下がってて
出だしの部分は、遠くから神の視点で眺めている感じを出したかった。今一な出来だったけど。
いきなり戦っているシーンから入ったのは大して意味は無い。強いて言うなら出だしに変化を付けたかったから。
戦闘時とそれ以外でマイの態度が少し違うのは、軽い伏線のようなものだと思っていてください。多分本編で理由を説明することはないけど。
前回のあらすじ:何とか魔物を引けた一義たち、しかし一義はチート能力を制御しきれず、マイに怪我を負わせてしまった。
まるで世界全ての時間が止まってしまったようなその場所で、止まらずに動いている影が、4つ。
一際大きな影は、歪な姿をしていた。綺麗な若草色の身体、横に長い細い胴と、何本もある細い脚、そして内側に向けて棘のある特徴的な前脚。全長3メートルほどある巨大なカマキリのような姿をしていた。
残りの3つは、人の姿をしている。
いや、その中で1番小柄な影は、よく似ているが人間そのものの姿ではない。山羊のような反りのある角の生えた少女だった。
影たちは、戦っていた。もっと言うならその内の2つがぶつかり合っていた。
カマキリの化け物と、小柄な少女、不釣合いな2つの影は、一見すれば互角の戦いを演じているように見える。
だが、よく見れば互角ではない、少女が押されていた。
少女の着込んだクリーム色の服は、所々赤く染まり破れているところもある。
一見図体が大きいばかりで、細かい動きに対応できないように見えるカマキリは、その大きすぎる鎌だけでなく、脚の1本1本を使って少女を追い詰めている。
なぜか、前脚の鎌だけでなく、細い脚に触れただけでも少女の生傷は増えていく。
その戦いを眺めるのは、残っている2つの影。
片方は、まだ少年といっても良い年齢で、二つの異形同士の戦いを、ケータイを片手に余裕を持って観戦していた。
もう片方は、青年と少年の間くらいの見た目で、ケータイを両手で握り締め、顔色が悪く、汗も大量にかいている。
少女は、傷が増えるのも構わず、カマキリの腹の下へ潜り込むと、そこに手を翳して言い放つ。
「スキル!」
少女の、青年は手のなかにあるケータイのボタンを押し込んだ。
『IMPACT』
昼、まだ日も高い時間帯、スーパーから、お惣菜パンの詰まった袋を手に1人の青年が歩いて出てきた。その顔は、傍から見ても、何か思いつめているようにも見える。
しばらく、袋を手に突っ立っていた青年だが、やがて、心ここにあらず、といった表情で歩き出した。
一義は、気分が晴れなかった。
結局、また公園に連れて行くという、少女との約束も果たせていない、それどころか、あれから話してもいない。一方的な罪悪感とはいえ、今あの少女と話すのは気まずくて仕方なかった。
とは言っても、まだあれから一週間も経っていないので、まだそこまで大事ではないのだが。
次、戦うときまでに、こんな気持ちは何とかしなければならない。……次、戦うなら。
そう、本当に自分が戦って良いのだろうか。勿論戦うしかない、それは解っている。
だが、このままの自分が戦いに参加していて良いのだろうか。そう一義は思う。
自身には何か、決定的な物が足りない、そう思えて仕方ない。
「……」
だがその足りないものは、自分の中を探しても見当たらない、形も色も掴めない。
一義は、もはやおなじみと言っても良い動作で、ケータイを開き、例のメニューを表示する。
『SP719』『残り422』
この数字は、自分の命だ、そして、あの少女の命でもある。
それを、自分が、握っている。
「……」
一義は、急に見ていたく無くなってケータイを閉じた。
逃げ出したくなった。戦いからではなく、少女から。
戦いから逃げれば少女は死ぬ。しかし、戦い続けても、きっといつか死ぬ。
一義は最後まで勝ち残れるとは思っていない、そのつもりもない。いずれ自分が傷つかないように負ける、そんな考えで少女の傍らにいることが、許されない事のように感じた。いや、感じた、ではない、許されないのだ。
最初から、見捨てるべきだったのだろうか。それは違う、例えどんな結果になっても、何もせず切り捨てることよりは良い筈だ。
