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狐ノ杜

作者: 杵島 灯
掲載日:2026/03/30

 ――かち。


 これが最初の音だ。

 続いて陰鬱なメロディをワンフレーズ流し、俺は声を出す。


「やあ、ヒロキだよ。今宵も恐怖を求める人が来ているね――」


 途端にコメント欄が「来た!」「赤い!」「光ってる!」という多くの文字で埋め尽くされた。俺は「ええ」って笑う。


「もう来たの? 今日は早いね」


 なにが来たのかと言えばこの『ヒロキの怪奇チャンネル』の名物、配信中に“(ヒロキ)”の目が赤く光る謎現象。

 これは俺が恐怖朗読の配信チャンネルを開設して以来、ずっと続いている。

 ただしLIVE限定なのでアーカイブに残らない。「どうしてですか?」って聞かれたこともあるが、それは俺も知りたいと思っていた。この現象は俺が起こしてるわけではない上に、俺自身からも赤く光ってるように見えない。

 いずれにせよ、この噂が広がってチャンネル登録者数が増えているのは事実だ。最初は謎現象を見るために来た人も、俺の怪談配信を気に入って再訪してくれる。これは俺にとってものすごく嬉しい話だった。


 そもそも俺がこのような語りを始めたきっかけというのは、約二十年前――小学生のときにまでさかのぼる。

 きっかけは林間学校だ。


 俺はごく小さなころからホラーが好きだった。怖い本は読み漁ったし、心霊系のテレビ番組も欠かさず見ていた。

 その事実を知る友人が、林間学校の夜の部屋で「博癸(ひろき)は怖い話いっぱい知ってるだろ? なにか話してくれよ」と言ってきた。学校主催の肝試しが雨のせいで中止になったから逸る気持ちを持て余していたんだと思う。それを聞きつけた同室の奴らも「蔵ノ杜(くらのもり)はホラー好きなのか?」「いいじゃないか、俺も聞きたい」と言ってきたから、まあいいかと思って話をすることにした。


 どの怪異を語ろうかと悩んでいるとき、俺は狐の座像を見つけた。

 二十センチほどの木彫りで、古い物らしく体は濃い飴色になっている。赤く塗られた目が印象的だった。

 ちょうど前日に“動く木彫り像の話”を読んだばかりだった俺は、せっかくなのでその話を聞かせたんだ。手には、片手に狐の像を持って。

 そうしたら意外なほどするすると言葉が出てくる。どの場所でどんな調子で語れば怖い空気が作れるのかもすぐに理解できた。夢中で語り終えて気がついたとき、友人たちは震えあがっていた。どうしたんだろうと思っていたら、中の一人が言ったんだ。


「話は怖かったけど、一番怖かったのはお前だよ! 話し方は怖いし、目はときどき赤く光って見えるしさあ!」


 このときの気分をどう表現したらいいんだろう。

 一言で言えば、嬉しかった。

 理由は分からないけど、とにかく、ひたすらに、嬉しかった。


 そのときの気持ちを忘れられなかった俺は二十五歳のとき、怪異を語る動画配信チャンネルを開設した。小学生のときに数人を怖がらせていただけの俺は今、モニターを通じて多くの人に恐れられている。そのたびに何か、求めていたものに近づけている気がする。それが何かはまだ分からないけれど。


「さて、今日の質問コーナーと行こうか。『ne()-mokoko(もここ)』さんからのコメントだ。いつも来てくれてるよね、ありがとう。内容は……『動画を撮影するときに使用する機材はなんですか?』か。そうだなあ」


 俺は右手を軽く掲げた。


「相棒はこのスマホなんだ。いつも使ってるから独り言みたいに喋れるだろ? 自然体で撮影に入り込めるから俺にあってるんだよ。――ということで、今回はこの質問を選んだ理由があるんだ。次の配信は久しぶりに動画にしようと思っててね、行先は……ここにいるみんななら知ってるよね? S県にある、あの廃村だよ!」


 途端にコメント欄が赤くにじんだ気がする。「やめたほうがいい」という意見が多く見えた気がするけど気のせいだ。だって並んでいる文字は「楽しみ!」「やっとだね!」「待ってる!」というものばかりなのだから。


