のコには特別ボーナスあげちゃう!」
「はあ……」
オーナーは簡単に言うが、現実、顏だけじゃ足りねえだろ。女を飽きさせない話術だの駆け引きだの。エンディングのタイミングを見計る腕も要る。いくら馬鹿が相手でも、万が一それを装った強かな女なら、下手すりゃ担当の方が食われるぞ。……ああ、だから二次審査ね。めんどくせー。
これ、そもそも、そのボーナスとやらの試験じゃねえのか?
俺はため息を吐いて、新たに送られてきたアンケートに目をやった。
それが、これから俺に深く関わってくる女のものだとは、知りもしないで。
年確……年齢確認。色恋……恋愛感情を利用した営業方法のひとつ。極太……太っ腹のお客様。
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