話がしたくて
この小説を書いていたら、安くなるまで待つと決めたはずのデビルサバイバー2を買いたくなってきた。後悔はしていない。
前回のあらすじ:説明回、変なおじさんに絡まれた。
世界が変わった。何が変わったのかと訊かれても上手く答えることはできないのだが、とにかく変わった。つい今まであった筈の、本来なら今もある筈の何かが消えた。
音が無い、道路を走っていたはずの車は停止しエンジンの音もしない、遠くから聞えてきた小さな人の声もない、電線に止まっていた鳥の鳴き声まで消えた。耳が痛くなるほどの静けさがその世界を支配している。
風が無い、ついさっきまで弱いながらも髪を撫で、木をそよがせていた風が無い。吹いていない、というのとは違う、止まっている。まるで空気そのものが透明なガラスでできているかのように、張り詰め、動くことを許さない。
生気が無い、先ほどまで道を歩いていたはずの人々が消えた、止まっている車の運転席はどれも無人で、ガラス張りの店の中にも店員も客も見当たらない。何の変哲も無い家でさえ、戸を開ければ中に人が居るのだろう、そこに家族の営みがあるのだろう、そう思うことができない。
まるで世界の全てがプラスチックでできた模型のようだった。……いや、全てではない。
数秒ほど呆然としていただろうか、後ずさって距離を取りながら、震える唇で一義が男性に問いかける。
「……あ、あの、何かしたんですか?」
目の前に居る男性はこんな明らかにおかしい状況であるのに、気づいていない筈が無いのに、平然とケータイの画面を見つめている。
普段なら、彼がケータイを操作しただけででこんな事が起こるなんて思わないだろう。だがその時の一義には、彼にそれを訊くのが当然のように思えた。
「今更、惚けるのはやめにしよう」
男性は先ほどまでと打って変って、とても落ち着いて見える、まるで何かを諦めたように。
男性はケータイを操作し、何かを打ち込んだ。そして、電子音声と共に、またも一義の常識とはかけ離れた光景が飛び込んでくる。
『CALL』
男性の横、先ほどまで何も無かった場所に、浮いている。黒い円に金で猿の顔が描かれたエンブレム、それが浮いている。いや、本当に浮いているのだろうか、まるでそこに穴が開いているようにも見える。
だがそれだけでは終わらなかった。そこから、その穴から、ごわごわした毛に覆われた腕が、脚が、顔が、這い出てきた。全身が見えるようになったそれは、猿のような見た目をしていた。だが、明らかに違う。まず大きさからして違う、この猿はもはやゴリラと呼ばれてもおかしくは無いほどの大きさをしている。
そして、恐らく役目を果たしたのであろう黒いエンブレムは、空気に溶けるようにして消えていく。
「……は?」
理解が追いつかないせいか、一義の口から漏れたのは、声も裏返り情けないほど小さくかすれた一言だった。
「私も、君を傷つけるつもりは無い。だから、早くパートナーを出してくれないか」
男性は一義に諭すように話しかける。しかし、一義は「傷つける」という単語に過剰に反応して、それにまともに答える余裕は無かった。
「・・・・・・いやいや!おかしくね?おかしいじゃん?なにこれ!?」
一義は、人差し指を作り振り回す。周囲の状況を含めた色々なことがおかしいと表現したかったのだろうが、傍から見ている分には半狂乱になっているようにしか見えない。
男性はそんな一義を苛立たしげに見ていたが、ふと、何かに気づいたように目を見開く。
「まさか……知らないのか?」
そんな男性に、一義の方が切れ気味になっている。驚いたような顔しやがって、びっくりしたいのはこっちだ、と言う事なのだろう。
「なにが!?知るわけ無いじゃん!?」
その言葉に男性は息を呑み、緊張を抑えるようにゆっくりと深い呼吸を繰り返す。そして、震える声で言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「……いいかい?落ち着いてよく聴いてくれ。君のケータイの中には、おかしなアプリケーションが入っている筈だ」
「は?だからな…」
「いいから黙って聴くんだ!」
男性の怒鳴り声に、一義の肩が一瞬震え、口を閉ざす。男性はまた自分を落ち着けるように深く息を吸うと、話の続きを始める。
「そのアプリケーションを開いて、メニューにある『コール』というボタンを押してくれ。いいか、シー・エー・エル・エルだ。そうすれば、後は何もしなくていい。そうすれば私は君に危害は加えない」
正直一義は話の途中にでも逃げ出したかったが、できなかった。見ているのだ、サルが。確かな理性の、下手な動きをすればただでは済まさないという感情のこもった瞳で。
一義が、男性の言うことに従うべきかどうかを考え、もたついている間に焦れて来たのか、男性が急かす言葉を投げかける。
「はやく!」
「ああもう!」
男性の言葉に一義も苛立ち、ヤケクソ気味にケータイを操作する。
猿の出てきたエンブレム、おかしなアプリケーション、コールというボタン。思い当たるものは、1つしかなかった。昨日開いてしまったメール、そして面倒だからと放って置いたゲーム。