「ありがとう。みんなの期待に応えられるような動画にするよ。編集もあるから公開は何日か後になると思うけど、楽しみに待っててくれ。じゃあ、また次の配信で会おう。チャンネル登録と高評価、コメントも待ってるよ」


 終了の画面に変更した俺はいつもの音楽を流す。最後の音として「ぱこん」が流れ、いつものように配信が終わった。

 肩の力を抜いた俺が、ふう、と大きく息を吐いたとき、小さく「かち。ぱこん」という音がしたように思う。それは俺が配信の最初と最後で使う音を連続させたような、そんな響き。


「なんだ?」


 耳をすますが、以降は何も聞こえない。おそらく俺がうっかりパソコン内の何かをクリックしたか、あるいは空耳だろう。


「さて、準備をするか」


 少し前まで会社員だった俺は、動画配信に専念するため既に退職している。つまり曜日に縛られることなくどこへでも行けるわけだ。自由をかみしめながら、俺は明日には廃村へ撮影に向かう予定を立てていた。


 S県の廃村は少し前からネット内で囁かれている話だ。

 曰く。


 ・もう誰も住んでいないはずなのに、赤い明かりが点く家がある。

 ・広場で人影のようなものが並んでいた。

 ・どこかで扉を開閉するような音が聞こえるが、探しても出所は分からない。


 というものらしい。

 ありきたりといえばありきたりで、本来ならスルーしていたと思う。なのに俺がここに行こうと決めた理由は村の所在地だ。

 この村は小学生だった俺が怪談を語った林間学校施設の少し奥にある。つまり、俺の原点ともいえる場所に近い。久しぶりにあの建物を見て初心を思い出すのも悪くないと思った。


「楽しみだな」


 呟いた俺の耳にまた小さく「かち」という音が届く。今度は「ぱこん」は続かなかった。代わりに「かち」「かち」「かち」「かち」と連続で鳴る。

 気になって見まわすと、音の出所は画面を光らせている俺のスマートフォンだった。SNSに予約投稿しておいた“廃村行き”の話に連続でコメントがついているらしい。そのたびにスマートフォンが震え、机の上のノートパソコンに当たって「かちかち」と音を立てている。


 俺はスマートフォンを手に取った。


 ――「楽しみ!」「やっとだね!」「待ってる!」


「やれやれ。こんなに楽しみにされてるなんて思わなかったな。待ってろって、明日には行くから」


 増え続けるコメントを見ながら、俺はくすりと笑った。



▮▮▮▮



 翌朝、早くに家を出た俺は薄靄のなか愛車を駆る。

 カーナビによれば目的の村までは約二時間半だ。途中までは高速道路を使えるが、その先は山道になる。

 辺りはうっそうと茂る木のせいで薄暗い。錆びた『動物注意』という標識を見ながら慎重にカーブを運転していくとようやく道が開けた。俺の心もふっと浮き立つ。なにしろここには、懐かしい建物がある――。


「……なんだ、これは」


 呟く俺の声はかすれていた。

 まさかこんなことになっているとは思わなかったんだ。


 ここは小学生だった俺が友人に怪異譚を語った、いわば人生の分岐点ともいえるあの林間学校だ。しかし『立ち入り禁止』の看板の向こうに見える建物は一目で分かるほど荒れている。ガラスは割られて外壁には落書きがされ、当時の面影はまったくない。


 俺は無理に視線を外した。そうしないと、大事にしていた思い出がこの廃墟のせいで崩れてしまう気がした。ハンドルを強く握って、これは俺の記憶とは関係ないものだと強く自分に言い聞かせる。

 そのとき窓のひとつに赤い灯がともったように思えたが、これだって落書きが反射しただけ。……きっと、そのはずだ。


 前方にだけ集中していると、やがて木の合間から小さな集落が見えてきた。あれが噂の廃村、正真正銘の目的地だ。

 ここにも荒廃した建物が並ぶのだろうと思っていたが、意外なことにどの家もきちんと手が入っている。人が住んでいてもおかしくない状況だ。

 もしかしたら県か市が廃村の数に危機感を覚えて、廃村の再生プロジェクトでも始動したんだろうか。その場合は「幽霊の正体見たり枯れ尾花」のような配信になるかもしれない。怪奇配信としての撮れ高があるかどうかは微妙な線だ。


