表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

仕方ない

 前回前書きに後悔していないと書き忘れた、後悔していない。

 文章って書き始める前は、何も思いつかないけど、適当でも書き始めると続きが出来てくるよね。


 前回のあらすじ:神にもらったチート能力を使いこなせない一義は、戦うことに消極的になっていた。

「ふっ……!せぇっ…!」

 マイと銀色男の戦いは、膠着状態といってよかった。

 動きのあまり早くないらしい銀色男ではマイを捉えきることはできず、マイはマイで攻撃が当たる事もないが、どれだけ拳や脚を叩き込んでも相手を怯ませる事もできない。

 円盤の付いた腕を避けては、肘を狙って拳を振るい。唸りを上げて迫る蹴りに身をかがめては、軸足を払おうと脚をしならせ。相手が掴みかかってくれば、隙を突いて顎を打ち上げる。

 銀色男がうめき声の1つでも上げてくれれば、少しずつでも確かに効いている、と思うことも出来たのだろう。だが、元から声を出すという機能を持たないのか、銀色男は戦いが始まってから今まで無言を貫いていた。

 一義はこのまま戦っていれば、いずれマイが負けるような気がした。それは勿論、無言で迫る威圧感全開の大男と、山羊の角の生えた小柄な少女、と言うヴィジュアル的なイメージが全く無いことはない。だがそれ以上に、恐らくマイは銀色男の攻撃を、一撃でもまともに受ければ動けなくなるだろう、と言う確信めいた予想があった。

 以前あの猿と戦ったとき、マイは噛み付かれた肩の傷をはじめ、ずいぶんたくさんの生傷を作っていた。どう考えてもあの猿の噛み付きと、銀色男のボディーブローが同レベルだとは一義には思えない。

 普通の人間とは体の出来が違うのだろうし、一見すればアウトでも、もしかすればパートナーなら問題なく動けたりするのかもしれないが、それでも女の子が目の前で大怪我をするなんて一義は見たくはなかった。

 一義は、自らの手に持っているケータイを見る。はっきりと時間を計ったわけではないが、岡崎の言っていたフィールドの限界である7分にはまだ半分も達していないだろう。だとすれば、この状況を自力で打開できるのは現在表示されているマイのスキルのみ。しかし、一義はそのスキルすらマイの言葉が無ければ使い所を見極めることも出来ない。

「……」

 一義は悔しいような情けないような気分で、マイ達の戦いをケータイを両手で握り締めながら見守る。せめて彼女がスキルが必要だと言ったとき、すぐボタンを押せるように親指の位置を確かめながら。



 マイは、自身の攻撃が全く通用していないにも拘らず、焦る事も苛立つ事も無くただひたすらに、相手の隙を、窺い、作り出すために、効果の無いと判っている攻撃を続けていた。

 当然ながら勝算はあった、少なくともマイの中では。

 彼女たちパートナーについて、解っている事は彼女達自身ですら多くない。大雑把に言えばプレイヤーを護れ、SPを絶やすな、その程度である。どのように自分達が生み出されたのか、それすらも知りはしない。

 だが、彼女達パートナーにも、生まれたときから染み付いている本能のようなものがある。それが、戦い、倒すことだ。そのための力も、彼女達には用意されていた、その最たるものがスキルである。

 自身に許された3つだけの特別な力、主と自身の魂の刻限を削り繰り出す切り札。マイはそのスキルの中でも自身の持つ『インパクト』は破格の性能を有しているという自負があった。

 たった20のSPで、隙も少なく、相手にもよるが直撃すれば一撃で倒すことも狙える。射程が短いこと、手からしか出せないことを差し引いても、これだけのものは中々無いと断言できる。

 だからこそ、マイには確信があった。決まれば勝てると。

 後は相手に取り付いて、自身の頼りない主に、スキルを使え、と言えるだけの隙を見つけられれば、勝てる。銀色の巨躯から繰り出される蹴りを避けながら、マイはそのスキルを叩き込むタイミングを窺う。



「……」

 一義は、目が痛くなるのではないかと思うほどの時間、瞬きをせずに、いや出来ずに、2体のパートナー同士の戦いを固唾を呑んで見守っていた。

 銀色男の腕が、脚が、円盤が、自分のパートナーである少女の腕を、脚を、角を、掠りそうになるたびに、一瞬肩が振るえ息が止まる。

 興奮のせいか不安のせいか、一義の頭の中はいまいちはっきりとしない。まるで散髪直後のような、そこだけが切り離されて、軽くなったかのような錯覚を受けた。

 これではいけない、いざマイの言葉が来たときに反応できない。そう思った一義は頭を振り、酸素も補給しなければと、大きく息を吸い込む。この空間に酸素があるかは怪しいが、先ほどよりいくらかはっきりした頭で、2体の戦いに目を向ける。

 先ほどから避けて殴って、避けられ殴られ、を繰り返しているが、一向にどちらも消耗する気配が見えない。

 向こうのプレイヤーはどうしているのか、と一義は視線をめぐらす。いた、銀色男のさらに後ろ、巻き込まれないように下がったのか、先ほどより離れたところで、ケータイを片手にこの状況を見守っている。

