憑くたび君を好く
「好き! 付き合って!」
「無理だ」
「どうしてぇ!?」
俺は、目の前で左手を伸ばし頭を下げるキュート系紫髪の美少女のその申し出を慣れたように断る。
「こ、これでも私、人気アイドルだったんだけど!?」
「それは知ってる。坂倉霞、中学二年でアイドルデビュー。高い歌唱力と綺麗な顔、そして小さな身体から生み出される妹キャラの破壊力で一躍大人気に……」
「そ、そうだよ! だから結構自信もあったのに……どこがダメだったの!? もしかして好きな人とか!!」
ほんのり赤い頬を膨らませながらこちらにグイッと顔を寄せてそう聞いてくる。
俺は目の前に美少女の顔が来たことでつい照れてしまう。
「好きな人はいない……少し離れてくれ」
「照れるんだ。もっと、なんか表情とか変わらない感じだと思ってた……」
「俺は別に、ほとんど普通の高校生だ。感性だって大衆と変わらない。だから当然お前のような美少女がこんな、一歩前に進めば唇がついてしまうような距離にこられたら当然照れる。ドギマギする」
「ふーん……進んでみる?」
「みない。ついてしまえば迷惑だ」
結局彼女は離れずそのままの距離で再度質問をする。
「で、結局なんで、どうして私じゃダメなの? 美少女なんて言ってくれてるのに」
「いやだって……“幽霊”じゃん。お前」
そう。目の前の少女はすでに死んでいて、今はふわふわ空中を浮いている幽霊なのだ。
坂倉霞はつい数日前、交通事故で死亡してしまっていた。
「なぁに? 幽霊と付き合う趣味はないってこと?」
「趣味というか、常識的に考えて幽霊と付き合うのはちょっと……多分、生きてる時にお前がさっきの告白をしてきてくれていれば俺は喜んでと返事したよ」
「うぅ……死んでるが故に選ばれないだなんて」
ガッカリと肩を落とす霞を見て、俺は思う。
死んでなければ俺に見向きもしないくせに。
「まぁ、仕方ないか……気を取り直して、今日はよろしくね!」
随分と割り切るのがはやい。駄々をこねるやつだっているのに。
ただありがたい。こういう子は相手しやすくて助かるんだ。
俺は霞の右手を優しく握って、歩き始める。
「エスコートしてくれるんだ」
「ああ、いつもこうだ」
「行き先は?」
「ショッピングモール」
「なんだか俗っぽい」
そうして俺たちは近場のショッピングモールに訪れて、日が暮れるまでデートをした。
ショッピングモールを出て、近くの人気のない公園のベンチに並んで座る。
「ふ、あはは。今日は本当に楽しかった! ありがとう!」
「なら良かった。一応、楽しませようと考えてたからな」
「うん……多分、ちゃんと考えてくれたんだろうなって思った」
ポロリ。彼女は軽く涙を流す。だがすぐに笑みを浮かべて、手のひらを振る。
「それじゃあね……私は時間だから」
「あぁ。さようなら」
彼女の言葉に俺が返すと、彼女の身体が変貌していく。髪は長い純白のストレートに、身長など、身体が成長していく。表情も先ほどまでの感情のままに動いているような賑やかなものとは打って変わって、静かで落ち着いている。
そんな彼女に俺は「お疲れ様」と声をかける。
彼女は目を開いて白い眼球を露わにして答える。
「うん、ただいま。冬架」
彼女は『東日冬架』という俺の名を呼んだ。
だから俺も呼び返してやる。
「おかえり。蓮菜」
彼女の名は憑宮蓮菜。俺と彼女は高校一年の時に席が隣であったことから交流を持った。
そんな蓮菜は先ほどの彼女とは姿どころか声のトーンなども違うが、それも当然で、坂倉霞と憑宮蓮菜は別人なのだ。
そして、憑宮蓮菜は幽霊ではなく、普通に生きた人間である。
「今日のデートの行き先、アイドルとして生きてきた彼女にはピッタリだったみたいだね」
「そういう意図で決めたからな。人間、自分が踏み込めない、踏み込めなかった領域のものに憧れを抱くもんだ」
「ああ……そういうこと」
「ドキュメンタリー? 彼女のアイドルまでの物語を描いたテレビ番組みたいなのを偶然前に観たんだ。彼女、小学生の頃から常にアイドルになるためのレッスンをしていて遊ぶ時間もなかったみたいじゃないか。そのうえデビューしてからもあの人気。そこらのショッピングモールなんてなかなか行けてなかっただろう」