 苦笑しながら車を進めていると、遠目に村の中心らしき広場が見えてきた。そこには四十人ほどの後ろ姿がある。まず最初に頭をよぎったのはネット上で飛び交っていた噂の一つ「広場で人影のようなものが並んでいた」だ。

 俺が見る限り広場にいるのは人影のような物ではなく、完全に人だった。さっきの家といい、やはりこの廃村には行政が人を呼び込んでいるのだろう。


 だが、広場へ近づくにつれて俺の心には徐々に戸惑いが湧いてきた。

 冬の曇天の下だというのに、村人たちは全員が薄着だ。


「寒くないのか?」


 しかもみんなして同じほうを向き、座り込んで手元に視線を落としている。あれは何をしているのだろう。

 怪訝に思いながら道路のカーブに沿って左側にまわりこんだとき、俺はやっと村人たちの持つものが折り畳み式の古い携帯端末なのだと気がついた。しかし通話している様子も、文字を打っている様子もない。ただ画面を眺めている。たまに全員が同じタイミングで携帯を閉じ、少し間をおいて全員で開く。やってることはそれだけ。


 これは山奥の娯楽の一つなんだろうか?

 俺は不思議に思いながら車を停め、撮影許可をもらおうと窓を開けた。タイミングよく村人たちが携帯を閉じる。「ぱこん」という音が辺りに木霊した。


 そして広場の全員が俺のほうへ首を向けた。


 誰もが薄笑いを浮かべ、黒い双眸で俺を見ている。当然ながら同じ顔はないというのに、同じ表情を浮かべた人々は、全て同じ人物のようだ。俺の体が粟立ち、口からは「ひ……」と呼吸とも声ともつかないものが漏れる。

 するとそれが合図だったかのように村人たちは音もなく立ち上がった。携帯の開く「かち」という音が妙に大きく聞こえる。すべての画面から赤い光が漏れている。その光に照らされて、村人たちの顔が赤く染まる。


 携帯を持ったままの村人が、全員で俺の車の方へ駆けてくる。


「う、わあああああ!」


 俺はみっともなく悲鳴をあげてアクセルを踏みこんだ。人々は走る速度をあげたが、車の動くほうが早かった。来た道を戻ろうとしたがそこにも人がいた。笑い顔で走ってくる連中を目にした俺は反射的に逆側へハンドルを切る。しかし手汗のせいで滑ってしまい、目的の大きな道ではなく細い道へ入ることになった。その突き当りは倒木で塞がれていた。どう考えても乗り越えられるわけもない大きな木だ。


 詰んだ、と思った。だがよく見ると右手側に獣道が続いている。俺は大きく震える手で車のドアを開け、転びそうになりながら必死に足を動かした。どこへ続いているのかを考える余裕はなかった。ただ、あの薄笑いの村人たちから逃げたくて必死だった。


 だから古い大きな家に気付くのが遅れたんだと思う。

 気づいた時にはもう、玄関が目の前だった。


 俺の手が引き戸へ触れる。開けたつもりはなかったのに一気に横へ開いた。走ってきた勢いのまま足を踏み入れた瞬間「かち。ぱこん」という音を聞いた気がして肩が跳ねるが、内部に人の気配はない。安堵しながら後ろ手に鍵をかけると、途端に膝が笑ってどうしようもなくなって、俺はその場にずるずると座り込んだ。


 荒い呼吸をしながら見渡す広い玄関は綺麗だった。いかにも古民家という感じの広い三和土(たたき)はもちろん、沓脱石(くつぬぎいし)にも砂一つ見当たらない。古めかしい木造の式台と上がり(かまち)、廊下もふくめてすべてがきちんと手入れされている。――まるで来客を歓迎するかのように。


 ふと、線香の匂いを嗅いだ気がした。


 ここにいても仕方がないが、もう逃げる場所もない。どうしようか迷って視線をさまよわせていると廊下の奥、障子の手前に飴色をした何かが見えた。

 入ったときにあんなものを見ただろうか?

