CASE1:朝から甘い。
乙女ゲームの中には、逆ハーレム、が存在するものもあるそうだ。
ゲームの中の彼らは、どんな気持ちで、その状態でいるのだろう。
嫉妬と怒り? 悲哀を浮かべ、ただ嘆く? 案外楽しんで、ヒロインを共有する?
どのみち、心の底では嬉しくはないだろう。
ゲームだろうと現実だろうと、本当は、誰だって、好きになった相手を独り占めしたいはずだ。
この、現実の世界で逆ハーレムを作っている俺たちは、どうすれば正解なんだろうな。
そう。ここは、あくまでも、現実の世界。
彼女に仕掛けた『乙女ゲーム』をしていても。ゲームの中の世界じゃないから、明確な正解の道筋なんて、どこにもない。彼女にとっても、俺たちにとっても。
ただ、このゲームは、期間限定。彼女との何らかのエンディングがある事だけは、決まっている。
俺たちの中の誰かとの恋愛エンディングか、はたまた、それ以外か。
だから、俺たちは。
本来、攻略対象の俺たちを差し置いて。ゲームは二次元に限ると言って憚らず、ひたすら、誰ともくっつかない『お一人様エンディング』を目指す彼女を阻止すべく。
彼女に攻略され隊! かっこ、はあと、かっことじ。を結成した。
題して、『逆ハーレムで、生身の良さを分かって貰おうキャンペーン』だ。
はたから見たら、さぞ滑稽だろうが。俺たちは、真剣だ。
どれだけ魅力的だろうと。ゲームの世界の男たちには、負けられないんだ。
朝。職場に向かう彼女を、駅まで送るのは俺の役目だ。雨の日も風の日も、一日だって、欠かさない。
彼女にとっては、毎日がイベントだ。少しでも、喜んで欲しい。
ただ、始めの数日は、断られた。本来、こっちが断る側らしいんだが。
玄関を開けるなり、「アナタ朝日よりシャイン!」と、見事なダッシュで逃げられてしまった。何時の間に、鍵を閉めたんだろう。まあ、不用心なよりはいいが。
その後は通い詰めて。
かなり躊躇していたが、わざわざ来てくれるのに無下にはできない、と。やっと、かなり離れながらも、駅まで一緒に行ってくれるようになった。お人好しな彼女らしい。
その距離は、徐々に縮まって。今では、手が触れられるくらいにまで、近くなった。俺、頑張った。
一度、この近所で通り魔事件が起きて。彼女は、本当に自分たちに関連はないのか、僅かながらも、不安になったようだった。乙女ゲームの中には、そういったバイオレンスな内容のものもあるそうだ。
ゲームのイベントでもなんでもなく、現実に起きた事件だと話したら、震えあがっていた。
現実が、一番怖いのは誰だって同じ。
その現実と、ゲームの境目が分からない恐怖もあったんだろう。
それでも、俺たち、いや、俺は。もう、誰かが恋人に選ばれるまで、逃がしてなんてやれない。
彼女の幸せを願っているのに。目の前でそれを見なくちゃ、諦めがつかない所まで来てしまった。
……本当は、分かっている。そもそも、ゲーム――逆ハーレム、なんて。やめてやる方が、彼女には正解だって。
本当に、ごめん。
俺は、平日には学校と、夜にバイトがある。だから、イベントと表して、休日を優先して彼女と過ごせる、彼女のメイン攻略対象をやらせて貰っている。ありがたいことだ。
その分、平日に彼女と過ごせる時間は一番少ないが、仕方ないだろう。
「ゲームの為に、本当に、毎朝いらっしゃらなくても……。体が一番大事ですし、無理しないで、ご自身の生活を第一になさって下さいね」
駅までのわずかな距離でも、やんわりと朝の送りを断ろうとする彼女に、胸がちくりと痛む。そんなに、嫌なのか? 俺は、幸せなのに。
「大丈夫だ。それより、今日もゆっくり歩こうな。駅までが、すごくすごく、短いんだ。……本当に、もっと、一緒に居たいくらいに」
「っ!」
切なくて、思わず彼女の指をからめ取ってそう言うと、彼女は顏を真っ赤に染め上げて、口を金魚みたいにぱくぱくさせた。
照れているのが一目瞭然だ。可愛い。けど、あまりやりすぎは禁物だ。ようやく、俺に慣れてきてくれたのだから。
