新人女神の世界創造 ~え、倫理観? ないよ、かみだからね~
「今日からここがあなたの作業室よ」
先輩女神から渡された鍵を見つめながら、私は震えていた。
ついに。
ついに自分だけの世界を持てる。
神学校に入学した日からの夢だった。
世界創造。
神なら誰もが憧れる仕事。
私は期待に胸を膨らませながら作業室の扉を開いた。
部屋は広かった。
中央には巨大な光のパネルが浮かんでいる。
無数の星々が散らばり、銀河が渦を巻き、まるで宇宙そのものが机の上に広がっているようだった。
「すごい……」
思わず息を呑む。
これが私の世界。
これから私が創る世界。
神学校では何度も模擬創造を経験したが、本物はやはり違う。
感動に浸っていると、目の前に通知が表示された。
【世界創造予算申請書を提出してください】
「ん?」
もう一度見る。
【予算申請書】
【見積書】
【維持管理計画書】
【滅亡時対応計画書】
【文明崩壊リスク分析書】
【知的生命体運用方針書】
【創造物倫理監査簡易報告書】
「待って」
神学校ではもっとこう、
『まず光を作りましょう』
『次に海と大地を配置します』
『生命は多様性を意識してバランスよく』
みたいな授業だった。
少なくとも先生は黒板に、
『神は勢い』
って書いていた。
なのに現場は書類なの?
しかも画面の端には、
【神様の掲示板】
という項目まであった。
社内SNSらしい。
嫌な予感がしたが、とりあえず開いてみる。
すると大量のスレッドが並んでいた。
【初心者質問スレ Part482】
【文明暴走報告スレ】
【滅亡案件反省会】
【おすすめ神獣総合】
【予算削減テク共有】
【人類とかいう管理困難種】
嫌な予感しかしない。
とりあえず初心者質問スレを開いた。
────────────────
【初心者質問スレ Part482】
1:新人神
おすすめの知的生命体ありますか?
2:名無しの創造神
人類
3:名無しの創造神
無難
4:名無しの創造神
エルフ
5:名無しの創造神
映える
6:名無しの創造神
ドワーフ
7:名無しの創造神
資源開発が勝手に進む
8:名無しの創造神
菌類文明
9:名無しの創造神
管理楽
10:名無しの創造神
全部入れろ
11:名無しの創造神
やめろ
12:名無しの創造神
世界燃える
13:名無しの創造神
燃えた
14:名無しの創造神
評価は?
15:名無しの創造神
S
16:名無しの創造神
なんでだよ
17:名無しの創造神
観察レポートが面白かった
18:名無しの創造神
審査員の趣味やめろ
────────────────
意味がわからない。
次のスレを開く。
────────────────
【住民同士が仲良くならない】
1:新人神
住民同士が争います
2:名無しの創造神
価値観増やせ
3:新人神
増やしました
4:名無しの創造神
もっと
5:新人神
増やしました
6:名無しの創造神
もっと
7:新人神
宗教が三万種類できました
8:名無しの創造神
草
9:名無しの創造神
草じゃねえ
10:名無しの創造神
まだ少ない
11:名無しの創造神
うちは七万ある
12:名無しの創造神
住民数より多くない?
13:名無しの創造神
気にするな
────────────────
気にするなじゃない。
さらに別スレ。
────────────────
【予算削減テク共有】
1:名無しの創造神
最近予算厳しい
2:名無しの創造神
わかる
3:名無しの創造神
大陸一枚消した
4:名無しの創造神
有能
5:名無しの創造神
海に沈めた
6:名無しの創造神
住民は?
7:名無しの創造神
消えた
8:名無しの創造神
草
9:名無しの創造神
評価は?
10:名無しの創造神
A+
11:名無しの創造神
世知辛い
────────────────
神界、大丈夫?