それに、俺の所持金じゃ遊園地とか水族館なんて場所には連れて行けない。なんせ俺は“週に3回は幽霊とデートをしている”んだから。
「なるほど。冬架って、ちゃんと相手のことを考えてあげてるよね」
「あぁ、“俺の体質が原因”とはいえこっちのことを思ってくれてるんだ。彼女たちは」
「……冬架の魅力にじゃなくて、『異性の幽霊に惚れられやすい』って体質によって生み出された思いなんて、無視してもいいんじゃないの。少なくとも私が冬架の立場だったら雑にあしらってしまうかも」
落ち着いたトーンでなんてことを言うのだろう。
だが、わからなくもない。というか俺が思いを無視できないという性分なだけだ。
「けどさ、蓮菜だってわざわざ彼女たちのために俺との架け橋になってやってるじゃないか」
「そうだね。だって……いや、いいや。それに冬架といると寄ってくるの。幽霊たち。それで頼まれるんだよ。“憑かせて”って。冬架に告白するために憑かせてってね」
「俺はお前に憑いた幽霊としか接さないし、見えないからわからないが、そんなにいるのか」
俺には霊感的なものはない。妙な体質はあれど。
だから俺に寄ってくる幽霊たちの姿形は、彼女たちが蓮菜に憑いて、蓮菜の姿形が彼女たちのものに変わった時にようやく見ることができる。
「うん。前も言ったけど、うじゃうじゃ寄ってくるよ。それで、冬架の近くにいて強い霊感のある私に幽霊たちは頼ってくるの」
「悪いな。迷惑かけて」
「……全然大丈夫。それに、楽しいしね」
「え? なんで……」
「冬架、いろんなところに連れて行ってくれるし」
蓮菜は優しく微笑んだ。
つい俺はドキリとしてしまう。美人なのだ、蓮菜は。正直坂倉霞と比べても見劣りしないほどに。
そのうえ、俺は蓮菜と関わり始めて1年と3ヶ月ほどだが、未だ彼女の笑顔は数回ほどしか見たことがなかった。二桁にも満たない気がする。そんなレアな表情をする蓮菜は普段よりも可愛く見えてしまうのだ。
俺は一瞬目を閉じて、軽く息を吸って落ち着かせる。目を開けば軽く彼女から逸らして、そして会話を再開させる。
「そ、そういえば蓮菜は憑かれている間、意識はあるんだったか」
「うん、そうだよ。だからいつも冬架と彼女たちのデートは見てる。意外と自分も体験した気になれて楽しいんだよ」
……それはどういうことだろう。まさか、俺とデートしている気分が楽しい……いや、そんなわけないか。
俺は少し、理想のような妄想をして、すぐに現実に戻る。
蓮菜はそんな俺を見て少し不思議そうな顔をしていた。……妙な表情でもしてしまっていただろうか。
そうやって不安になる俺に彼女は「そうだ」と言って言葉を紡ぐ。
「それで言ったら、今度はもう少し遠くに連れて行って欲しいかも。あのショッピングモールなんてもう14回目」
「……贅沢言わないでくれ。俺が貧乏なの分かってるだろ」
「ふふっ、そうだね」
その瞬間、その笑い声を聞いて俺はまた胸をドキッとさせる。
おいおい、今日2回目だぞ。超レアな表情を2回も。
随分、今日は機嫌が良いんだな……。
ふと見ると、蓮菜は背中を見せていた。長く白い髪が腰まで覆っている背中を。
俺がまた目を瞑って心を落ち着かせているうちに、体の向きを変えていたらしい。
「もう遅いからさ、今日は帰るよ。また明日、学校で」
「ああ、じゃあな」
「うん、バイバイ」
俺は月明かりに照らされ、明るく輝く白髪に向かって手を振った。そして、別の方向を向いて
「……俺も帰るか」
歩き始めるのだった。
――――――
帰路についた私は今日のデートを思い返していた。身体の主導権を握っていたのは私じゃない。そしてそのデートは……私のためのものではない。
けれど……私は冬架とデートできることが幸せだ。
だって、“彼が好きだから”。
だからこそ私はわざわざ幽霊たちの架け橋となって、彼とデートをさせてあげる。決して私のためのものじゃなくても、彼のそばにいられるのがすごく嬉しいから。幽霊が私の体を使って彼の手を握ると、彼の手の温かみを私も感じられる。
幽霊に憑かれて、彼とデートをするたびに私は新しい彼の魅力を知れて、彼を好いていくのだ。
「パンケーキ……美味しかったな」
私は今日のお昼に食べたパンケーキ。私の好物のそれの味を思い返して呟く。
「好物なのに……まだ食べた回数は二桁にも満たないよ」