今、もう嫌だと逃げるべきだろうか。それもいけない、自分が勝手に迷って、勝手に嫌だと感じているだけのことなのに、それをあの少女に押し付けるのは、違う。
ならどうすれば良いのだろうか。
「……ん」
一義は閉じたケータイをもう一度見つめる。
どうすれば良いか、そんなことは決まっている、判っている。自分が迷わなければ良いのだ。
今度こそ本当に戦いと、彼女と向き合い、せめて出来るところまでは自分も全力を尽くす。そう言えば良いのだ。
しかし、一義にとってそれは容易ではなかった。
きっと怖いのだろう。他人事のようにそう思う。
正体の掴めない不気味なゲームが。人の息吹の感じられないあの空間が。パートナーという得体の知れない異形達が。戦いの中で自身が傷つくことが。手違いで誰かの魂を傷つけることが。あの少女を戦いの中に放り込むことが。自分のせいで戦っている彼女が傷つくことが。全力を尽くすなどと言って置きながら、きっとまた言い訳をして逃げ出すであろうことが。
そして、そこに行ってしまえば、きっと引き返せなくなる。今いる場所と隔てるように自分の中に壁が出来る。
その壁は、きっと強固ではない、しかし、後ろ歩きの自分では突き破ることも出来ない。
今ならまだ、苦しくても、痛くても、嫌でも、切り捨てることが出来る。引き返せる。
きっと今、自分はギリギリの場所にいる。戦うか、逃げるか。
今すぐに決めなければならない訳ではない、しかし、自分が自然に決められるまで待っていたら、少女は、もういなくなっている、そんな気がする。
「…ぁ」
一義は突如鳴り出したケータイに、思考を中断する。
いつの間にか、だいぶ住処の近くまで来ていたようだ。
一義は周りを見回す、周囲には人はそれなりに居るが、ケータイの着信音は聞えない。だが、マナーモードと言うこともある。
誰かから普通に連絡が来ただけか、それとも……。
息を止めて、ケータイを開こうと手をかける、いや、かけようとした、その瞬間。
『GAME START』
電子音声が聞えた。
吐き気がして、一瞬で収まる。
一義が立っていた場所は全く変わらない、だが、変わっている。そこは、今まで2度訪れた戦いの場だ。
「…えっ?」
一義は、状況が飲み込めず、小さく声を漏らす。
何故、いきなりここに居るのか。
一義が首をめぐらすと、1人の少年が視界に映った。
一義よりも2つか3つ下だろうか、一見すればどこにでも居るような、ちょっと地味な少年だ。その少年は、表情を引き締め、ケータイを片手に一義に視線を寄越している。
誰だろうか、いや、ここに居る以上彼もプレイヤーなのだろう。そう考えた一義は、とにかく声を掛けてみよう、と口を開いた。
「あの、君…」
だが、まるで一義の言葉を遮る様に、少年がケータイのボタンを押した。
『CALL』
その瞬間現れるのは、黒いエンブレム。模られているのは、昆虫の頭部のような歪な逆三角形、カマキリの顔のように見える。
一義はようやく、少年が戦うつもりだと言うことを、自分をここに連れて来たのが彼であるということを、飲み込んだ。
よく考えれば解りそうな事だったが、今まで、と言っても2回だけだが、一義は戦う前に声を掛けるか、掛けられるかしていた。だが、このゲームには、戦う前に挨拶をしなければいけないなどと言うルールがあった覚えはない。
不意打ちでもなんでもなく、それが許される戦いなのだと、一義はこのときやっと気づいた。
少年の横のエンブレムから、窮屈そうに姿を現したのは、巨大なカマキリそのものだった。
不気味なほど大きい複眼、細かく動く顎、細く柔らかそうな関節。
さほど近くでもないのに、その大きさから見ることが出来た昆虫の細部は、グロテスクなようにも、美しいようにも見える。
待機しているカマキリの横で、少年は何かを待つように、いっそ不思議そうな顔で、動かない一義を見つめてきた。
「呼ばないんですか?」
一義は、その少年の言葉に、呼びたくない、そう返したかった。
だが呼ばない訳にはいかない。ずっと頭の中で渦巻いている後悔や、罪悪感が消えた訳ではない、しかし、一義はもうここに来てしまっている。戦わなければいけない、少女に戦ってもらわなければいけない。