 その様子に、一義は安心した。

 自分だけではないのだ、こんな戦いを見せ付けられて何も出来ないでいるのは。それが普通で、正しいことなのだと。

 一義が青年に親近感すら覚え始めた時、銀色男とマイとの戦いに動きがあった。

 先ほどから続く拮抗を崩したのは銀色男、言葉には出来ずとも自身の周りを動き回るマイに苛立っていたのだろう。

 今まで小さな動きで攻撃を続けてきた銀色男が、マイがバランスを崩したように見えた一瞬、一際大きな動きでマイの体を抉り取ろうと、円盤の付いた腕を振り上げる。

「……ぁっ」

 避けられない、と一義は思った。今までの規則的な、いっそやり慣れたゲームのような動きとは違う。

 何かに躓いたのか、見えないだけで疲労が溜まっていたのか、それは解らないが、マイの体勢は崩れ、このままでは円盤の刃に、銀色の腕に、その細い身体が打ち上げられる、そう見えた。

 しかし、いざ銀色男が、その逞しい腕を地面に打ちつけるように振り下ろしたとき。叩き潰され無様に転がる少女の姿は無かった。

 銀色男が殴りかかってきた瞬間、マイはまるでバランスを崩していたのが嘘だったかのように、滑るような動きで前へ踏み出し、その懐へ入り込んだ。

「スキルをっ!」

 マイの声に、呆けていた一義は息を吹き返し、一拍遅れてケータイのボタンを押す。マイは、人間で言うと銀色男の鳩尾の辺りに手を当てていた。


『IMPACT』


 前回と同じ、轟音。工事現場の近くでも早々聞けないようなその音に、一義は耳鳴りを覚えつつも勝利を確信していた。以前戦った猿は、この一撃で終わったのだから、今回もそのはずだと思っていた。

 銀色男の巨体が、後ずさり、大きくぐらつき、そして――倒れない。

「えっ」

「なっ!?」

 声も表情も解らなくとも、確かに苦しんでいるのだと言うことが判る、今にも膝を突き崩れ落ちてしまいそうな銀色の巨人は、しかし、体は小刻みに震えていても、自身の脚で立っていた。

「クソッ…シーゲル、スキルを使うぞ」

 今まで傍観しているだけだった青年の言葉を追うように、一義の下にも小さく電子音声が届く。


『CIRCULAR』


 一拍置いて、まるで金属同士を高速で擦り合わせているような耳障りな音が響き始める。それはマイのスキルのように一瞬で消える音ではなく、時間を重ねるごとにどんどん大きくなっていき、ついにはそれ以外の音が聞えないほどになる。

 耳元で金属を加工でもしているような騒音に、一義は顔を顰めつつ、音の大本であろう銀色男に目を向ける。

 回っている。銀色男がではない、彼の全身至る所に取り付けられた、あるいは埋め込まれた、円鋸の刃のような円盤が、回っている。

 銀色男はダメージが大きいのか、幸い今すぐに動けるようには見えない。だが、ただでさえマイにとっては一撃必殺と言ってよかった攻撃に、あの鋸の刃まで加わるのだ、そう簡単に近づいて反撃を掠りでもすればタダでは済まないだろう。

 見ればマイは、顔だけ一義の方を向き、煩そうに眉間に皺を寄せながら、何事か口を動かしている。だが、この騒音の中で、一義はマイの言葉を断片的にしか聞き取ることが出来ず、何を言っているのか解らないと出来るだけ大声で聞き返す。

 パートナーの聴力が優れているのか、それとも状況から聞えていないことを察したのか、マイは今や全身凶器と貸した銀色男を警戒したまま、心なしか焦った様な顔で一義の下まで下がってくる。

「今がチャンスだから!一気に畳み掛けたい!右上のスキルを押して!」

 マイは一義の横で、この音の中でも聞えるように、大きな声で区切って用件を伝えてくる。

 右上のスキル、一義は耳を塞ぎたいのを歯を食いしばってこらえ、ケータイの画面に目を落とす。現在カーソルの合わせてある『インパクト』の横には、『soul cutter SP30』と書かれたボタンがある、恐らくこれが先ほどマイの言っていた『ナイフとか出せる』スキルなのだろう。

 一義はそこにあるSP30と言う字を、恨めしげに睨みつつボタンを押し込む。


『SOUL CUTTER』


 その瞬間、マイの手の中で淡い光が散ったと思うと、銀色とも灰色とも付かない刃渡り15センチほどの、シンプルな両刃のナイフが握られていた。

 マイはナイフを強く握りなおし、一義には目もくれず未だ動けずに居る銀色男に向かって走り出す。

 流石にこのままでは拙いと感じたのか、銀色男は回り続ける円盤の付いた腕を振り上げる。すると先ほどまでしっかり固定されていた円盤は、銀色男の腕から外れ、まるで磁石に吸い付けられるようにマイの頭を狙い襲い掛かってくる。

