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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
352/355

閑話 帰ってきて、一番やりたいことは?

 帰ってから一番最初に何をしたか?

(兄の人形を破壊)

 帰ってきて一番嬉しかった事は?

(二度目の嫁ぎ先は探さなくて良いと言われたこと)

 帰ってきて、一番やりたいことは?


 ***


 身長は元から高かった。

 おまけに健康である。

 公式記録は病弱で歩けない。

 真っ赤な嘘だ。


 嘘ばかりの世界で育った。

 だからといって慣れてたまるか。と、思う。

 国の為になると信じたからこそ、仲間の娘たちの事を考えればこそ、眠った。

 だが、そのやり口は納得できない。

 説明もなく、だまし討とは卑怯千万である。

 目が覚めて、生きててよかったと安堵すると思ったか?

 馬鹿め、冗談ではない。

 体力が戻り目覚めたのは、日にちもわからない深夜だ。

 一人で着替えると、愛用の乗馬鞭を手に取る。

 部屋がそのまま残っていたことを嬉しがると思ったか?

 慌てて整えたとわかっている。

 愛用の鞭は元より、いつも持っている。

 似た内装だが、壁の絵は似ても似つかない家族の肖像。

 すべて処分しているくせに、衣服まで同じような物が揃っていた。

 饗して歓待か?

 彼女はふっと鼻で笑った。

 習慣で鞭を持ったが、まぁ、この時は頭が完全におかしくなっていた。

 静まり返った王城で、彼女は更に奥へと入った。

 不寝番の侍女が悲鳴を上げながら追いすがる。

 男装で足の長い彼女には追いつけない。

 近衛は何とか宥めようと声をかけながら追いすがる。

 公王の居室に入るところで、新たな近衛や侍従が立ちふさがる。

 が、蝿のようなものだ。

 退けと指示するもどかない。

 ならばと押しのけて進む。

 公王のところへと側付きの少年が駆けて行くのを見送った。

 元気の良い子供が眠気も吹き飛んで、青い顔で走っていく。

 あら大変。

 と、思いつつも、近衛が近づくと笑って退けと顎をしゃくる。

 いよいよなればと、飛びかかってくるかと思ったが、彼らは全く弱腰だ。

 やってみろよという、高位の貴婦人とは思えない態度。

 まぁ近衛の方も、公王から妹殿下への扱いを指示されているのか、無理やり抑える気はないようだ。


 で、寝台の上で、半分寝ぼけている王。

 それをひっぱたいてやろうかと思ったが、この男は妹の癇癪など屁とも思っていない。

 何しろ、国のためと送り込んだ嫁ぎ先、知らぬと言われて信じられるかという扱いだった。

 それでも覚悟を決めて、最後は自分で棺に入った。

 だが、それも終わってみれば、何と救いのない話よ。

 彼女は、嘘も程度がある事。

 そして同じ扱いでも、誠意が必要だと思っている。

 嫁ぐ前に、知らせないのは、信じていない事だ。

 この着飾った人形以下だという事。

 信頼も何もかも人形以下であるという事。

 瞬間、沸騰した怒りに任せ、硬い乗馬靴で等身大の人形を蹴りつけた。

 王が初めて寝台の上で引き攣った息を吐く。

 腹、胸、顔、と硬い靴底でミシミシと踏みつける。

 それから人形の頭に両手をかけると掴んで引きちぎった。

 実に、彼女は力も強いのだ。

 その頭を寝台横の大きな窓に向かて投げつける。高価な硝子窓が砕け散って破片が外へと広がった。

 ついでに拉げた胴体を片手で持つと、その窓の残骸を蹴り破って露台へとでた。

 殿下殿下と呼びかける周りをよそに、その胴体を半分に折ると、見晴らしの良い露台から下へと投げ捨てた。

 深夜だ。

 下にいるとしたら兵士だ。避けられない方が悪い。

 と、投げ捨ててから開き直る。

 そして振り返ると、無言の近衛達と、オロオロする側付きの少年と侍従達が並んでいた。

 ロドメニィ殿下は、公王を露台から睨みつけて笑った。

 お前をこうしてやらないだけの分別はある。

 だが、次はお前だ。

 さぁ、捕縛するのか?