一義は少年を見る、出来れば今は戦いたくはなかった、何故よりによって今なのか、そうも思った。しかし、それで彼を責める事は出来ない。責められるべきは一義自身である、それが判っているから、一義は、ケータイを開く。
『CALL』
彼女を呼び出すのは3度目だ、だが、彼女を呼ぶ度何か大切なものを失っている、そんな気分になる。
一義の横のエンブレムから現れたマイは、状況を一瞬で理解すると、一義に一言もかけずに、カマキリを睨み付け一歩前に踏み出す。
マイを呼び出したは良いが、戦う前に何か一言少年に言った方が良いだろうか。などと一義が考えていると、少年のほうが先に動いた。
『SHARPEN』
「メルタ、行って来い」
少年の言葉が響いたと同時に、カマキリがその複数の脚を器用に動かし、音もなく一義達の方に向かってくる。
マイも無言のままカマキリを仕留めるべく飛び出して行く。
それに対して、一義は相手が最初からスキルを使ってきたことに驚いていた。
今まで戦ってきた二人は、いざと言う時までスキルは使わなかったと言うのに、今対峙している少年はまるで出し惜しみせずスキルを発動させた。
スキルを使うと言うことは、SPを消費すると言うこと。SPを消費すると言うことは、寿命を削っていると言うことである。
それを躊躇いなく実行する。
いきなり戦いを仕掛けてきたことといい、この少年の戦いに対する姿勢は、今までの相手とはまるで違う。
一義は警戒にも嫌悪にも似た感情で、少年を見る。
もしも、戦いにこれだけ積極的な彼が、プレイヤーを傷つけることに躊躇いがなければ、自分も危険ではないのか。先ほどはパートナーを呼ぶのを待ってくれたが、不利になれば自分を狙ってくるかもしれない。
一義は、そっとケータイを握り締める。
今は彼が、そんな人間でないのを祈るしかない。
そして、一義は先ほど少年が使ったスキルがどんなものなのか、それを考えようとした時、2体のパートナーが接触を果たす。
こうしてパートナー同士が対峙するたびに思うが、マイはやはりあまり強そうには見えない。勿論見た目では判断できないことも、一義には判っている、今まで彼女は勝って来たのだから。
カマキリがその棘のある前脚を振り上げようとするのを、マイは棘の付いていない外側を、片手で押さえつけることで止めようとする。
そこで一義は、自分がスキルの画面を表示していないことにき気づき、慌てて開こうとする。
スキルは一義たちにとって生命線だ。もしも今マイが、カマキリの前脚を吹き飛ばそうとスキルを要求してきても、一義が反応できなければ、大きな隙になってしまう。
「っつ…!」
だが、マイはカマキリの前脚に触れたところで、手を引っ込め自らもカマキリと距離を取る。
焦りながらもスキルを表示した一義が、何事かとマイに眼を凝らせば、マイの手、カマキリの前脚を掴もうとした手から、血が滴っている。
「なんで……!」
一義は驚いてカマキリの前脚を確認する。だが、先ほどマイの掴もうとしていた場所は、棘などもなく綺麗なもので、どう見ても触れただけで怪我を負う様には見えない。
そこで一義は、先ほど少年が使ったスキルを思い出す、もしかすればそれが原因ではないだろうかと。
あのスキルを使ってから、目で見える変化はなかったが、それを使ってからカマキリを動かしたと言うことは、何かしら戦いに有利に影響するスキルと言う事なのだろう。
詳細は解らないが、触れると切れるスキルとかそう言う物なのかも知れない。
それに思い至った一義は、前回の戦いで使用したナイフなら、そのスキルに対抗できるのではないかと、マイに対し口を開く。
「ねぇ、こっちもスキルを…」
「合図したら使って!」
マイの声に一義は押し黙る、戦っているのは彼女であり、戦いを知っているのも彼女である。何か考えがあるのだろう、と頷いて邪魔をしないように後ろに下がる。
「……解った」
一義の言葉を聞いたからなのか、マイは再びカマキリに突っ込んでゆく。
突っ込んで行くとは言っても、流石に再び前脚には触れようとはしない。
カマキリの横に回りこむように駆けて行き、その長い腹に拳を叩き込もうとする、だが、カマキリの細い脚が、マイの動きに合わせるように器用に動く、その脚に阻まれ、マイはまた腕を慌てて引いた。
