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あの人って彼女さん?

 すっかり遅くなってしまった。母さんになんて言おう。おばちゃんの家まで荷物を運ぶと、おばちゃんに「上がっていきなさいよ」と誘われ、丁寧に断ろうとしていたらおじちゃんがデイサービスから帰ってきて「若いの。お上がりなさいな」と背中を押された。


 おいしいお茶とおせんべいを出されて、どちらも大変においしかったのでどこで買ったものなのかを聞き出したり、おいしいお茶の淹れ方を教わったり。世間話をしていたら、あっという間に外が真っ暗だ。……悪いことをしてたわけではないから、あったことを話せばいいか。また来てね、とまで言われてしまったから、近い内に宮下さんを連れて行こう。


 「またいっしょに暮らそうよ、樹里ちゃん」


 乗換駅。帰路を急ぐ人たちの中で、僕の耳に聞き覚えのある声が届いた。宮下さんだ。噂をすれば影。ここからだと背中しか見えないけど、僕と同じ制服を着ている。あの特徴的な長髪は、成海学園では宮下さんしかいない。


 「ふふっ」


 宮下さんと向かい合っている女の人が、おそらくは、樹里ちゃん。僕はささっと太い柱に身を隠す。美男美女。宮下さんよりは年上で、僕の母さんよりは年下、と思われる。宮下さんと向かい合っていると、ドラマのワンシーンのようにも見えた。どこかからカメラで撮影していそうだ。周りを歩く人たちをモブに変えてしまう。


 「理緒ちがもうちょっとオトナになったら、考えてあげてもいーよ」


 理緒ち。今、理緒ちって言った!

 宮下さんのニックネーム。僕にそう呼ぶように言った、名前。樹里ちゃんは、宮下さんをそう呼ぶほどの仲。宮下さんも年上の美人をちゃん付けで呼んでいるから、それこそ深い仲――まさか。


 「オトナになったらって、いつ?」

 「いつだろうね?」

 「でも、いつかはいっしょに暮らしてくれるんだって、考えていていい?」


 樹里ちゃんにすがりつくような、懇願する声。宮下さんは喫煙者だから、二十歳を過ぎているのでは。学生服を着ているから未成年と勘違いされてしまうが、ここまでの仲だったらお互いの年齢も知っているだろう。それでも『オトナになったら』って、いつのことなのか、僕にもわからない。


 「ふふっ」


 一瞬、僕と目が合った気がした。心臓がきゅっとなる。樹里ちゃんは、宮下さんにとっての、何? ――彼女?


 「また来月、ね」


 樹里ちゃんは宮下さんにそっとキスをした。くっついていたのは、五秒ぐらい。見てはいけない光景を見させられているような気がする。知り合いのこういうプライベートな場面に遭遇するのは、人生で初めてだ。宮下さんから離れた樹里ちゃんは手を振って、改札口に消える。


 まあ、そうだよ。宮下さんほどの人を、世の中の女の人は見過ごさない。だって、かっこいいもの。見た目がよくて、優しくて、危なっかしいから目が離せない。彼女がいたっておかしくない。こんな人通りの多い場所で、人目をはばからずチューしてしまうような美女が相手だって、宮下さんの性格を鑑みたら釣り合う。お似合いだ。


 ――なんで僕がショックを受けているんですかね。おかしいんじゃないの? なんとなくムカムカしながら、帰りの電車に乗る。その場に置き去りにされている宮下さんのことなんて、知らない。


 「おは」

 「宮下さんって、彼女いたんですね!」


 翌朝。僕は挨拶より先にこう言い放っていた。


 「なんや、急に」


 面食らっている様子の宮下さん。それもそうか。あんな時間に僕があの駅にいるとは思わないよね。いつもさっさと家に帰って勉強かゲームの日々だもの。僕だってあの駅に長居する気はなかった。


 「昨日の夜、見たんですよ。藤原紀子似の女の人といたところ!」

 「結構遅くに外にいたんやな。大輔くんの家の調査は大変やね」


 あーもう。まーた宮下さんがマイペースに話を逸らさせようとしてくる! いつも通り!


 「その話は後でします。樹里ちゃんって宮下さんの彼女ですか?」


 彼女、を強調してみる。昨日は帰ってから、この話で持ちきりになった。僕の帰りが父さんより遅くなるのは珍しいことだから、父さんも母さんも僕のことを心配していたが、僕がこの目撃情報を伝えて、家族三人で大盛り上がりだ。みんなこういう話が好き。血は争えない。


 「雄大くんには、樹里ちゃんが彼女に見えたんやね」


 む。含みのある言い方。

 僕はこの目で、情熱的なキスシーンをしかと見届けたぞ。


 「またいっしょに、ってことは、以前は同居なさっていたんですよね? 今は宮下さんは実家暮らしですよね。異母妹さんたちといっしょに」

 「どこから見てたん?」

 「柱の陰です」

 「ふーん? 覗き見かあ。そんな子に育てた覚えはないんやけど」

 「で、どうなんですか?」


 宮下さんは「彼女なんかな?」と逆に問いかけてくる。はっきりさせておかないと、帰ってから僕が父さんと母さんに問い詰められそうだ。……いや、待てよ。昨日はこのデートがあったから、宮下さんは狭間家で夕食を取らなかっただけであって、今日は僕の家で食べるのではないか。このときに母さんから聞かれる。絶対に聞かれる。


 「僕にはそう見えましたけど。一ヶ月に一度、給料が振り込まれて一番お金のある日に、彼女とデートするなんて、いいじゃないですか」


 僕は給料日を迎えたことも、彼女がいたこともない。はっきり言って、うらやましい。君も中学時代はモテていたんだろう。あんまりこういう話をしたことはないけど。成海学園が共学だったら、きっと君は女の子たちから大人気だったんだろうな。他校生の注目の的になっていることからも容易に想像できる。


 「雄大くんには、彼女に見えたんやね」


 宮下さんは肯定も否定もせず、同じ言葉を繰り返した。昨日の朝と同じぐらい、嬉しそうな顔をしている。変なの。


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