「妹は寝ぼけているようだ、片付けて新しい寝室を用意してくれ。それから、予備のアンネリーゼを」

 それに鞭を鳴らした。

「しばらくは、お母様は封印かな、うん、封印だね。おかえり、妹よ。相変わらず、君は元気だね」

 鼻で笑ってやると、公王は目元を隠した。

 あぁそういえば、こんな妹だったと思い出したか。

 外面は淑女で通しているが、中身は山犬。

 ニコル姫とは真逆の性質で、男が大嫌いな加虐趣味の女だった。

 では何故、そんな彼女がツアガに嫁いだのか。

 混合体比率だ。

 彼女は限りなく長命種に傾いた失敗例である。

 つまり、長命種として通用する臓器配分だった為に選ばれたのだ。ニコルと違って健康で寿命もあるという理由でだ。

 しかし、それは臓器配分だけの事で、彼女は体格も人族の中では飛び抜けて大きく。力も強く、そして気性も飛び抜けて荒かった。

 男なれば武人に。

 と、言う前に女で何が悪いのだと、一日鍛錬するような女であった。


 ***


 次の日から、色々と公籍復帰の手続きを行う。

 北の騒動が収まるまでの暫定の処置だ。

 新たに東マレイラへと兵を送り出し、東部安定と共にツアガへ向かうのだ。

 色々な記憶がよぎる。

 嫁ぐ儀式、同行する花嫁達、ツアガの城でのこと。

 説明を受けて、島へ渡る最後の日。

 眠りは心地よかったが、どこかでこの国に、家族に裏切られたのだとわかった。

 前の公王とは違って、正しく人を扱ってくれると、どこかで信じていたのかもしれない。

 馬鹿なことであった。


 これまでの事を、妹ならぬ甥に聞く。

 そして姪にあたる娘の事もだ。

 聞いて再び怒りがわく。

 この無能者めが。

 予備の人形遊びをしていた兄を殴る代わりに、もう一体人形をバラバラに破壊した。

 涙目の兄に鞭を見せると、また、黙った。

 次の日、政略の婚姻は一生強いない事を公王が約束した。

 たぶん、こんな妹は誰もひきとらないと思ったのかもしれない。

 さて、元気のありあまる公女殿下ではあるが、遊んで暮らせる未亡人の地位はいらない。

 彼女は安穏と暮らすのは嫌だった。

 端的に言えば、長い年月を眠って過ごした。

 もう、眠りたくもないし、孤独に引きこもるのも嫌である。

 そして変わってしまった故郷も、人にも活動的にあって回るつもりだった。

 だが、最初にこの世界の状況をよく知らねばならぬと感じた。

 信用ならない兄や議員連中ではない。

 では、誰が適任か?