 マイは速度を緩めることなく、正面から向かってくる円盤にナイフを翳す。ぶつかり合う全く違う種類の刃は火花を散らしながらも、折れることも削れることもしない。いや、目を凝らせば少しずつ削れている。

 円盤の刃が削れている。

「…邪魔ぁっ」

 マイが力任せにナイフを押し込むと、回転していた円盤は真っ二つ、とは行かなかったが、ナイフの刃の上を滑るように軌道を逸らされ、マイの角のすぐ横を通り過ぎて行く。

「ひっ」

 目標を通り過ぎた円盤は、そのまま後ろに居た一義の足元の地面を抉る様に止まる。一義は後数歩前に居たら危なかったと、顔色を悪くしながら後ずさる。

 マイは銀色男の全身にある円盤など目に入っていないかのように、懐へ突っ込んでいく。銀色男もこのままではいけないと考えたのか、先ほどまでより遅い、いっそ弱弱しいほどの動きで、まるでマイを抱き締め様とでもするかのように腕を輪にして覆いかぶさる。

 だが、全身が鋸のようになっている今の彼に抱き締められれば痛いでは済まされない。

 マイもそれが判っているのだろう。腕の間をすり抜けるように銀色男の頭に手をかけると、その手に持ったナイフを銀色男の首に柄まで突き立てた。

 1度ではない、驚くほどあっさり抜けたナイフをもう1度首に突き刺す。

 また抜いて、突き刺す。まだ抜いて、突き刺す。そして、そのたびに黒にも銀にも見える、どろりとした液体がナイフに纏わり付き、銀色男の首を伝う。

 一義は、その光景から眼を背けるために、あらぬ方向を向いて先ほどから響いている騒音に耳を傾ける。今は、何も聞えなくなるその音が一義にとって救いだった。



 だが、やがてその騒音も小さくなり、消える。まるで心臓の鼓動のように。

 前回もそうだった、戦いが終わってから、少し勝利が確定するまでに時間が掛かる。その少しの時間を、一義は何も見ないように、何も聞えないように、俯いて電子音声を待つ。


『YOU WIN』


 そしてまた、堪えられる吐き気と共に世界が元に戻る。

 勝った、また勝った、勝ってしまった。

 一義は、2回目であるのに最初となんら変わらない地に足が着かない状態で、元の世界に戻ってきた。

 バトルのボタンを押したときと同じ、腰を折った姿勢で青年と向き合っていた一義は、脚に上手く力が入らず転びそうになる。

 一義が未だ覚束ない足取りで姿勢を正し青年を窺うと、彼もまた、半分夢を見ているような表情で一義を見ている。

 一義にもその気持ちは解る気がした。こんなことに巻き込まれて一週間、もしかしたら全て夢で実際は何も無かったんじゃないかと、そうであればいいのにと、そう思ってしまうこともある。負ければ、それが許される。

「…その、すいませんでした」

 一義が上げたばかりの頭を再び下げると、青年は、困ったような、ばつが悪そうな顔で小さく言う。

「…いや、謝ったりとか、そういうのじゃないと思うし…」

「……はい」

 そのまま、少しの間2人言葉も無く向き合っていたが。まるで逃げるように一義が背を向けて歩き出す。

「…あの、それじゃあ。…すみません」



 青年からだいぶ離れたところで、一義は開きっぱなしになっていたケータイに視線を落とす。


『SP887』『残り430』


「だいぶ…増えたな」

 しかし、考えてみれば今これだけSPがあっても、全プレイヤーの合計SPはどんどん減っていくのだから、ゲームが進めば進むほど戦いが厳しくなると言うことだ。なんとも夢の無いシステムである。

「……ん」

 画面の中のコールのボタンに目がいき、一義は先ほどの光景を思い出してそっとケータイを閉じる。

 彼女が悪い訳ではない。そういうゲームなのだから仕方が無い。そう考えても一義の心は晴れない。

 軽蔑しているのだろうか、それは違う、違うはずだ。恐れているのだろうか、それも違う、きっと違う。哀れんでいるのだろうか、それは、近いかもしれない。

 一義は、無性に自分のパートナーである少女に謝りたくなった。自分のせいで彼女が戦いに参加している、あんな血生臭いことをしている、そう思えた。

 だが、今ケータイを開く気にはなれない。

「…仕方ないじゃないか」

 何が仕方ないのか、それは一義自身にも解ってはいなかった。だが、まるで意味の無いその言葉を、一義は自分に言い聞かせるように繰り返す。


「……仕方ないじゃないか」

 一回しか出てこないキャラは基本的に名無しです。



 今日のスキル:サーキュラ

 

 シーゲル君の主力スキル。

 身体についている全ての刃を回転させる。騒音で(自分と)相手の音を奪うことも出来る。

 本体から飛ばせるのは、本当は一枚だけではない。ただし、飛ばすためにはそれなりに大きく動かなければならないので、元気のない時は使えない。

 ちなみにマイのスキルを受けたときのシーゲル君は、人間で言うと臓器の幾つかが弾け飛んでいる状態。瀕死も良いところ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