ケータイを開き、震える指でボタンを何度も押し間違えながら、目的のメニューを開く、山羊の頭蓋を模ったような背景、そしてそこにあるボタン。
一義は、もうどうにでもなれ、そう思いながらケータイのボタンを押した。
『CALL』
そして、一義の横にもあの『穴』が現れる。こちらは猿でなく山羊の頭蓋の模様なのだが。
「エンピオ!時間が無い。早く潰せ!」
男性のその言葉に猿がはじかれた様に動き出す。恐らくエンピオというのがあの猿の名前なのだろう。
「う、わっ」
図体に似合わない俊敏な動きに、一義は小さく声を上げながら後ずさる。だが猿は一義には目もくれず、例の穴に突進していく、そして、あと少しで穴に接触するというところで、止まった。
いや、止められたのだ、穴から出てきて猿の首に巻きついた一本の細い腕に。
自分の首に掛けられている手を、振りほどこうとしたのか、あるいは折ってしまおうとしたのか、それは解らないが、猿は穴から出てきた腕に手を伸ばした。しかし、その手は目標を掴むことはできなかった。
「エンピオ!」
猿が腕を掴む直前、腕の持ち主が自らを穴から引っ張り出すように腕に力を込め、その半身があらわになったところで、ついでとばかりに猿の顔を殴ったのだ。
どう考えても安定しているとは言い難い姿勢で殴られたにもかかわらず、猿は殴られた箇所を押さえ数歩後ずさる。それは猿が軟なのか、それとも殴った方がそれほど力が強かったのか、根拠は無いが一義は後者だと思った。
そしてこの隙にとばかりに、先ほどから猿を弄んでいた腕の持ち主が穴から飛び出してきた。静かに消えてゆく穴に寄り添うその姿は、猿などとは比べ物にならないほど人によく似ていた。
今は横顔しか見えない彼女は、背の高いほうでは無い一義よりも背が低く線も細い。
肩に掛かる程度の長さの髪は、黒と灰色が混ざったような、あまり綺麗とは言えない色をしていて、少しゴワゴワしているように見える。
全体的にモサッとした、露出の少ないクリーム色の服を身に着けており、よく言えば可愛らしく、悪く言えばおばさんくさい格好である。
そして何より目を引くのが、ちょうど髪の生え際のあたりから生えている2本の角だ、その強い反りのある角は、まるで何時だか動物園で見た山羊の物のよう、と言うよりもエンブレムを見る限り山羊の角なのだろう。
だが、ここまで見た限りでは、とてもではないが先ほど猿を殴り飛ばしたとは思えない。
「ええと、君は…」
特に話すべきことも思いつかなかったのだが、先ほどから物騒な雰囲気の漂うこの空間に対して余りにも場違いな少女に、何か声を掛けなければいけないような気がした一義が言葉を捜す、が他でもないその少女に遮られる。
「下がって」
初めて発した彼女の声は、やはりこの場所に似つかわしくない、優しい響きを持っていて。
「私に、任せて」
首だけ振り返った彼女の優しげな顔は、幼いと言っても良いほどで、多めに見積もっても16歳かそこらにしか見えなかった。そんな彼女に、やはり何か言わなければ、と一義がまた口を開きかける。
「エンピオ!早くしろ!」
だが、男性の言葉にそんな場合では無いのだったと思い出す。
先ほど殴られた猿は、もはや立ち直り怒りの形相で少女に突っ込んでくる。「危ない」と一義が少女に声を掛けるより先に、猿は少女に飛び掛る。
巨大な猿と小柄な少女、絵だけ見れば絶望的だが、一義は先ほど少女が猿を殴り倒したのを見ている。だから、よく考えれば「危ない」とか僕が言うまでも無く気づいてるよね。などと考える余裕すらあったのだが。
「ちょっ!」
もう一度猿を捕らえようとしたのであろう少女の手をすり抜け、猿が彼女の左肩に牙を立てたとき、一義は思わず小さく声を上げてしまった。
「ぐうぅっ」
少女は顔を歪めたが、そのまま猿の頭を腕で固定し、自分の体ごと投げ出すように地面に叩き付ける。そして、それでも顎をはずす気配の無い猿の顔面を、歯を食いしばり、噛み付かれていない方の腕で何度も殴りつける。
見た目からは想像できないような泥臭い戦いを晒す少女達から、一義は数歩後ずさった。
何とか猿を引き離した少女は、顔をしかめ左肩を抑えつつ一義のところまで下がってくる。その肩からは血が滲んでおり、かなりの強さで噛み付かれていたことが伺える。
「だ、大丈夫!?」
「…っつ、大丈夫、負けないよ」
少女の肩から滲む血にオロオロしながら声を掛ける一義に、猿から目を放さずに少女が答える。
そう言う事が言いたかったんじゃないんだけど、と口をもごもごさせる一義に、少女が振り向かず小さな声で言う。
「私が『スキルを使って』って言ったら、左上のを使って」
「え?いやあの、スキルって…」
一義の言葉には答えず、少女はまたあの猿に向けて走り出す、今はもう肩を抑えてはいないが、左肩にはあまり力が入っていないように見える。
スキル、何のことを言いたかったのか、大体の検討はついていた。一義は自分の手の中にある開かれたままのケータイに目をやると、そこには相変わらず6つのボタンが表示され、その中のひとつにスキルと書かれたボタンが確かにあった。