 神殿は良心的だが、兄側だ。

 かと言って元老院は今、機能不全で調整中。

 軍部は獣人族の強硬派で埋め尽くされており、なんとも選び難い状況である。

 唯一、甥のところが中立に近いも、やはり神殿だ。

 まぁ選ぶとしたら、そこしか残っていないのも確か。

 なので、甥の妹にも会うついでにと、神殿へと行くことにした。ここでいう行くことにしたとは、荷物をまとめて神殿に行くという意味だ。

 未亡人としては極当たり前の、喪に服すというわけである。

 嘘っぱちだが。


 ***


 考えるよりも、行動する事は精神に非常によかった。

 つまり、神殿の生活はよかった。

 規則正しい生活と、仕事。

 様々な階層の人間との交流に、親族との語らい。

 荒んだ心が落ち着いた。

 仕事は、中央大陸に巡らせる巡検使の新しい組織づくりだ。

 神や魔物の世界になったと言われて、すんなりと納得できたのは、その魔物の世界にいたからだ。

 そして神の気配も知っている。

 甥と共に、新しい秩序を担う組織を作る。

 実に楽しく面白い。

 物を壊して回る性分に、非常にあっていた。

 そしてその他の余暇は、神殿兵と共に鍛錬だ。

 棍棒を振り回し、殴っては投げ飛ばし、陽が落ちるまで走り回る。それだけで生きている実感を嬉しく思った。

 そう、生きて動いて、話して笑う。

 だいそれた望みなどいらない。

 死んでいった女達、娘たち。

 皆、同じく生きたかったことだろう。

 代わりに大いに生きて怒りを振りまいてやるのだ。

 今度、あの腐れ人形を見たら、今度は燃やしてやろうと決めていた。


 甥と一緒に、甥の家族である娘に会った。

 猫を連れた、小さな少女だ。あぁかわいい、癒される。

 そして当たり障りの無い、気楽な世間話をした。

 実に癒される。かわいい。

 甥が呆れていたが、普通の親族はいい。

 だが、妹ではなく、姉であると何度も言われてから、そういえばこの少女が別種の精霊種であると思い出す。

 癒されるが、普通ではなかった。

 貴重な種であり、モルデンの男が命をかけた娘。

 そしてアンネリーゼの娘。

 思い出して、嫌な事に気がついた。

 娘が帰ってから、一応確認した。

 自分の考えは間違っているよな?

 それに甥は、呻いて顔を覆った。

「他に、俺の従兄弟もかな。だが政治的にも嗜好的にも、そういう興味ではない。むしろ奴隷だ安心してくれ」

 まったく安心できない。

「もし、そのような選択をしたら、公王は代替わりだ。妾が始末しよう。ついでにその親類も殺害してくれる」

「いや、コンスタンツェは、下僕だから」

「気持ち悪い」

「同意しか無い」

 城に一時帰宅した。

 嘘しか答えないと思ったが、一応真意を問いただす。

「もし、モルデンの末子が戻らねば、私が結婚する以外無いと思うんだよ、お母様」

 言った瞬間に、アンネリーゼの人形に火をつけた。

 油薬と火薬を無断で持ち込んで準備していたのだ。

 一瞬で謁見の間にたちのぼる火柱。

 阿鼻叫喚の騒ぎで流石の近衛も剣を抜く。

 それに彼女は笑って言った。

「妾を殺すか?

 構わぬぞ、だが、そこの無能も道連れよ」

 公王は、ため息をつくと周りを下がらせた。

「もしもの話よ、戻らねばというな。こうして言っておれば、余計な話や考えを持つ者も減る。」

 それに彼女は、目を釣り上げて睨んだ。

 玉座にありながら、彼は見下されて背中に汗をかいた。

 彼女は、昔、教えを乞うた教師と同じく、睨みつけるだけで相手を萎縮させる。

「彼女がいれば楽しいかなと思ったんだ、うん。彼女は良い子だからね。この薄暗い場所も、少しは暖かくなると思ったんだ、うん」

 それに彼女は、力を抜いた。

「では、いよいよなれば、無理強いはせずに、きちんと話し合うのだ。妾のようなだまし討はするでない」

 その言葉に、兄は頷いた。

 後悔している。

 加害者は兄であり、売払われたのは妹だ。

 だから、どんな怒りをも黙って受けいれる。

 実に、卑怯だったのは事実だからだ。

 昔からの決まり事だと、普通の婚姻のように送り出した。

 最後には無理やりだとしても、末路を知らせないのは酷い。

「でも、どうしてそう思ったんだい?」

「娘を見て、ゾッとしたぞ。もちろん、お前の嗜好にだ。

 その腐れ人形にそっくりではないか。前は、そんな人形ではなかったはずだ。気持ち悪い」

 妹からの軽蔑の眼差しを受けて、流石の公王も顔を手で隠した。

 作られる人形は、確かに趣味嗜好を反映し、最近は優しげな面差しに変わっていた。自覚はある。

「お前のような腐れた男は、近寄っても害にしかならぬわ。親戚筋のコンスタンツェもこの後、脅しつけねばな」

 意気込む妹に兄はため息をついた。

「あれは、信心だ。許してやれ」

「黙れ、変質者が」

 公王は胸をおさえた。誰も無礼な言動を咎めないのは、無言の肯定か。まだ、少しは常識があるらしい。

「娘の人形を作ったら、燃やす。いいな、職人にも伝えておけ。妾は偶像崇拝を許さぬ。神殿にも伝えておく。神聖教でも許されぬであろう。破門になる覚悟をしておけとな」

「心の慰めなのだ」

「では、似ていない姿にしろ。我慢ならぬが、見えない場所なら許そう。ただし、絶対に似せたら燃やす」

「何だか、炎の使徒みたいだね、うん」

「では伝えておこう、王城には燃やすべき不浄があるとな」

「私の負けだ」


 ***


 夢の中で、寄り添ってくれていた猫はどうしただろうか?

