夜に選ばれたもの
五歳の誕生日の夜。
それは、この世界のすべての子どもに訪れる“儀式”だった。
ルカ・マーフィーもまた、その例外ではなかった。
眠りに落ちた瞬間、彼の意識は引き上げられる。
どこまでも広がる、静かな夜。
星が、近い。
手を伸ばせば触れられそうなほど、近くにある。
「……ここが」
言葉にした瞬間、気づく。
ここは夢ではない。
――夢の“ような場所”だ。
やがて、星々の奥から“それ”は現れた。
輪郭は曖昧で、光に包まれている。
顔も、姿も、はっきりとは見えない。
ただ――圧倒的だった。
本能が理解する。
逆らってはいけない存在。
人ではない“何か”。
人々はそれを、こう呼ぶ。
「神」
『──選ばれた』
声は聞こえたはずなのに、音ではなかった。
直接、頭の中に流れ込んでくる。
ルカは言葉を失う。
『夜を授ける』
次の瞬間、星が砕けた。
無数の光が、彼の中へと流れ込む。
冷たい。けれど、どこか優しい。
静寂。無音。深い闇。
――夜そのもの。
「……これが、俺の……」
理解した瞬間、世界が崩れる。
⸻
目を覚ましたとき、朝だった。
「……ルカ?」
母の声。少し震えている。
父も、珍しく無言だった。
「どんな魔法だったの?」
普通なら、子どもは嬉しそうに話す。
炎だった、水だった、風だった、と。
だがルカは、言葉を選んだ。
「……“夜”」
その一言で、空気が止まる。
「夜……?」
父の眉がわずかに動く。
「名前、は?」
「……夜魔法、って」
その瞬間、二人の表情が変わった。
知っている反応ではない。
知らないことに対する、沈黙。
「……聞いたことがない」
父がぽつりと呟く。
母は無理に笑ったが、その目は隠せていなかった。
不安を。
⸻
それからの日々は、いつもと変わらない日々が続いた。
少なくとも、表面上は。
初等部。
中等部。
魔法の基礎。制御。理論。
誰もが固有魔法を少しずつ使い始める中、
ルカはそれを“使わなかった”。
いや――使えなかった。
使い方が、わからない。
夜をどう扱えばいいのか。
何ができるのか。
そもそも、これは本当に魔法なのか。
教師たちも判断を保留した。
「まだ早い」「無理に使う必要はない」
そう言われ続けた。
だが内心では、違っていた。
――未知。
それは、この世界で最も扱いづらいものだ。
⸻
そして、時は流れ
高等部入学試験。
それは単なる学力試験ではない。
“適性”を測るもの。
そして最後に行われるのが――
高等部入学試験、最終段階――
ドアの選定。
無数の扉が並ぶ空間で、ルカは一歩を踏み出した。
静寂。
誰もが息を呑む中、彼の前にある扉がゆっくりと軋む。
――開く。
そこに広がっていたのは、闇だった。
ただの暗闇ではない。
星が瞬き、静かに呼吸するような“夜”。
その瞬間。
ルカの意識が、深く沈む。
(……また、この感覚)
五歳のあの夜と同じ。
胸の奥が、ざわつく。
そして――声がした。
『──やっと、話せたね』
これは外から聞こえているわけじゃない。
頭の中に、直接響いている。
だが、あの“神”とは違う。
もっと近い。もっと静かで――
どこか、優しい。
『ずっと、そばにいて見てたよ』
『君が迷ってることも、私を使えなくて悩んでたことも』
ルカは言葉を失う。
(……お前、は)
問いかけようとした瞬間、理解した。
『これからは、一人じゃない』
その言葉は、不思議と温かかった。
闇なのに、冷たくない。
むしろ、包み込むような静けさ。
『仲間がいる』
その瞬間、闇の向こうに“何か”が見えた。
光ではない。
同じ場所に辿り着く、誰かたちの存在。
『さあ、行こう』
夜が、そう囁く。
ルカは、息を吸った。
そして――
一歩、踏み出す。
⸻
視界が戻る。
現実。
だが、空気が違う。
重く、静かで、張り詰めている。
そこは、他のクラスとは明らかに異なる空間だった。
そして。
目の前に、一人の男が立っていた。
鋭い眼光。
強く獣のような気配を纏う男。
彼はルカを見下ろし、わずかに口角を上げる。
「……なるほどな」
低く、重い声。
まるで試すように、見ている。
「いい目をしてる」
一歩、近づく。
その圧だけで、普通の生徒なら息を詰まらせるだろう。
だがルカは、逸らさない。
レオは一瞬だけ目を細めた。
そして――
「ようこそ」
その言葉は、歓迎というよりも
“通過を認めた”者への言葉だった。
「ブラッククラスへ」
背後で、扉が静かに閉まる。
戻ることはできない。
ここから先は、選ばれた者だけの領域。
ルカはまだ知らない。
このクラスに集う者たちが、
どれほど“普通ではない”のかを。
そして――
自分の中にある“夜”が、どのようなもので
どこまで深いのかを。