顏がにやけてしまうのを必死に堪えて。俺は、彼女にはまだ話していない、そもそもの俺たちの出会いを思い出していた。
あれは、日課の、朝のジョギングの時だった。
大体十キロくらい走って坂を下りると、公園に差し掛かる。ふと、いつも同じ女が、公園を通っている事に気が付いた。妙な事に、時々垣根に隠れるように、しゃがみながら歩いている。
平凡なスーツを来た、平凡な女。たぶん、これから出勤するんだろう。
初めは気にせず、いつも通りに、公園に並んだ道を走り去った。
けれど、毎日見ていれば流石に気になる。俺はその日、公園を通って走る事にした。そして、驚いた。
彼女は、散らばるゴミを拾いながら、歩いていた。
一緒に駅まで向かうようになった今でも、それは変わらず続いている。
この公園は、子供が集まる、活気のある公園だが。平気でゴミを散らかしていく奴も、後を絶たない。
それを、屈めた腰を痛そうに擦りながら、年配の管理人が一人で清掃しているのを、見かねて手伝い始めたのがきっかけらしい。
公園の出口で待つ管理人に、笑顔で挨拶を交わしてゴミの袋を渡し、手を洗って職場に向かう。これが、彼女の朝の日課だ。彼女の通る道だけでも綺麗になれば、十分助けになるだろう。
仕事だろうと偽善だろうと、人の為に行動できる奴を、俺は、人間として、魅力的だと思う。
俺は、女に対して、良いイメージなんて、持ち合わせていなかった。
俺の周りで、女といえば。自意識過剰で、着飾る事しか能がない女ばかりだった。爪が汚れるのを嫌がって、料理すらしないんだ。他人の為に、手を泥で汚すような事なんて、絶対にしないだろう。
自分で言うのもなんだが、俺はなまじ顏が良く生まれてきて。昔から、俺の内面なんて二の次の女ばかり、寄ってきた。変な女につきまとわれるようになって、引っ越したり、通報せざるを得ない状況に陥った事もある。正直、背筋が凍るくらい、怖かった。
嫌味に思われるから、同性の友人に相談なんて、したくてもできなかった。友人といったって、俺を合コンのダシくらいにしか、思っていないような奴らだ。
幸い、今は、何人か話せる奴に恵まれたが。人に囲まれているようで、実際は、孤独だった。
そんな中で彼女ときたら。俺になんて全く気付かないで、ゴミばっかり見ていた。
俺はゴミ以下か! と、突き付けられて。けれど俺は、かえって清々しかった。
これも口にはできないが、時には同性からでさえも、いつも絡みつくような視線に晒されているから。それがない事が、とても気持ちが良かった。
それからは、公園で、軽く休憩をするようになった。変わらず俺に気付かない彼女を、それこそ楽しくて、遠くから見るようになっていた。
ほんの出来心で、彼女の笑顔を携帯電話のカメラに収めた頃から、気付いたら。俺にも、その笑顔を向けて欲しい、と思うようになっていた。あんなに嫌がっていた視線が、彼女のものだけは、欲しくなった。
その感情が何なのか、その時は分からなかった。
「仕事、頑張れよ」
「は、い。ありがとう、ございます」
頭を撫でて見送ると、顏を仄かに紅く染めて、おずおずと笑顔を返してくれる。その温かい笑顔に。いや、彼女の傍にいられるだけでも。心が、満たされる。こんな事は、初めてだ。
彼女にゲームを持ちかけた時。多少暴走はしたが、俺はあくまでも、彼女と話すきっかけが欲しかっただけだった。
心のどこかでは、どうせ、他の女とそう変わらないだろう、その時は、さっさと離れてしまえばいい。そう、思いながら。
だけど今は、そう思った事を後悔するくらい、はっきりと分かっている。
彼女のお人好しな所も。すごく照れながらも、俺自身を見ようとしてくれる所も。今まで会った女なら、「そんな事しないで!」と言いそうな、ゴミ拾いをする俺に。「ありがとう」と、笑いかけてくれる事も。
ああ、俺は。いつの間にか、彼女を。こんなにも、好きになっていたんだって。
できれば、俺を選んで欲しい。
けれど、こんなあったかいもんに出会えただけでも。俺は、きっと、幸せ者だ。
▽真中透の好感度が、上限を突き破りました。
読んで下さりありがとうございます。