 そういえばあの障子はわずかに開いているが、最初は閉じられてなかっただろうか?


 ――ひろき。


 呼ばれた気がして辺りを見回す。

 誰もいない。


 ただ。

 視線を外したわずかな間に、飴色の何かは式台へ移動していた。


 ――ひろき。


 後ろの扉からバンと大きな音がした。慌てて振り向くが、すりガラスの向こうには誰もいない。

 小さく息を吐いて顔を戻すと、飴色の何かは三和土にいた。手を伸ばせば届く位置だから姿かたちもよく分かる。


 座った姿の狐の木彫りだ。大きさは二十センチほどで、目は真っ赤。その、とても印象的な色。

 ああ、そうだ。これは林間学校のとき、部屋にあった木彫りだ。


 脈が激しく胸を打つ。開いた口のあいだから獣のような短い呼吸が漏れる。

 自分が泣いているのだと気がつくまでには少し時間が必要だった。


「……お待たせ」


 手の中の狐の目が細められた。口が開かれる。あいだから犬歯が覗く。笑ってる。分かるよ、俺も同じ気持ちだ。再会できて嬉しい。

 怪異を語ってきた俺は、ずっと怪異の外側にいると思っていた。だけど俺は怪異と共にいて、俺も怪異だったんだ。ようやくそれが分かった。嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しい。嬉しい。嬉しい、嬉しい――!


 俺はゆっくり手を伸ばした。

 狐に触れると、どこかで「ぱこん」という小さな音がした。



▮▮▮▮



「みんな、ひどいんだから」


 家に帰って、夕食を終えて、部屋に入るなり私はスマホを取り出す。

 通知欄には何もない。

 念のためにヒロキさんのチャンネルへ飛ぶけど、やっぱり変化はない。半年前のあの配信が最後だ。


「ヒロキさん、早く帰ってきて。私はずっと待ってるよ」


 今日。学校の休み時間に私がヒロキさん関連の情報を集めてたら、友達がスマホを覗きこんできたんだ。


萌音(もね)、もう諦めなよ。ヒロキさんはいなくなったんだって」

「いるもん」


 顔を上げた私は睨みながら言ったけど、あの子は動じない。


「いないよー。あの配信のときにみんなが『あそこはガチで危ないから、やめたほうがいい』って忠告したのに行っちゃったんだから、しょうがないよね。ほら、ネットでも噂になってたじゃん。『ヒロキさんはS県の廃村の呪いにとらわれて死んだんだ』って」


 なんて、コンビニで肉まんでも注文するみたいな気楽さで言う。

 そんなはずない。ヒロキさんは今までにもいろんな怪奇スポットに行って戻ってきた。

 今回だって戻ってくる。今は編集に時間がかかってるだけなんだ。


「私は、ヒロキさんを信じてるもん」


 呟いて動画をタップする。流れ出す「かち」という音、なんか暗い音楽、そして「やあ、ヒロキだよ」という声。


「あのとき、コメント読んでもらえて嬉しかったな」


 ヒロキさんは私のことを覚えてた。「いつも来てくれてるよね、ありがとう」って言ってくれた。

 うん。ヒロキさんの配信は見てる。リアルタイムはもちろん、アーカイブでだって何回も。今だって。いなくなって半年が過ぎてたって。

 私の持つ小さな画面の向こうで、半年前のヒロキさんが言う。


「ということで、今回はこの質問を選んだ理由があるんだ。次の配信は久しぶりに動画にしようと思っててね、行先は……ここにいるみんななら知ってるよね? S県にある、あの廃村だよ!」