 ふと、仕事の合間に思う。

 可愛らしい猫であった。

 神殿の一室で、書類を処理していた。

 開け放たれた窓からは、カラリと晴れた空が見える。

 そして神殿には実に猫が多く飼われていた。

 いつの間にか家具の上や隙間にいたりもする。

 猫が好きな身としては、やはり、神殿は暮らしやすく楽しく思えた。

 毎日が幸せであり、どこか現実味が無い。


 生き残った。

 助かったのだ。


 だが、わかっていても、心はまだ、北にあるのだ。

 助かったのは、たまたまだ。

 娘が犠牲になり、それを何とかしようとしたモルデンの末子が来たからだ。

 本来は、眠ったまま死んでいた。

 恨みを言う場も与えられずにだ。


 恐ろしい、理不尽だ、ひどいじゃないか。


 あの場所に行った生贄達は、皆、夢も希望も捨てねばならなかった。

 ここにこうして生きている事の貴重なこと。

 決して、兄にはわかるまい。

 決断するも何もかも王の役目であろうが。

 それでも卑怯だと今でも思う。


 これで終わってほしいものだ。


 娘が目覚めたという事は、ツアガは滅びたという意味だ。

 後は与えられた夜を凌ぐ力を探さねばならない。


 後日会った甥の従兄弟は、兄の言うとおり信者であった。

 要注意には変わりないが、どう見ても異質すぎた。

 そんなコンスタンツェからの提案を、ずっと考えていた。

 要約すると、王都を捨て南に下ろうと言う提案だ。

 それは実に興味深い話だ。

 だが、何処か心が動かない。

 何故だろうかと考える。

 まぁ理由は一つだ。

 兄を一人にするのが嫌なのだ。

 憎いと思うが、兄は孤独だ。

 一度捨てられた身ではあったが、あれの顔を見ると、どこか可哀想にと思ってしまう。

 馬鹿な話である。

 捨てられても結局は、兄を大切に思っている自分も、たしかに残っていた。

 これもまた、死ぬこと無く救い出されたおかげであろう。


 水が戻り、祭りが行われ。

 神殿にも新たな職階の者の教育が始まる。

 娘のおかげが、都での怪異は静まっていた。

 眠っている間の騒動を聞く。

 この穏やかな都が普通と思っていた。

 外殻が毎日、処刑者で溢れ、焚き火の如く火刑が続く。

 乾燥し働く場を失った者であふれた街並み。

 夜になれば異形が這い回る恐怖に満ちる。

 それが今では散発的になり、娘が暮らす場所を中心に、すべてが穏やかになっていた。

 確かに、これは娘自身がここにいて良い状況ではない。

 このままでは生き神として神殿に据え置かれるか、もっと不幸な道に進んでしまいそうである。

 モルデンの末子が帰還し、南に下るのが一番の解決と考えるも、それも不安が多い。

 が、まず、男が戻る事が前提だ。

 兄の気遣い?却下だ。


 ***


 今度の人形は、瞳の色だけ違っていた。

「まて、まだ、型を作り直している途中だ、燃やすなっメイ、頼む、まだ、出来上がっていなくて、眠れなくなるから」

 久しぶりに王城に呼び出されてみれば、腐れ人形が目に入った。

 可愛らしい茶の用意がされていたので、案内のままに座ったところで気がついた。

 思わず指で眉間の皺を伸ばす。

 急激な怒りと殺意に、久しぶりの癇癪が爆発しそうだ。

 初めて会った頃は、抱えられる大きさの人形であった。

 その頃も、それを母親と称して愛でていた。

 促成成長の弊害、信じられないが、だそうだ。

 精神的な部分に影響がでるのは、混合体の育成研究で実証されている。

 眠れないというのも、焦り具合から本当かもしれない。

 控える侍従が脂汗をかきながら、彼女に向かって頷いている。

 仕方がないので、そこは慈悲をかけた。