そのボタンを押せば、画面が変わりさらに4つのボタンが表示される。それぞれ英語で文字が書いてあり、一義には1番左下がバックと書いてあるのは解るのだが、それ以外が読めない。
英単語もきちんと覚えておくんだった。などとどうでもいいことを考えながら、一義はとりあえず少女に言われた通り『impact SP20』と書かれている1番左上のボタンにカーソルを合わせ、両手でケータイを持っていつでも押せるようにする。
一義は少女と猿が戦っているほうに視線を移す。少女も応戦しているが、猿の動きに着いていけていないようで、生傷を増やしながら、ほとんどは猿の攻撃をくらった後に捕まえて反撃している。
正直見ているこっちが痛くなってくる状況である。
そうして、一義がケータイを汗で滑って押し間違えたなんてことにならないように握りなおしていると、男性はなかなか着かない決着に痺れを切らしたのかケータイを構える。
「クソッ、埒が明かない。エンピオ!スキルを…」
男性の言葉に猿が一瞬反応したその隙に、少女が猿の頭をしっかりと掴み地面に押し付けた。
「今!使って!」
少女の言葉に一義は、ケータイのボタンを強く押し込む。
『IMPACT』
電子音声と共に、大きな鉄球か何かを高くからコンクリートに叩きつけたような凄まじい音が響く。
つい先ほどまで少女と猿がもみ合っていたところは、小さなクレーターのようになっており、そこには立ち上がる小柄な人影と、横たわって動かない何かがあった。
地面の状況とと先ほどの音、大体何が起こったのか察した一義は、意図して少女と猿の方をを見ないように、青い顔でケータイに視線を落とす。
その画面には未だにスキルが表示され、『impact』にカーソルが合わせられている、なんとなくそれが嫌で、一義はバックを押しスキルを閉じた。
そのまま、どうすれば良いのか判らずケータイの画面を眺め続けていると、またもケータイから電子音声が発せられる。
『YOU WIN』
勝ち、何に勝ったのかも良く解らないが、とにかく勝ったらしい。
一義が呆然としていると、また先ほどの、男性と共にこの妙な世界に来てしまったときと同じような感覚がした。頭の中が朦朧として上手くものを考えられなくなる、そして……。
「……」
意識がはっきりした時、一義は男性と向かい合って立っていた、まるで最初に声を掛けられた時と同じように。
ケータイから視線をはずし、男性の顔を窺うと彼も一義とさほど変わらない状態だった。口を半開きにして、ケータイを握り締めたまま腕をダランと下げ、まさしく呆然、と言うのがふさわしい状態だった。
「……ぁ」
一義が粘つく口を動かし、何か言わなければ、と口を開きかけたところで、男性が静かに喋り出した。
「……いや、これでいい。…きっと、続けるよりずっと良い」
溶けて消えてしまいそうなその言葉は、恐らく一義に向けたものではないのだろう。
男性は生気の感じられない顔で、一義に背を向け歩き出す。呼び止めてさっきのは何だったのかと問い質す気力は、今の一義には無かった。
不意に前髪が風に揺れたことで、一義は我に返り辺りをゆっくりと見回す。
少ないながらも人が歩いている、エンジンの音を響かせながら車が走っている、飲食店の窓の中に家族連れが居る、あれほど目立つはずのクレーターが無い、猿の亡骸もない、角の生えた少女も居ない。世界は、もう何事も無かったかのように元に戻っていた。それが、気持ち悪くて仕方が無い。
訳が解らず、もう一度開きっぱなしのケータイに視線を移す、そこには未だ例のメニューが開かれていた。一義は自分を落ちつけるためにとにかく何かしなければと思い、そこにある文字に目をやる。
『貴方の番号666』『SP739』『パートナー:マイ』『残り436組』
SPとか言うのが昨日と変わってる気がする、などと考えながら、心が落ち着くのを待つ。
自分が見たものはなんだったのか、あの女の子はどうなったのか、このゲームらしきものはなんなのか。そんな事は考えないようにして、ただただ立ち尽くす。
どれくらいそうしていただろうか、未だに頭が働かないが、とにかくもう何事も無かった、と言うことにしてケータイを仕舞い、下を向いて一義がその場を離れようとしたとき、またもケータイの着信音が鳴った、それも複数聞える。
「ねぇ。君、ちょっといいかな」
女性の声、それが前方から聞えた。
「……」
一義は緩慢な動作で顔を上げる、その視線の先には、一義よりも背の高い30歳ほどの黒いスーツを着た女性が、鳴りっぱなしの開いたケータイを片手にこちらを見下ろしていた。
「少し――」
彼女はケータイを閉じながら、一義に笑いかける。
「――話がしたくてね」
まだ少ししか書いてないけど、自分の書いたものを読み返すと、もっとこうしていれば良かったって思う事多いですよね。
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