 みんなが「やめなよ」「あそこヤバイって」「行った人が帰ってこないって聞いたよ」と書いたのに、ヒロキさんは赤く光った目で笑った。


「ありがとう。みんなの期待に応えられるような動画にするよ」


 あれは誰にお礼を言ってたんだろうね。


「はあ……みんなこのままヒロキさんを忘れちゃうのかな……」


 コメント欄の書き込みもまばらになってる。

 せめてヒロキさんのことを忘れてない人もいるんだよって示したくて、私は新しい文字を打ち込もうとした。

 途端に私は椅子から腰を浮かせる。


 新着の文字がついたLIVE放送欄。

 そこに、ヒロキさんのサムネイルがあった。デフォルメされたヒロキさんの似顔絵、配信前の待機画面。なんか新しく狐の絵が加わってる。可愛い。


「やば……!」


 ヒロキさん、ヒロキさん、ヒロキさん!

 信じてた、待ってた、ぜったい生きてるって思ってた!


 私がヒロキさんに会ったのは二年前、まだ中学三年だったときだよ。

 毎日毎日受験受験受験の日を送ってたとき、たまたまヒロキさんの配信を聞いたの。


 すごかった。

 夢中になって聞いて、あっというまに配信が終わって、こんな世界があるのかって放心した。

 私の灰色な世界がパッと赤く輝いたみたいだった。


 おかげで憂鬱な日々も乗り越えられて、ちゃんと高校生になれたよ。

 私にとってヒロキさんの配信は、人生そのものなんだ。


 タップすると、聞きなれた「かち」って音と一緒に画面が現れる。赤い目のヒロキさんのイラスト。狐の赤い目もお揃いなんだね。


 ヒロキさん、ヒロキさん、ヒロキさん。

 はやくまた配信を聞きたい。


『ne-mokoko:ヒロキさんおかえり!』


 震える指で打ち込んだ私の文字が踊る。

 でも、それ以上コメント欄は動かない。

 へんなのって思って気がついた。


 視聴者のカウント数は、いち。


 いち。


 このLIVEを観てるのは私だけってこと?

 気付いてるのは私だけなの?

 じゃあ……この配信、私だけのものだ。

 それはメンバーシップ限定よりもっとすごいことだよ。

 私のためだけの配信なんて!


 体がぶるっと震えた。頬が緩やかに上がっていくのが分かる。


 はやく、はやく。

 誰かがこの配信に気付く前に、配信を始めて!


 でも、相変わらず待機画面のまま。さっき始まりの「かち」って音はしたのに。

 画面をじっと見つめてたら、ちょっと狐の口が開いたような気がする。赤い口元が見える。

 音が、聞こえる。


 かち。


 かち。


 かち。


 緊張のせいかな。

 部屋の空気が少しずつ重くなってきた気がする。


 かち。


 かち。


 かち。


 音は鳴る。音が鳴る。

 私の心臓の音に合わせるみたいにして、なんども、なんども。


 かち。


 かち。


 かち。


 音がどこから聞こえてるのか、だんだん分からなくなってくる。

 最初はスマホのスピーカーから聞こえたはずなのに。


 かち。


 かち。


 かち。


 音が、押しよせてくる。


 ――かち。


 かちかちかちかかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかち――。


「……かち」


 つられて呟いた途端、目の前がぐにゃって曲がって真っ赤に染まった。



▮▮▮▮



「萌音、またあのホラー配信を観てるの? 夜中まで起きてないでいい加減に寝なさいよ……」


 小言を言いながら扉を開けて母は立ち尽くす。

 電気がともった部屋の中は無人だ。


「萌音?」


 中に入って見まわし、布団をあげて、ベッドの中を確認する。そこに人の気配はない。


「スマホもあるし……あの子、どこへ行ったの?」


 首を傾げながらも電気を消し、母は扉を閉めた。足音が遠ざかり、静寂が訪れる。


 暗くなった部屋をしばらくは机の上のスマートフォンが照らしていた。

 やがて誰もいない椅子へぬるりと滑り落ち、画面はふっと暗転する。

 すべてを飲み込むような闇が広がり、その中で音だけが一つ、響いた。


 ――ぱこん。

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― 新着の感想 ―
前半のヒロキ、後半の萌音で2回もゾクゾク感が味わえるとは思いませんでした! ゾクゾクとしたホラー、とても良かったです!
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