「早く作るようにしろ。出来上がったら、それは処分だ。職人に、もし今度、似せたら、お前のところに直接、妾が向かうと伝えておけ」

 噛んで含めるように侍従に言う。

 侍従と公王が頷く。

 そして侍従は人形の車椅子を引いて慌てて下がっていった。

 実は、ロドメニィ本人は、ちょと不思議だった。

 彼女自身には公女としての財産以外に、公王に対する武力も派閥も持っていない。

 兄が何故、こうして自分の言動を受け入れているのか、ちょっと不思議だった。

 王としての役割だった。

 お前自身も、王の系譜として当然であったのだ。

 で、突き通してもいいのだ。

 今更、どうして?と。

「忘れているけどね、公式に妹なのは、君だけなんだよ。うん。

 君だけが、僕が死んだ時の次代空白を埋められるんだ、うん。

 次の混合体の予備はあるけどね、それでも、それがここに座るには時間がかかる。

 その間の空白を埋めるのは、君が一番手なんだ。

 そして、僕の中では、君が、一番いいのだ。」

 そう言われて、彼女は、怒りと悲しみと、複雑な思いに目をそらした。

「でも、こんな椅子には誰も座りたくないのは、知ってるしね。うん、そうだね。

 こんな話は、まぁもしものことさ。僕は、まだまだ生きるし、好きに国を動かすのさ。

 さて、ちょっと脱線したけれど、これを見せようと思ってね」

 人払いをさせて、影の人員だけになると、兄は妹に紙の綴を渡した。

 数枚の綴りは、今回のツアガ掃討投入された人員の名簿だった。

「モルデン末子と並行して、投入した人員だ。マレイラ方向での待機組、山越えもね、うん、含めると結構な数を送った。

 まぁ本命は本命だけど、囮でもあった。もちろん、知らせていたぞ」

 睨まれた兄は、慌てて言いたす。

「やっと死亡確認の作業と救出活動が軌道に乗ってね、神殿からも順次人員を送れそうだからね、うん」

「公式発表とは差があるな」

「それは、うん、そうだよ。ツアガは内乱によって壊滅するのだから」

「こうなる前に、何故?」

「そう、だね。でも、僕たちは見えないんだよ」

 恐る恐るといった風に、兄は妹に言った。

「僕たちにはね、何も見えないんだ」

 失念していたが、確かに、唯人には見えないし聞こえない。

 見えない者は気が付かない。

 ああして壊れたから、手が付けられた。

 もっと早くというのは、結果論だ。

「これは当分、伏せておくことになる。最後だね、うん、最後の頁を見てごらん」

 最後の数枚は、モルデン末子の部隊の生存者だ。

 それに息を吐く。

「戦争にならずにすみそうだね」

「妾も兄を殺さずにすみそうで、ほっとしたぞ」

 笑えない冗談に兄妹は顔を見合わせた。

「時に、君も南に行くのか?」

「知っておいでか」

「辺境伯がな、計画を仕切っているよ。まぁ、このままここに置いておくには無理があるのは、承知しているよ」

 鱗の頬に手を置く兄は、微笑んでいた。

 奇矯な兄である。

 卑怯な兄である。

 だが、それでもまだ、見捨てるには忍びない心がある。

「ここに残るぞ、馬鹿な事を聞くな」

 驚く兄の様子に、彼が予想もしていなかった事を知る。

 まぁ日頃、人形を壊して焼く妹だ。さっさと出ていくと思ったのだろう。

「妾の自由になる財産を新しい事業につぎ込み、南とつなぐのだ。当分は神殿で活動し、軌道に乗ったら、また、こちらに来て行政府と調整だ。

 まぁ、議会を通すから安心しろ。いや、邪魔をするなよ」


 ***


挿絵(By みてみん)

(兄妹喧嘩)

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