不安になりながら前任者のマニュアルを開く。
表紙には大きく書かれていた。
『神も予算からは逃げられない』
嫌な予感しかしない。
ページをめくる。
初期投資額:10億セレスティア
《内訳》
・基礎空間設定:3億5千万
・生態系基盤整備:2億2千万
・神殿建設費用:4億3千万
「高っ!」
思わず叫んだ。
世界ってもっとポンッと作るものじゃないの?
神様だよ?
すると下の方に小さな文字。
※予算超過分は給与から天引きされます
「給与あるんだ……」
妙なところで現実的だった。
さらにページをめくる。
そこには歴代新人神の失敗事例集が載っていた。
【事例001】
争いのない平和な世界を目指し、全生命体から攻撃性を削除。
結果。
文明発展率0%。
全員昼寝。
三千年間昼寝。
評価:失敗。
「極端すぎるでしょ……」
【事例008】
飢餓をなくすため植物を巨大化。
結果。
人類敗北。
トマト文明誕生。
評価:失敗。
「トマト文明って何!?」
【事例017】
寿命問題を解決するため全生命体を不老化。
結果。
誰も働かなくなる。
文明停滞。
評価:失敗。
【事例032】
かわいいという理由でドラゴンを大量投入。
結果。
家畜全滅。
国家崩壊。
評価:感情で世界を作るな。
「それはそう!」
【事例055】
全住民を善人化。
結果。
誰も責任を押し付けられず行政崩壊。
評価:失敗。
【事例072】
全住民を賢人化。
結果。
誰も結婚しなくなる。
評価:失敗。
「なんで!?」
私は思わず机を叩いた。
そのとき背後から声がした。
「新人ちゃん、その辺は有名なやつね」
振り返ると先輩女神が立っていた。
「あの、皆さん失敗しすぎじゃありません?」
「するわよ」
先輩はあっさり言った。
「だって新人だもの」
「世界ですよ!?」
「私も最初の世界は滅んだし」
「滅んだんですか!?」
「二回ほど」
軽い。
あまりにも軽い。
世界滅亡の報告とは思えない。
そんな私を見て先輩は笑った。
「そんな顔しなくても大丈夫よ」
「何がですか」
「バックアップあるから」
「そういう問題じゃないと思うんですけど」
先輩は少し考えた。
そして、
「あー」
と納得した顔になった。
「まだ人間感覚が残ってるんだ」
私は返事ができなかった。
神学校を卒業したばかりとはいえ、確かに私は元人間だ。
だから住民を数字として見られない。
一人一人が人生を生きている存在に見えてしまう。
その感覚が当然だと思っていた。
その時は。
――百年後。
私は人口を三割削減して食糧問題を解決した。
評価A。
――二百年後。
戦争を誘導して技術革新を促進した。
評価S。
――三百年後。
維持費削減のため一つの大陸を沈めた。
評価S+。
最初は抵抗があった。
住民が泣くたび。
都市が滅ぶたび。
戦争で命が失われるたび。
胸が痛んだ。
だが何度も観察し、
何千年も管理し、
何億という住民を見続けるうちに、
少しずつ感覚が変わっていった。
森を剪定するように。
生態系を調整するように。
世界を運営するように。
住民の死は、いつしか統計情報の一部になっていた。
もちろん犠牲者数は増えた。
だが評価シートの数字は美しく改善した。
私はその年の新人賞を受賞した。
授賞式の帰り道。
何気なく掲示板を開く。
【初心者質問スレ Part771】
1:新人神
人口増えすぎて困ってます
私は迷わず返信した。
2:名無しの創造神
戦争ブーストおすすめ
3:名無しの創造神
大陸統合も有効
4:名無しの創造神
食糧危機イベントも悪くない
送信を押してから気付く。
その内容が、かつての私なら絶対に書かなかったものだと。
少しだけ昔を思い出そうとした。
けれど、
人間だった頃の感覚は、もうほとんど思い出せなかった。
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