しかし、少し触れただけだと言うのに、マイの拳はきれいに切れており、血が溢れ出している。もし直撃しようものならこれでは済まないだろう。
マイがその手を眺め、どう攻めるか考えていると、カマキリは今度はこっちの番だ、と言わんばかりにその細い脚を、棘のある前脚を振り上げ、マイを捉えようとする。
当然マイも逃げ徹して避けようとするが、カマキリの脚は一本ではない。前脚も合わせて6本、どんな位置に居てもマイの姿を追いかけてくる複眼と、自在に動き回る脚から逃げ切るのは、至難の業だった。
実際、カマキリが脚を踏み出す度、その鎌を振るうたび、マイに刻まれている傷は増えてゆく。
マイは顔を顰め、カマキリの脚から逃げ惑いながらも、活路は既に見出していた。
先ほどから、逃げ回りながら何度か、カマキリの腹や胸に、手を掛けようとすれば、まるでそこを庇うような動きで阻んでくる。
恐らく、この鬱陶しいスキルの効果は、カマキリの脚にしか及ばないのだろう。
近づき難いが、突破口は相手の腹の下である、マイはそう考えていた。
マイがカマキリの脚を避けながら、横目で確認すれば、一義はケータイを両手で持ち、不安そうな顔で戦いを見守っている。
腹の下に潜り込めば相手は無防備になる、行ける筈。マイはそう思い、カマキリの前脚が肩を掠めるのも構わず、カマキリの腹の下に滑り込む。
そして、見るからに軟らかいその腹に手を押し付けると、自らの必殺の一撃を放つため、一義に聞えるように吼える。
「スキル!」
マイの声に、一義はケータイのボタンを押し込んだ。
『IMPACT』
しかし、静かな世界に轟音が響くことはなかった。
「飛んだ!?」
一義は、上を仰ぎ見て、驚きの声を上げる。
カマキリが、その薄い透明な羽を広げ飛んでいる。
さほど高く飛んでいる訳ではない、むしろ跳んでいると言った方が近いとも感じる。緊急脱出手段なのだろう。
その場で留まることは出来ないのか、カマキリは下にいたマイも、一義も飛び越えて、真っ直ぐ飛んでいく。身体が大きいために、少しだけ飛ぶという事が出来ないのかもしれない。
だが、今は人が居ないとはいえ、一義たちが戦っているのは、元はいたって普通の通りである、建物もあれば、電柱もある。直線にしか飛べないカマキリが、羽など広げていれば、至る所にぶつけ、最悪羽が折れててしまうだろう。
「…えっ!?」
だが、そうはならなかった。
確かにカマキリの羽は様々な場所にぶつかった、電線、店の壁、電柱、街灯、しかしカマキリの羽はそのことごとくを、切り刻んでいった。
恐らく、先ほどからマイを苦しめているスキルの効果には、カマキリの羽も対象に含まれていたのだろう。
今までは、避けてきたから良かったものの、今見せ付けられた切れ味は、一義に真っ二つになった少女の姿を予見させるには十分だった。
一義たちの向こう側、丁度主人である少年と、一義たちを挟むような位置に、降り立ったカマキリは、いっそ優雅にすら感じる動きで、一義たちのへ身体を向ける。
「……どうしよう」
今まで以上に勝てるかどうか不安になってきた一義は、傍らに戻ってきた少女に問いかける。もはや、戦いが始まる前は、少女を戦わせたくない、などと考えていたことは頭にない。
マイはそんな一義に、一瞬だけ視線を寄越すと、カマキリを迎え撃つべく踏み出しながら口を開く。
「あなたは、下がってて」
マイは現在一義のことをあまり信頼していません。それどころか、軽く使えないと思ってます。
今日のパートナー:メルタ
大きなカマキリ。それ以上でも以下でもない。
身体は大きいが、意外と細かな動きが得意で素早い。最大の弱点は脆い事。
地味だがいやらしいスキルが多く、上手く接近戦に持ち込むのが勝利の秘訣。
モデルはカマキリ。
趣味はスキー。
今日のスキル:シャープン
カタカナに直すとちょっと間抜けな響きのスキル。
6本の脚と羽を、刃物のように触れたものが切れるようにする。
切れ味は非常に良い、というより、相手の強度に関係なく触れれば切れるので、同じような性質を持ったものでなければ受けられない。例:マイのナイフ
持続時間は5分、とってもリーズナブル。